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その賽の目は誰のもの

数年前、高校からの友人Nとマカオに行った。
Nは生粋の博打うちでマカオにつくや否や
ブラックジャックの席につき勝負を始めた。

「ブラックジャックなんて運ゲーじゃねぇの?」
そう尋ねた私を鼻で笑った。
調べるとすぐに出てくるが
Basic Strategyなるものが存在し
突き詰めるところ記憶と期待値ゲーらしい。
「運否天賦に身を委ねているようじゃダメだよ」
そう言って勝負の場に向かうNの背中は
カイジくらい頼もしく見えた。


一方で私も何も考えずにマカオまでやってきたわけではない。
どうしたら運に頼らず安定的に勝てるかを
三日三晩寝ずに考えて独自の理論を導き出していた。
以下にその理論を示す。

1.絶対負けないマーチンゲール法

マーチンゲール法とは負けたらひたすら倍額をベットしていく古典的な手法である。
理論上100%勝てる。
ただし負けが続くと倍プッシュをくり返すため
資産のパンクとテーブルリミット(賭け金上限)が
背反として存在する。

基本のベットスタンスをマーチンゲールとしながらも
このデメリットをどうにかして理屈と紐づけ
もう少し捻る必要があると考えた。

2.正規分布から決めた8連敗ストップ

まずルーレットの赤、黒のような1/2の勝負に賭け続けることを想定した。
もちろん負けたら倍プッシュで取り返し
当たった瞬間からまた元の賭け金に戻す。
そこでマーチンゲール最大の欠点
資金のパンクを考慮し、何連敗まで許容するか?を
事前に決めておくこととした。
(これは何も必勝法ではないが妥当な試算から
妥当な線引きをし
機械的にベットすることを決心するためである)

では赤に賭け続けたとし、黒が出続けて何連敗することがあるだろうか?
結論から言うと何連敗でもありえる。
そりゃそうだ、毎度毎度独立した事象。
何度だって黒が続くことはありえる。

それでは話が進まないので現実的なラインはどこか?で線を引くこととした。
使ったのは標準偏差の3倍。3σ。

正規分布や標準偏差の説明は割愛するが
製品の検査や実験の測定などでは3σから外れたものは異常値として扱うことが多い。
そこで同じように黒が連続する確率も3σ以内までは
倍プッシュを続ける、と線引きが出来るのではないか?と考えた。
3σ以内は全体の約99.8%。
つまり黒連続が発生確率0.2%を下回る回数までは起こりうると判断して勝負を継続することと決めた。
それはつまり1/2の8乗で0.195%になる8連続。
8回までの倍プッシュ。
8連敗したら異常値だと諦める。

3.初期賭け金の決定

前述の通り8連敗した瞬間にゲーム終了すると決めた。
そこで当時の自身の懐と心の余裕具合と相談し
初期賭け金を1000円と決めた。
ちまちま勝ちを重ねれば1000円が積み重なる。
一方で万が一7連敗した場合は8戦目には
賭け金一撃12,8000円のベットとなり
8連敗すれば25,5000円の負けとなる。

4.最も勝敗が1/2に近いクラップス

では実際にどのギャンブルでやるべきか?
先ほどから例に出しているルーレットは適していない。
なぜなら0と00が1/38で発生し
黒赤へのベットが1/2の勝負ではないからだ。

赤黒での当たりの場合、リターンは賭け金の2倍であるが発生確率は0と00のおかげで1/2より微妙に低い。
その差は長い目で見ると胴元の取り分になるわけだが
この胴元の取り分を控除率やハウスエッジと言う。
ルーレットの控除率は5.26%だ。論外だ。
では限りなく控除率が低く1/2に近いゲームはないか?
必死に探した結果クラップスというゲームに行き着いた。

ややこしいので詳細は割愛するが
クラップスはサイコロを2つ振って出目で勝敗を決める。
そしてシューターが勝つか負けるかに賭けることができる
PASS LINEはなんと控除率1.41%。
これはほぼ無視できる割合で実質赤か黒かの1/2の勝負に近い。
ひたすらこのPASS LINEに賭けることに決めた。

5.みすちゃい式理論まとめ

クラップスで1000円をPASS LINEに賭ける。
1/2で勝ち1000円増える。
1/2で負けた場合は倍プッシュしてPASS LINEに賭け続ける。
倍プッシュ中に勝てば賭け金を1000円に戻して繰り返す。
8連敗したら交通事故に遭ったと思って諦める。



さてマカオのカジノに機械式のクラップスを見つけて席についた。
いざみすちゃい式を実戦するとなんと退屈なことか。
確実に1000円ずつ増えていくのだが
想像していたよりも時間がかかる。
とは言え時給換算すればまぁ優秀。
心を無にしてひたすらPASS LINEに賭け続けた。

眠くなりそうだなと思い始めた頃、
ふらっと友人Nがやってきた。

「破産したから金貸してくれ」

数十万は持ってきていたはずのカイジは
けつの毛まで抜かれていた。

「何がBasic Strategyだよ、エスポワールで稼いでこい」
そう鼻で笑って10万を貸した。


やはり時代はみすちゃい式理論だ。
何度か連敗することはあっても
さすがに8連敗することはなく淡々と
勝ち金1000円が積み重なって行った。
このまま時間さえかければ明日は豪遊だ!なんて
ひとりではしゃいで夜通しPASS LINEにベットし続けた。

かなり勝ち金が積み重なってきた深夜
急に負けが連続した。
5連敗、6連敗あたりから少しソワソワしはじめる。
7連敗までは想定しているとは言え倍プッシュで
毎度増えるベット金額にやはり冷静ではいられない。
とうとう7連敗。
次が覚悟を決めた8戦目である。
ベット金額は一撃12,8000円。
次の一投で全てが決まると思うと心底震えた。
大丈夫、大丈夫。次は当たる。
だって3σから外れることなんて滅多に無い。
大丈夫、大丈夫。
なんとか冷静さを保つため何度も自分に3σと唱えた。
大丈夫、大丈夫。
そんな緊張の中、

賽は投げられた。



そして出目がこれ(実際の写真です)

まさかのサイコロが立った。
訳がわからない。これはもう3σ外れてる。
アインシュタインもびっくり神の悪戯か。

目の前の稀有な現象と
8戦目の大勝負の緊張とで
異国の地で軽いパニックになっていると
ゲームがリスタートとなりあっさり勝った。

緊張の糸と集中が切れた。
変な汗をたくさんかいたので休憩がてら
Nの調子はどうかと見にいくと
100万勝ったと言い
貸した10万を12万にして返してくれた。

結局Nへのベットが最も時給が高かったなと
2人で笑った。

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