いくつかの随想② ~ “サクラデミー女優賞の奇跡” について~
(この記事は過去に別のブログサイトで公開したものです)
長く重い文章を書いた後なので、少しラフな感じでリフレッシュを… と考えていて、ずっと書きたかった『さくら学院祭☆2017』における「2017年度 サクラデミー女優賞は誰だ?!」について書くことに決めました。学院祭DVDの中でも大きな見所の一つと言える新谷ゆづみさんと日髙麻鈴さんのアドリブ演技を、多分に憶測をまじえながら振り返ってみました。(*DVD/BD『さくら学院祭☆2017』のネタバレを含みます)
『さくら学院祭☆2017』は、2013年度以来となる学院祭の映像作品です。そして2013年度のDVDにはライブパフォーマンスのみ収録となっていたので、寸劇やサクラデミー賞の場面がソフト化されるのは初めてという事になります。2017年度としての完成形が見え始めたパフォーマンス、山出愛子さんのソロも当然のごとく素晴らしいのですが、「FRIENDS」を題材とした寸劇(脚本は森ハヤシ先生によるもの)、そして「サクラデミー女優賞は誰だ?!」で生徒の皆さんの演技をたっぷりと楽しめるのも魅力となっています。
まずはライブの前半部分に差し込まれる「FRIENDS」の寸劇です。冒頭から激しいダンスを伴う3曲を披露しそのままごく短い転換を挟んでコントが始まりますが、息が切れたり額に汗が浮かんでいる生徒も多く、タフな進行であることが分かります。ちなみに3曲目「チャイム」の演奏中に森萌々穂さんの髪に付けていたリボンが外れてしまい藤平華乃さんがそれを拾って付けてあげたものの、横ではなく正面に付けてしまった、というエピソードがのちに紹介されていましたが、確かにコントの場面では森さんのリボンがちょっとおまぬけな位置に付いているのが確認できます。
「FRIENDS」の寸劇は山出さんが脚本をもらった時点で「(自分たちに近すぎて)うまく演じる事ができない」と弱音を吐いたほどリアリティを持ったものだったのですが、森先生からの素晴らしいギフトとなったこの脚本は山出さん、岡田愛さん、岡崎百々子さんの3人が卒業した今になって観てみると、また違った意味で大きな感動があります。そして、のちの “サクラデミー女優賞の奇跡” に繋がる伏線がまずここで起こります。寸劇前半部のこの場面。
山出「めぐこそ、おはガールになってから、“おーはー!” とか言っちゃて?いい気になってますよねえ!?」
岡田「別におはガール関係ないし!そっちの方こそさ、レッスンの休憩中にわざわざピアノなんか弾いちゃって? “わたし曲作り顔笑ってるんですう~” みたいな空気出してくんじゃん!!」
山出「出してないし!」
岡田「出してる!」
山出「出してないって!!」
岡崎「ねえちょっと2人ともやめようよ!」
山出岡田「パンプキンは黙ってて!!」
強いインパクトを残す「パンプキンは黙ってて!!」は、そもそも岡崎さんがハロウィンイベントで年下の子から「パンプキンおばさん」と呼ばれていた、という前振りを受けてのものですが、一度聞いたら忘れられないこの台詞を寸劇のフックとして用いた森先生のファインプレーがまず発端でした。この場面の残像が演者、観客全員にしっかりと刷り込まれていたことが大きかったと思います。
寸劇に続き再び楽曲のパフォーマンス、そして山出さんのピアノ弾き語りが2曲披露されていよいよサクラデミー女優賞のコーナーとなります。この日、2日目の公演で演技者として舞台に上がったのは田中美空さん、有友緒心さん、藤平華乃さん、新谷ゆづみさん、日髙麻鈴さん、岡田愛さんの6人。森先生の言葉通り設定と立ち位置のみが決まっていて、あとは演者のアドリブで演技が進んでいきます。男子生徒役には岡崎百々子さん(ももたろう)、麻生真彩さん(まあすけ)の2人。この2人に、演技者の生徒さんたちがアドリブでグッとくる台詞を言うという設定です。
映像を観て分かるのは、進行役の森先生の中にざっくりとしたイメージはあるものの演技の順番も事前には決まっておらず、最終的には会場の空気や演技者の状況を見て決まっていくという事です。この演技の順番も、アドリブを引き出す要素となりました。まず一番手として森先生の「決めてるんだ」という言葉とともに有友さんが指名されます。続いて、田中さん。そして藤平さん。3人の演技が終わった時点で、観る限り森先生は岡田さんをトリにしようとしていたように思えます。ところが田中さんが「めぐちゃんが見たい!」と言い出し、4人目の演技者は岡田さんに。これも映像では全くその場で決まった事のように見えます。奇しくもこの日の演技者の中でも “演技派” の2人が最後に残りました。田中さんは更に次の日髙さんの順番も指定して、実質トリ・トリ前の演技者を決定しています。実はこの後の奇跡的な結末の陰の立役者と言えるかも知れません。
さて、日髙さんの演技。やはり、女優としての資質がそれまで演技した生徒さんたちと比べても高いように思えます。演技を始めた瞬間にそこに世界を創り出せる、というのは彼女の演技を観た誰もが思う事でしょう。間違いなく天性のアーティストです。
「キャプテンはずっと前だけを見ていて下さい。わたしは、ずっとキャプテンのこと、見てますから」
日髙さんの台詞はとても文学的で、彼女の個性が発揮されたものでしたし、最後にまあすけの肩に頭を乗せるという決め技もばっちりでした。最初のテイクでまあすけのパスが強くなり、水入りがされた事も結果的に彼女とその後の新谷さんの緊張をほぐしたかも知れません。
そしてトリの新谷さん。彼女も相手役にまあすけを選び、演技がスタート。日髙さんが自分の世界・空気感を創り出すとしたら、新谷さんは相手の世界に入り込んでいくのが絶妙に上手い。映像を観ると、森先生の「アクション!」という声がかかってから、恐らく6人の中で最も時間をかけて最初の一言「キャプテン」を発しています。まあすけの間合いを待って、自分がスッと入り込んでいく感じです。そして、一度入ったら一気に相手との距離を縮めます。
「そんな顔しないでください。わたし、先輩の笑顔が大好きなんです」
台詞としては日髙さんのような凝ったものではないのですが、相手の頬に手を当て、目を見つめ、ほとんど至近距離で相手に突き刺さるような声で気持ちを伝えています。岡田さんが「普通にヤバいやつじゃん」と評したのもうなずける演技でした。彼女もまた天性の女優としての才能を持った1人なのでしょう。
面白かったのは、演者の順番と相手選びの結果として、期せずして最後の2人が続けてまあすけに告白するという形になったことです。しかも麻生さんを含めて同学年の3人の中で三角関係が生まれたというのが偶然の妙でした。森先生の「麻鈴の気持ちはああ!?」という振りもナイスで、日髙さんが恋のライバルに破れたというシチュエーション(構図)が出来上がりました。それぞれの演技者への拍手で勝者を決める審査の場面で日髙さん新谷さんはほぼ同じ大きさの拍手を獲得し、最終的には岡崎さんのジャッジにより新谷さんが2017年度 サクラデミー女優賞(2日目)を受賞しました。
そしていよいよ奇跡のアドリブが産まれた新谷さんのウイニング小芝居です。本編では相手に麻生さんを選んでいたので、ここでは岡崎 “ももたろう” さんを指名。まあすけを相手にした時と同じくたっぷりと時間を取り、相手との間合いを掴んでから演技に入ります。まあすけの時とはアプローチを変え、恐らく会話の中から相手に「お前が好きだから」という意味の台詞を言わせようと駆け引きをしているように見えます。
新谷「落ち込んでるんですか?」
新谷「どうなんですか?」
岡崎「落ち込むに決まってるだろ」
新谷「何でですか?」
ところが、鈍感なももたろうは「お前は質問攻めだな!」と新谷さんに対してちょっとキレてしまいます(笑)。すると、もたついている2人を見て、先ほどまあすけを巡る戦いに敗れた日髙さんが動きます。
「わたしのことも見てください…」
パニックになる他の生徒たちと森先生の姿が、これが全くのハプニングであることを表しています。特筆すべきはこの瞬間の新谷さんです。
岡崎さんがまだ完全に戸惑っているのに対し、既に「何言ってるのこの小娘は?」とでも言わんばかりの表情で日髙さんにガチギレしています。もちろん、これは演技に割って入られたからではなく、ももたろうに想いを寄せる女子になりきっていて、その立場で2人の仲に割って入って来た日髙さんにキレているのです。憑依型女優の資質と言っても大げさにはならないでしょう。
日髙「わたしのことも見てください…」
新谷「わたしのキャプテンだよ?」
日髙「取らないで」
新谷「わたしのキャプテンだよ!?」
日髙「最初に好きだったのはわたし」
新谷「わたしが最初に好きだったの!」
岡崎「2人ともやめようよ!」
新谷「パンプキンは黙ってて!!」
見事な機転。それをしっかり「演技」として収めたこと。新谷さんのアドリブは本当にベストだったのですが、岡崎さんもこの状況を寸劇で山出さん岡田さんに挟まれていた自分に重ね、「2人ともやめようよ!」という最高のパスを出しました。これが「パンプキンは黙ってて!」を引き出す意図だったのかは分かりませんが、少なくとも新谷さんがこの「2人ともやめようよ!」に反応して自らのアドリブの台詞を放ったのは間違いありません。個人のプレーが際立つと同時に、「場面」として成り立たせるチームとしての演技もしっかり出来ています。僕は初めて映像を観た時に3人の一連の演技をチームスポーツみたいだ、と思いました。
今まで何度となく観てきたサクラデミー女優賞の場面を改めて振り返ってみて感じたことがあります。寸劇からの流れ。演技者の順番。本編で新谷さんが勝ったこと。ウィニング小芝居で岡崎さんが相手役だったこと。これら偶然が重なった事と、新谷さんの「瞬発力」がこの奇跡のアドリブを引き出した大きな要素ではあるのですが、実はその基となったのはさくら学院が日々おこなっている「鍛錬」なのではないか、という事です。寸劇の練習と本番で何度も何度も繰り返したであろう「2人ともやめようよ!」→「パンプキンは黙ってて!」がスムーズに出てきたことは、(恐らく新谷さんだけではなく全員が)寸劇の台本全体をしっかりと身体に叩き込んでいたことの証明のように思えました。この台詞のあと新谷さんは自分で自分にびっくりしたような仕草をしています。まるで意識しないで台詞が飛び出て来た、というように。
何よりも、全く想定していなかったハプニングに対して演技者は戸惑いながらも演技を止めることはありませんでした。満員の観客が見守る舞台の上で(しかも映像収録をしていた)、彼女たちは無邪気でありながら確かにプロフェッショナルでした。こう書くと、乱入していった日髙さんの勇気も計り知れないものであったと思います。もちろんそれを支えていたのが仲間たちへの信頼であるのは疑いようのないことだと思います。「状況」に集中する演技者と、戸惑い混乱する観客を含めた周囲との対比も非常にスリリングで、この一場面はまさしく「エンターテイメント」としてこの上なく上質なものになっていると思います。
何気ない一場面でも、注意深く見ていくと色々と深層が見えてくる。これもさくら学院のパフォーマンスを見るうえでの一つの魅力なのだと、今回のブログを書いて改めて思いました。また違うテーマでも文章を書いてみたいと思います。
(公開:2018年5月6日)
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