「江戸雪」について

「椿夜」


雨という激情と草のにおい
旅人の足跡 星を数えて

空を見て 雨を眺めるだけで
海に行ける

風の音と 星の光だけで
草原に行ける

なんて素敵だろう
読むことが 幸せな言葉並びを追って
文字を駆け抜ける

一人は寂しい
だから世界はいつだって美しい

日々のあるなかで
あらゆるものと繋がって 結びついて

心の揺れ動きを記す 心は孤独でも
この空の中で どこまでも自由で
きっと一人なんかじゃなくて
寂しさ一つが 命一つ分の気持ち

――あ、

雨……

雨が降るだけで

物語

そんな思いを馳せられるように――なりたくて
この腕で 何を抱きしめられるだろう

何を 抱きとめられるだろう
絡めて放さないで いられるだろう

未来を相手にするには あまりに短くて
今を確かめるには あまりに細くて
孤独に似た憎しみが手から零れていく

消えないように言葉に記すその世界を
空と重ねる

あなたを許せなくても
ここにはおいておけるでしょう

眠りという海原
目覚めという海岸
寂しさという海
痛みという波
目覚めという夜明け

海を近くに感じて
自分の中に海を想う

命が目覚める時に 波一つ
命が眠りにつく時に 波一つ
生まれて 消えていく 場所
海という 場所

子供という 命の塊の
その軽さと 未来の持つ時の重さと
存在の 重さ/軽さ
天秤が傾く角度が示す 未来の長さと

生きているだけで
約束されたわけではない未来の
遥か彼方を想う
今から伸びていく夢を辿るように

「DOOR」

江戸雪氏の言葉が好きだ
それは 作風がどうとか そういうことは些細なことで
くるりが新譜を出したら気に入るかどうかは置いといて、
とりあえず買おう、みたいな、もので。
アーティスト自体が好きなんだから、
どんなものだって、それは些末なことで。
その人たちの最新の更新履歴を 知りたいのだ。
それを知って、自分は何を感じるかを、知りたいのだ。

情景を言葉にする その繊細さが
まるで絵画のようで

もしも歌集があるなら読んでみたい
ずっと思っていたけれど
思い描いているのと違っていたら
どうしようと 思っても いた
でも そんなことはなくて
でも ほんの少しだけ そういうことも あって
読み手って 本当に 勝手だなぁと思いながら
でも 我がままに近づきたいと思ってもいて

鳥のように 光を探して 生きて
どんなことからも 逃げることなく
あなたの言葉がこんなにも素敵なのは
こんなにも誠実に この世界と
その言葉と 向き合ってきたからかと 思う

でも なんだかんだと笑ってしまった
歌集として 作品として まとめられた言葉より
日々の中で感じたことが 自然に出た その言葉の方が
好きだと 思った
江戸氏の言葉であれば
まぁ なんであれ 好きなんだけど

生と死が扉で隔てられている
いつも扉の内側で 扉の向こうに出ていく人を 見送る

砂浜に打ち上げられたような命が眩しい
手のひらの体温を分かち合いたい生きていることを祈るように

夜に見た鳥は流れ星のようだった
光を受けてきらめく木は涙のようだった

泣いているように美しい世界で
そうではない悲しみが降り注ぐ

寂しさを隠すように日常に埋もれる
時を越えていくように季節が巡る

全てが変わりゆく中で
生きている命だけが残る

私は 私のために泣く
私にしか分からない悲しみと 感じ得る全てに捧げるように

目にしたものをすべて眠りの中で手紙にしよう
目覚めたすべての人に届けるために

日常とは かくもかなしい

「昼の夢の終わり」

歌は
今を唄ってこその歌のような気がして

今しか歌えない
この瞬間に どんな言葉を残そうか

生きる死ぬの境目が時の中で零れ落ちていくことに
誰も気づかないこのとの刹那に
本当は生きていて

残された言葉は
祈りのような気がして

生きていていいと言われたような気がする
風の音

葉の光と影の揺らめき
蝋燭のように危うくても確かに消えない
太陽の強さを

感じることが 辛くても
そのままで

唄えば
それは一つの救いとはいえないか

海辺に打ち上げられた形になれなかった貝殻を

その手ですくいとってやるだけで
それは許しとはいえないか

生きていていいよ
と歌ってくれる

残してくれた言葉が
それだけで優しくて
泣きたくなる

「駒鳥」

空を飛びだすように羽ばたいていく
鳥を見た

胸騒ぎと
胸に留まって
重なるものが

果たして重いのか
一体軽いのか

分からないままに

受け容れるように
身体を開いて飲み込むように

光とかなしみ
眠りと空
雫と木の葉

きらめいて 広がる空が眩しい

空の星 三日月と
海の岬 三日月と

銀色に光って 海の波に浮かぶ

雨が降れば時間が流れる
空はずたずたになり 隙間から光が零れ落ちる

深いのか 遠いのか
星と海

心のありように近いのは
どちらなのか

投げた言葉
返事を海辺で待つ

いつか去る時までいる場所
偶然を理由が必然に変える

重たすぎないように気を付けながら
軽すぎて飛ばないように思いは持って

風が吹けば 飛び散る木の葉を見て

いつか訪れるその日を思う

飛び去った鳥は戻らない 時間と同じ

空洞に響く 今日という一日は
長編小説の一頁

ベランダから空を見るように
橋から夕陽を見るように
岬から果てしない海を見るように

過ぎ去ったありとらゆるものが
思い出となって 花畑が足元に広がる

「声を聞きたい」


たぶんこれは江戸雪さんの初期の頃の歌集な気がする
それでも孤高を歌うのは江戸さんらしい気もする。
孤高なのに「声を聞きたい」とタイトルにあるのが清々しくて、
何か心に清流が吹く気がする

良いというのは簡単だけど、実際にどのあたりがどんなふうに?と聞かれると、
口を噤んで考え込んでしまう。こういうのの良さと言うのはなかなか言葉にしにくかったり。

江戸氏の歌集なんだから良いに決まっている、とか決めつけるのも簡単だけど、
なんだか最近は心が感じる力が弱まっている気がして、本当に江戸氏のよさを分かって書けているのだろうか、とちょっと自信なさげ。


声を聞きたい。その言葉の先にあるものを、ちょっと描いてみたい。

―――――――――――――


影をこぼすような 冬の果実
夕暮れに眩暈 胸に空いた穴はふさがらない

あの時 その声 蛍の明かり
風と宵闇

死のにおい 太陽が傾いていく 夏
冷たさと 怖さ 問いも聞けない
答えが透けていく

泣き声 寂しい夜
言葉はいらない

夕方の雨 傷つけあう揺れる葉
過ぎ去りし時間 こぼれる何か

書いているうちに浮かび上がるかもしれない悲しみ
言葉が沈黙の上をわたる その海の辺のいしを拾おう

悲しい朝 欠けた花びら
息を吸う昼 月の夜の風がすぎていく

また会えるだろうか 行きかうような鳥の軌跡
遠くまで会いに来た 燃える葉の秋が眩しい

名前を呼ぶ 春 蒼天がきしむ

いつか泣く
虚しさを伝える言葉を探して

言葉が残る 
忘れた約束 花火のような
呼び合うような でも触れることはなく

一瞬の好きが 鳥の翼を揺らす

目覚め カーテンを透かす光
何度でも言って 大丈夫
超えていく夜 呼んだ名前がくりかえし苦しみを消すように。


「歌集 空白」

それは父との記憶を語るドキュメンタリーな、生々しい記憶
目を離すことができない、日々の葛藤 そして、言葉にしきれない
感情の奔流。それは衝動に似ている。
その日々をなんて名付ければよかったのか
私はその答えを まだ知らないようだ。
写真のような 石碑のような
そんな言葉たちを――ここに。
忘れ得ぬ日々よ。海の向こうで。
どうか。安らかな日々を。
私は黙って 祈りをささげる。

――――――


眠る場所
光の差し込む場所

夢の終わり
途切れた声は
輝いている

屋上の空 花火

雨 記憶 雷鳴
深く沈む 窓辺 青色

愛 夏の最果て 明日の水
ブラインド 情動 暮れ行く川

そして月 触れれば髪のような
風通る山道
リボン 山道 風になびく

そして虹 それと朝
秋の陽の 水面

球根は小さな世界
発熱する言葉
壊されていく 無言 真っ青な風

雨は秋 オーロラ 吃音
音が 名前が 聞こえない

そして冬の裂け目
さびしい風 虚空の山
見上げたら 優しくて 透明

不在のままに愛する 深い林を呼び
木枯らしの声が 澄んでいる

圧力の言葉はいらない
花びらは 川に死んでいく
抑圧は胸に流れ込む泥のようだ

山火事のような怒り
泣き顔みたいな雲
夜が零れている

花の冷たさ
花弁の残像
夜の紫陽花

瑞木の花
掌は空

渡りゆく川
綺麗な薔薇 嘘と 言葉

冷たい風
記憶の中野白木連

戻らない夕闇
朝の陽 寂しむ春

水が流れる場所で 守られる記憶の重たさは
眠りゆく胸の上で

桜咲く街 川の光
山風 陽を跳ね返す
澄み切った湯
掌 夕焼け

春の陽の雲の上 川は重たい扉
川は初夏の息 射干の震え

河の辺 枯れ葉
苔の上 谷風で 拾う

草生 掌
嘘が 夢へと変わる
深くなる 杉
深い緑の空洞 楓の下 眩しい
風の断片

空に手を伸べる 雨が空を信じるように
川の向こう 消えゆく鳥
終わるかもしれない世界
指先 告白のように

死が広がる 川の水は溢れて
湧き水 掌 雨降れば 記憶蘇る

海に浮かべる 窓辺
言葉が 冬に 震える
柔らかく 耳の 深みに

耳鳴り 朝ひらり
青鳥 白猫 そして人形
遥かなる魂

本能が 震える
火を燃やす
桐の筒花 

真実は 別離へ

濡れている窓
雨の廃園

口づけ 眠り 南には海
空に及んで 夕暮れ
高音の歌声は 風にさらわれて

ひんやりと風 かたどるこの時を
さわらせてくれ

夕立 屋上 砂の匂い
死を見透かす 夏至の花

耳元 鳴っている風
新しい時間 予言 死と光
喪われゆく息 死者 真夜中 光を飲み込む
思考に鳥が 座礁して
おりてゆく海に光るもの 枯葉

打ち水 散らばる夕光 おかえり
死ぬ鳥 砂嵐 湖 夏の記憶 空
祈り 駱駝の弔い 葉擦れ 空は静か

流す涙 空 飛んで行く鳥へ
さようなら

舟は思想に進む
祈りは潮に 一直線の眠り
約束と沈黙 夜の刹那 断面
蒼白 百日紅 花たち
裏口 残像 揺れる
無音の海 再開 翼
秋 そして さようなら

失望は 写真の中に 突き当たる
秘密は空に 夜に垂れ下がる

雲の甘さ 秋桜 密雲 夕べ
海岸 舟 閉じ込められた日

秋の国 無言の岸
言葉 鳥が 溺れる

言葉は 風
封筒 人形 冬の 死

花壇 深い眼差し
自らを支える 穴の深み

窓 羊雲 晩秋
闇がひしめく 空を失う
羽根 胸 花 蜂
荒野の言葉 白深く

気休めの言葉 雨の紫陽花
かりそめの西日
無言の光を 舟は運ぶ
揺らいだ声 絡まる
地平 眠り つばさ 月光

秋が 眩しい
旅とは 手をつなぐこと
永遠の舟

死 巨大な時間の終わり
傷が冷たい 重さをはかる
朝のひかり 冬の風
もっと遠く 葉陰
父の詩 冬の夜空
遠い空 病身の夜の闇さ

三日月 喘鳴の夜 独り 真闇
眠り 温かさつかみ取る日 さざめきの風
鳥が来ている

生きている手 思い出 話せるのは 今
夜の 散歩道 

胸底 沖鳴り 深く
記憶が夜をゆく
死は理不尽の大輪の花

海鳴り もう舟は動かない

湖の空 穴 新しい明日
海はもう帰ってこない

濡れた目 塞がれた耳 望月
生命 闇さに花を敷き詰めて

夕映え 死は海を照らしている
羽根が 渡っていく
行先は なくとも。

花火の記憶 言葉 灯台 舟が
満月を見つめる真夜

花 声 地平 地上 船上
名前 眩しい 泥

海がつもってゆく 冬の陽
とりもどす力 死なせゆく力
父の死 生まれ変わりの木

窓 終わりの風が 吹き込んでいる

――「空白」に寄せて。



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