文月悠光「わたしたちの猫」

恋と言って

「恋」と言った途端 過ぎていく 余韻

鯉を見た時

「鯉」と口に出したら もう 揺れる水面と 赤い尾が 流れていく

その輪郭を なぞるだけの 確かな恋を 私は知らない

触れられないものを 言葉で描き出せるという 不思議を
奇跡のように思う

知らないものに 触れても 分かったことにはならない 
その 遠すぎる 隔たりを 言葉が 超えていく

空に憧れた
手を 伸ばしても 触れられない月と重なる

その一瞬は恋に似て

――あぁ… だから私は 言葉に恋をしたのだと 思った

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