安達茉莉子について



「何か大切なものをなくして そして立ち上がった頃の人へ」

なくしたものがある
こぼしたものがある

拾いに行くことはできない
それは 過去にあるから

でも この手にないからと言って
永遠に 手に入らないとは 限らない

未来に それは 落ちているかもしれない

過去に零したのではなくて
今が抱えきれないから その時のために
未来に置いてきたのかもしれない

それは歌

言葉ではない
これは 歌詞

A TO Z で始まる歌詞の世界

大きな希望じゃなくて いい
頁の多さだけが 本じゃない

どこで知ったんだろう
今は 思い出せない

でも その歌のような言葉が なんとなく
精一杯歌う子猫のような 手を伸ばさずにはいられなくなって

その ろうそくのような歌が 聞こえて
ただ そんな両手で包み込んで 守るような火を 希望と呼んだ

そんな歌が 私には 眩しかったのだと 思う


「猫と惑星に名前をつけようとしてくれた君へ」

この本の感想を 何て言えばいいだろう
途方に暮れそうで けれども握りしめて放したくなくて

名前がないなら 全て愛でいいじゃないか
無理に名前を付けなくても 生きているこの一瞬は そこにあるじゃないか

そんなふうに 言ってもらっている気がした

犬や猫 恋人たちの 独白のような
まるで自分とは 全く関係ないような気がして

でも、綴られた思いの中に キラリと光るそれは
まるで 電車の中で 歩いている交差点で ふと聞こえて見上げた空に
すれ違って 足を止めて 振り返って 目に留まったような
思わずシャッターを切りたくなる そんな一瞬だったような

形容し難いこの文章の連なりは ジャンル分けがどうとか
山とか花とか星とか そういう風景がどうとかではなくて

ただそこにあるだけで 触れられるだけで
意味があったのだと 言えるような

そんな言葉だった

一文字一文字を追う
風景が動く 風が吹いて 光が落ちて
猫の鳴き声 草の音 どこかの帰り道
ただただ優しくて 寂しくて
圧倒的に 孤独で
生きている感触が 揺るがなくて
感情が 感情としてある前の
詩が 詩としてある前の
言葉を知って 目の前の風景を
ただ思ったことを 写真のように 残しておきたいと思った
ただ この瞬間が愛しくて
そのために 生きているんだって 言えるような

そんな言葉たちに出会えたことが
ただただ――嬉しい

文字を読むという 喜びを
泣きながら 嚙み締めた


「日常の中に生まれてくるある瞬間について」

安達氏の本が出ると知ってから ずっとうきうきしていた
そう まるでおでかけする日を指折り数えるみたいに

ページ数はそう多くないかもしれない
でも どれほど与えてくれるものは
分からないくらいあるような そんな本

本が好きというより 言葉が好き
絵が好き それが伝えたい
何となくわかりそうで分からない何かに
想いを馳せるその瞬間が 好き

頁を捲った時の雰囲気として まるごと
好きなのだ

色んな瞬間がある
ことばにできるような できないような
そんな 時間がある

考えてみれば
どれも 大好きな時間

こんなにも大好きな時間を作れるんだって
思った

仕事やするべきことをしているのでもない
退屈や無意味とも違う
曖昧なのに確かな時が
こんなにも あるんだ

どうせ過ごすなら そんな瞬間瞬間を
ちゃんとつなぎ合わせたいと思った

楽しいとか 大変とかでの括りではなく

もっと もっと
漠然として ふわふわとして
大きなものを信頼して
身を 委ねたい

「言葉をなくしたように生きる人達へ」

ゆっくりと読み進めるつもりが
一気に読んでしまった

読み終わって
ほんの短い間――泣いた

声も出さずに
涙も出さずに

――それでも
一筋の流れ星のように

これは自分だと思った
その旅の変遷がここに
記されていると思った

そして気づいたら
こうして 書いていた

全てをなくしても
人生はなくならない

光を失っても
言葉は訪れる

なんて深い世界だろう
この場所は

どこか遠くの町を思った
行ったこともないどこかを思った

そして 今まで通ってきた道のすべてが
この世界で許されているのだと思った

そう思わせてくれた安達氏に全身全霊で感謝を伝えたいと思った
こんな素敵な まるで真っ暗な世界に登る太陽みたいな作品を作ってくれて
ありがとうって――思った



「消えそうな光を抱えて歩き続ける人へ」


――待ってた。
ずっと待ってた。

暗い夜みたいな場所で
星座みたいに望遠鏡を片手に。

それは消えそうな光を抱えて歩き続ける人に届く応援歌
灯台のような光が遠くからみると淡くてどこか暖かくて心強い。

私の中にある光を頼りに歩いていこう
信じた分だけ暖かく照らしてくれる

照らした足元と未来を光がまっすぐに結ぶ
だから歩き続けていこう。

独りの胸の中でそれはささやく
でも誰かにとって まばゆく輝いて

暗がりの中でしか 輝けない星がある
星が消えてからでしか 見えない光がある

夜よりも暗い 朝日なのに闇みたい
そんな場所で息をしてきたから 泳いだ分だけ
かけがえのないものをちゃんと知ってる

その軌跡たちが 星座みたいにあの頃の夜の意味だった
雪みたいに降り積もって 思い出みたいにどこかへしまわれていく

新しく出会うと同時に 出会いなおしながら
新しく 重ねていく そして描いた景色がまた広がる

誰かの存在が 私にとってのBGM
誰かの触れた手が 私にとっての今日の全てだった

いつか別れゆく時 それは光の痕を残していく
また新しい意味が 私の今日を形作る

それがあなたから受け取った光の意味だった
そして私の光も 誰かの何かを温めるために 今も煌々と輝いている

私のことを 同時に 救いながら
夜を 温めるまで

いつだって生れ落ちる雪のような
それは開いて零れる花のような

終わりは 新しい歌の始まり
何度でも歌おう 道はまだ 続いている

光を歌おう 冷えた手を何度でも温め直そう

いつか生れ落ちる光のための
おまじないと子守歌 歌詞をすべて抱えて

あなたに出会うために

「毛布」


なんて柔らかくて、優しく、素敵な言葉たちだろう
こんなふうにゆっくり、丁寧に、時を生きていたいと思った
――思っていたことを、思い出した。
それも日常に生まれるように、無くなっていく感覚があって、抗うように、言葉を求めていたこともあった。
私の言葉はバズらないし、誰かに向けて、というより、私の中で鳴っているものだった。それは私を守り、支え、生きるために必要な言葉たちだった。こんなにも多くの人たちを照らせるようなものではなくて、ひっそりと私の中で燃えて温めている言葉だった。
今は、もういいかな、という思いがある。だって、こんなにも美しい言葉を紡いでくれる人がいる。私がこうありたいと思った理想を地で行く人が、彼方を行き、灯火のように照らしてくれている。だから、きっと大丈夫。そう思っている。きっと私にしかできないことがある。

悩み相談室を受け付けていることから、色んな人が訪れる。その人の数だけの悩みがある。その人たちの話を聞きながら、私は本など形にすることを選んだのではなく、その人にとって大事な言葉をその時に即興で差し出すことに特化させたのだった。私のもとに訪れる人は待つことのできない「今」悩んでいて、「今」言葉がほしいのだった。私は本という形にあこがれていたが、私の本領とはその応答の中にあった。スタイルが違うのだ。どちらが良いということではなく。でも私が励まされて、そのスタイルに進めたのは、美しくも眩しい言葉を紡ぐ人が勇気をくれたからだ。間違いなく、その優しさを受け継ぐように、私は出会う人に、できる限りの言葉を考える。

この本には、安達氏の言葉の成分が詰まってる。毛布、火、哀しみ、夜、月、死、祈、大切な人の記憶、日常、宝物。安達氏の言葉は、丁寧に寸分の狂いもなく、ぴたりと自己に一致しようとする。それは正直で誠実であり、とてもまっすぐな光みたいだ。

だから、私は、その言葉の形に共感したのだ。

それは同時に、まっすぐ過ぎて、時々眩しすぎて直視できないというか、
思わず、手で遮るかのように、顔を背けてしまうようなところもある。
抜き身の生々しい言葉たちだ。

自分の在り方について、生き方、仕事、性色んな要因の一つ一つに、安達氏はまっすぐに向き合う。ごまかしなどない。透明な湖かのように。私はそのひたむきさに、少し怯んでしまった。
男である自分にどれだけ自信があるだろう。むしろ男らしさなんてたいしてないし、きっと私も否定している。いや、絶対。でも自分が男であることに救われてきたのも事実だ。私の在り方は、女性性の要素が多く、男性的な部分は意識して使うようにしている。それが社会で生きる術だ。「男として」もとめられたら途端に自信をなくして、へたをしたら存在だって揺らいでしまう。こう書いていて、なんて中途半端なんだろう、とか思ったりしたけど、この男性性は間違いなく、私の人生にとって、必要なものだった。それは絶対。そして、その一人義理の男性性が、私を、そして私と関わる多くの人を支えている。それだけは自分に信じてあげたい。

私は私でいいのだ。私の形は、永遠に私を形作っている。言葉はいつだって二次的だ。それは手段であって、目的じゃない。私は人と分かり合えたり渡せたり、繋がれる言葉を求めているのだ。だからこそ、こんなにも心を動かされる言葉を描く人を、羨ましいと思う。その関心は、きっと人との繋がりの呼び水になるのだから。

繋がりがなければ駄目とは言わない。私が私らしくあることを言葉にして確かめたい。できることなら、それを誰かのように美しく瑞々しい言葉で描いてみたい。詩とかではなく。
でも私は言葉を詩に全振りしているから、それもできない。というなんて不器用な形なんだろう、みたいなことになっている。「いつか。」なれたらいいな。と思いながら、やっぱり私は私のままで、生きていく勇気を。

「毛布」からもらったのです。


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