13頁 「世界が私に生きろといった。だから私は生きた。/エッセイ」



それまで信じていたものが
崩れ落ちていくのは とても簡単で
一瞬のことで
自分なんてそんなもの

いつもは広くて自由な世界が
広すぎて 怖くなった

簡単に誰かはいなくなってしまう
昨日いた人は もう今日はいない
今日いた人は 目の前の すれ違った
ふと思い出した あの人は

誰も信じられずに生きて行くことは
孤独にも似て 月夜にも似て
深海の生物のよう

月明かりが 海底に届いたような
一輪の花が揺れて 手に取った
それは自由や信頼よりも確かなもので
この手が 確かに触れられるもので
希望とも言えるものだった

ここは別に深海じゃない
花だって手には持ってない
世界が広いのは正しい
恐ろしいのも きっと 正しい
忘れていただけで 見ようとしなかった だけで

恐れても傷ついても 信じられなくても
まっすぐな目で ちゃんと この世界を見たい
朝陽と夕暮れ 月夜と 眩しさを

大丈夫
この世界は 美しい
私は そんな世界で 生きているのだ



誰かが死んでしまうかも知れないほどの災厄に出会って
視覚と聴覚を失った(一時的に)

ご飯も食べられなくなって頭にだって何も入らず
外の世界との関係を一切断ち切るように
自分の繭に閉じこもっていた

あれは繭なんてものじゃない
透明な一枚の冷たいビニールが
私を窒息させようと私を包み込んでいた

絶えずぐらついていたこの世界への信頼が完全に失われた
命よりもこの世界には優先度の高いことがたくさんあるように見えていた

自由な経済制度では強者が弱者をかえりみずに「自由」に商売をする
心のどこを豊かにするのかが全く分からない

この国は国家の優等生の部類に列挙されている
(なぜこの国に生きているのか全く分からない)

あの災厄が来て私は完全にこの世界と訣別したと思った
でも死ねなかった(考えすぎる人間には死ぬことなんてできなかった)

すきとおった深海生物みたいに
ふわふわ地に足をつけることもなく闇雲に過ごした私がいま
パソコンに向かっている(小説家という一つの希望をもちながら)

どしゃぶりの雨のさなか
小さなカッパの中でうごめている命は
そこらじゅうに現れているのを感じて

人間も自然もどちらも同じで
月の満ち欠け春風すすき全てのものは
生きて前に進むことだけを考えている(死ぬための理由など考えていない)

大きく沈む夕日にこの世界の全てが赤く照らされていた
世界は今日一日の営みを終えて今は柔らかく労わられている

明日また輝くために
明日また同じように生きるために

世界は私に生きろといった
だから私は生きたのだ

その時 呼吸は許されている
音も光も すべて 私の元へ降り注いで
私は受け取ったものを 糧にして
今日を 生きて行くだろう


ここから先は

0字

¥ 100

詩人です。出版もしております。マガジンで書籍のご案内もいたしております。頂いたサポートは出版の費用にさせていただきます。