「江國香織」について


「旅ドロップ」


旅とはなんて素敵なものであるだろう
私は心のどこかで旅というものにあこがれをもっている
それは私が全然動かないからなのだろう
このあとに待ち構えている(かもしれない)困難を想像しては身構え
備えるように英気を養おうと怠惰をむさぼる
そんなこんなで一日が次々と終わっていく
でもそういうときに緊急事態みたいなことがあると突如エンジンが稼働するみたいな動力を得て動き出す
それは日ごろの休息で蓄えた貯金のようなもの

人は自由であるべきだと思う
人からも 場所からも

とはいえ
私のやっているのは矛盾している
(私はとてもじゃないけど、場所からは自由ではないように思うのだ。もしかしたら人からも)

私は少なからず気に入っている人たちのために時間も心も能力も使う。

この人と変わらずずっと一緒に居たいと思えるとしたら
それはどんな人なのだろう

きっと自由な人
優しくて、もののあはれが分かり、明るく、自由で、少しだけ、悲しみを知る人
私はその自由さに勇気や活力をもらえるような気がすると、思うのだ

「ウエハースの椅子」

―――びっくりした

あまりに
生き方が重なっていたから

生きていくことをあまりにも希求する世の中は
酸素濃度が高すぎて窒息してしまいそう

少しずつ沈殿していく絶望
淡く零れ落ちていくような希望

生きていくことが 愛しくて
儚い

死にたいわけじゃない
だからこれは自殺じゃない
勝手に 身体が死んでいくだけ

――だって
生きるって、そういうことでしょう?

私はまだ
そのまどろみの中で
生きている

「神様のボート」

夢から覚めて現実を生きようとする少女と
夢を見続けて狂ったような現実を生きる女性と

正しい生き方は 一体どちらだろう

しまえない言葉
後悔する思い

そして相手を傷つけたことに
自分もまた傷つくのだ

傷つくにしても 傷つけるにしても
それはどちらにしても
悲しいのだ

現実を見ていないのではなく
真実を見ている

逃げているのではなく
信じているだけ

言葉を信じない少女と
言葉を信じ続ける女性と

生き方が違うのなら
それは きっと 最初から悲しいのだ

「ホリーガーデン」

――江國香織の中で
一番最初に読んだ小説が
ホリーガーデンだった

どこか幼い果歩
自立してる藤枝
そこ抜けの能天気さに救われる中野くん
なのにみんな どこか寂しい

二回目になって読み直した時
小説自体が まるで服のようだと思った

男性についてのため息も
女性についての煩わしさも
思わず頷いてしまう

肌というのか 心に 馴染むような この感覚が
最初は よくわからないと思ったけど
今なら その寂しさの輪郭が 分かる

買うかどうかは分からないけれど
どうしてか忘れられない 残り続ける風景がある

詩でいうところの 私にとっての
シャガールと木の葉のような

買うかどうかは 別にして
そして 小説としてどうかは 分からないのだけれど

このあいまいな空気みたいで
どこか 何となく進んでいくような文章が
とても 小説らしい 小説だと思った

「物語のなかとそと 江國香織散文集」

どこからどこまでが小説で

どこからどこまでが現実だろう

小説的に 現実を捕えることはできるし
現実的に 小説を描くこともできるし

真実が どこにあるかが 重要なのではなくて

きっと そこに感じたものが すべてだった

心の中に蓄えられたありとあらゆるものを

好きなように出せる場所があるというのは

とても贅沢で豊潤で
ときめきときらめきが一緒になったような時間

驚きと発見
悟りと初恋が
同時に起こるような

心の中にあるものに
触れたい

それだけでもう幸せ

ないようなんて  なんだっていい

かんじたものが すべてだから


「都の子」

江國氏は心のフットワークが軽いと思う。
好きなものが沸くように出てくる。

音楽や詩のフレーズが出てくる。
エッセイに、映画とか、音楽とか、
ジャンルの括りなんて、いらなくて。

過去にふたをせず、生きていくというのは、
とても強くなければ、できないようにとも思う。

その時思ったこと、感じたことを、
写真で撮って、アルバムに収めているみたい。

心はどこでも、好きな場所に行ける。

この人は、そうやって、一つ一つの出来事を、
その一瞬一瞬の光景を、心に留めているのだと思う。

心の軌跡をなぞるだけで、いくらでも言葉が出てくる。

きっと、目を逸らさないのだろう。
美しいものも、醜いものも。

きっと大切なものや、好きなものを、思いっきり、感じて
握りしめて、心にしまって、きたのだろう。

驚きや期待、裏切りや羨望、そういったものに蓋をして、
なかったことにして、生きてしまうことなく。

自分はどうだっただろうかと考えてみる。
自分でなかった時間が、ものすごく長かったのかもしれない。
自分の淵のぎりぎりで、立ち尽くしていたのかもしれない。

感じたものを肯定するのは、本当はとても難しい。
少なくとも私にとって。
もっと高く、もっと鋭くを、追い求めていた頃。
ある線まで来てしまったら、戻れない地点があるのだと、気づいた時には、もう遅かった。

それまで馴染んでいたものが、馴染めなくなって、合わなくなってくるような、気がして。
独りが、親しくなってくる。

ほんの少しでいい。
温もりは。
ほんの少し夜に星があるだけで、丁度よく、安心する。
抱えられるくらいの重さの不安が、心地よかったりする。

少なくても、抱えるのではなく、
言葉にして、何かを形にしていこうと、
この本は、私に導をくれた。
ここでレビューをしていく、きっかけを、くれた。

「雨はコーラがのめない」


考えてみれば 当り前だ

犬は コーラを飲まない

そんなタイトルが自然に浮かぶくらいに

雨という存在は この作品に馴染んている

江國氏が感じるように その体温を 感じる

この人の作品を初めて読んだのは
ホリーガーデンだったと思う
女性版村上春樹のようだと その時は思った

それからどうしようもなく虜になったのが、
『絵本を抱えて 部屋のすみへ』という本で

衝撃というか、 眩暈がした

こんなにも甘く、切なく、寂しげに、
別れ際に残った体温のように、
どうしようもないものを残していく言葉を
綴る人なのだと、思った

小説よりむしろ、この人の言葉が もうそれだけが 好きなのだと 思う

食べるように 飲み込むように それは甘く、美味しく

そしてその恍惚感に 浸りながら 酔ったように 頭がくらくらしそうになる

少なくても 私はこんな言葉は綴らない 綴れない

こんな言葉を持ってしまったら そんな言葉で象った世界は
あまりに美して 切なくて 耐えられそうに ない

それでも 作中で次々と再生されて
口ずさまれる歌を 聞くように 読みながら

思う

私は こんなふうに日常の物事と 向き合ってきただろうか

――と

この両手を 少し 差し出してみようと思った

精彩を欠いた世界に 輪郭が 少しだけ 戻るように

「落下する夕方」

それはたとえば
ラジオの終わりの寂しさ
一ミリも誤差のない「おかえりなさい」

それは例えば
信じられるものなんて何もないということ
何かに捕らわれるまで逃げ続けるということ

何かがおかしいのに
それを指摘することができない
目をそらすことが できなくて

ただただ
そういうものだと
受け止めることしかできない

それはきっと
人の弱さなのだろう

正しさで立場を守る人
賢さで厄介ごとを避ける人
常識で他人との関りを正す人

どれも、きっと正しいのだ
子どもであり、大人であり
そのどちらもが、正しいのだ

悲しいくらい、きっとそう
それさえも愛しいくらい、人という生き物は
どうしようもないもの

「思いわずらうことなく愉しく生きよ」


これを読んだのは、本当に…
――本当に。
思いわずらうことなく、愉しく生きたいと、
思ったから。

読んでみて、楽しいのか分からないけれど
それぞれが、自分の生き方を信じて生きていく様は、目が離せない

少なくても恋に負けず、
人生に勝とうとする生き方は称賛に価する。

恋人と別れても、今の人生を謳歌する
DVがあっても、結婚したという関係を尊ぶ。

毎日のくり返しの中で
どうしても 自分が 削れていくような気がする

消耗品のような
日光を浴びても 深呼吸しても 瞑想しても

まるで いたちごっこ
この構造とサイクルを根本から変えなければと思う

その中でこの思いわずらうことなく、はヒントだと
思った。

結局、裏技のような即時解決法が
見つかったのではなく、今の人生を楽しむ。
難しく考えず、迷ったら楽しそうな方を選ぶ。
そういう生き方を、教えてもらった気がした。

「冷静と情熱のあいだ Rosso」

なぜか
愛について、考えていた

どうしてか
恋について、考えていた

人を愛するということ
愛する人と一緒に
生きていくということについて

「愛している」
という言葉が含んだ真実と
無意味さについて

なんとなく求めていた答えが
ここにあるような気がした

平穏な生活
傍にいる人が愛を囁く
けれども私は満たされていない

果たして私は
愛を与えて欲しかったのか
それとも愛を与えたかったのか

少なくてもそれは
隣にいる人ではないのだ

彼は私を愛している
そうだとしても

辻仁成「冷静と情熱のあいだ―Blu」

それは対の物語

彼女が呼んだ名前の物語

それは愛と呼ぶにはまだ拙くて
あまりにも真っすぐ過ぎたのかもしれない

言葉にしたところでどこまで伝わるだろう
後悔したところで何が変わるだろう

一つの約束だけが未来を照らしていた
彼女は彼にとっての忘れえぬ人

思い出にすることはできない

だから
彼は走った

愛はどこにあるだろう
彼は なぜ 走ったのだろう

愛のある場所
冷静と 情熱の 間に


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