20頁 「もやもやが空高くのぼっていくのをみた日の話」




誰かの歩いた足跡が
こうして今日も 消えていく

波打ち際 波が覆い隠して
洗うように

風が毎日変わる
だけど歩幅は 変えられない

毎日 毎日 自分の歩幅で歩くだけ
それが 精一杯
忙しく走り回るように ゆっくり生きて行くだけ

誰かの足跡を辿るように
彼方の朝陽に見た眩しさを追いかけるように

一歩ずつ 何かを忘れていく
何かと引き換えに そして 確かなものにして

辞めないし 止めない
一度始まったら 止まるまで なくなるまで

色んなことが勝手に始まって
巻き込まれながら 傍観しながら 外側を走りながら

渦巻く日常が まるで海
光が海に乱反射して 眩しくて泣きそう

零した涙で砂に綴る
言葉を置いていって

あの日始まった夢のために
いつか消える 足跡のために



やりたいのにできないそんな毎日
できることやれることやりたいことやらなくちゃいけないこと
理想と現実、目標とタスクの波に揉まれて溺れないようするのが精一杯
そうしてまた朝が来る同じようなジレンマを抱えて

マニュアルを守ると遅いと言われマニュアルを守っていないと怒られる
手術しても抗がん剤をやっても再発するがん細胞
労働基準法から遠い働き方と大学病院よりも自由診療の方が儲かる仕組み
理解してくれない患者と指示通りに動かない周りのスタッフ

ある医師が書いたカルテから私は目が離せなかった

理想と現実にもがく時期
患者といい人間関係を築きたくても残業が多過ぎると怒られ
患者へ真実を伝えたいの家族からかわいそうだからと止められても

看護師2年目の頃から知る患者は大腸癌の再発を繰り返し膀胱や肝臓に転移
抗がん剤を繰り返すも癌は拡大する身体は弱り症状緩和の方針

冗談が減り笑顔が減り奪われた表情不安と不眠症と抑うつ状態
夜は睡眠薬を飲んでも眠れず日中も虚ろな目をして過ごす毎日

患者思いの優しい先生には行動が伴う担当患者のベッドサイドへ必ず行くよ
こんな時間になっちゃったよ。もう寝ちゃったよね、変わりない?
容体が変わらなくても必ず毎日書いていましたカルテが奮闘記

手術で患者を治してあげたくて外科医になったのに負けてばっかりだよ
「どうして、癌は治せないんだろうね」

外科医は自分の技術で自分の手で患者を助けたいと志し医師になったから
目で見えるような状態になった時ではもう遅いそれはもう余命宣告
処置で焼いても手術で切ってもどんなに強い抗がん剤を投与しても
努力は100%報われない費用対効果は破綻しているなんて刹那的

朝から手術夕方から病棟の患者の対応薬注射の指示とカンファレンス
カルテと書類をさばき当直勤務へ看護師の相談依頼対応と急患対応
合間に研究データや論文を書いていたらもう朝日1時間後にはまた違う手術

自宅から駆けつけて呼吸心臓の鼓動目の無反射を確認と死亡診断書

それから1ヶ月後
記録をアーカイブしようと開いカルテから私は目が離せなかった

―――――

がんとの戦いお疲れ様でした
天国ではしっかり眠れて、笑顔を取り戻しているでしょうか
がんが再発しても、トラブルが起こっても
北山さんが前を向いて過ごす姿に僕も勇気付けられました
ご冥福をお祈りいたします

―――――

カルテというよりまるで手紙のようで
心がじわじわ溶けていくような不思議な感覚

残っていたのは亡くなった担当患者すべてに対して手紙のようなカルテ
詰まっていたのは綴られた本音生きている間は伝えられなかった葛藤
誰も読まないカルテ病院は生きている人に向き合う場所

残るのは採血レントゲン手術のデータだけ人も人生も物語も誰も知らない

患者のためじゃない自分の心の整理のため
ストレスジレンマやもやもやから自分を守るため

始めることよりも
終わらせることを
言葉にすることを

書くこと
自分の気持ちや葛藤を引き離して自分で終わらせること
自分を助けてくれる一番の味方になること
自分で自分が守れるようになること


毎日ターンオーバーして生まれ変わっている体心もそう

すべてを引き連れてずっと生きていくことはできない
情報や感情でいっぱいになった頭や心も言葉にして外に出してみて欲しい

綴った言葉が
あなたの強い味方になってくれますように

すべてを持っていくことはできない
でもすべてと出会ったあなた自身を 未来へと連れていくことはできる


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