17頁「「寂しさ」に、向き合うということ。」




ひとりがまるで海みたい
桜が泣いて
笑い声が眩しくて(少しうるさくて)

独りぼっちな気がした(一年前の今日もそんな感じだった)
夜の中で寝静まった空の向こうで独りで輝く月のような
そんな寂しさは私を心細くさせる
(人との繋がりがかえって孤独感を強めるなんて)

川沿いに咲く桜は
風が吹く度にはらはらと水面にピンク色のグラデーションを描く
瞬間的に強く吹いた風は瞬くように
花びらごしの世界は舞い散る光と桜の中に包まれていた

今どき言葉なんて桜の花びらよりも軽く
その関係はガラス細工よりも脆かった
なのに時間は圧倒的な質量で心を飲み込んでいく

どこかに逃げたいと思った本屋で
偶然手にした言葉の海を泳ぐように
見つけた言葉は光のように
私の心に一筋の寄り添う手のようだった

その感情の名前はありきたりで
でも確かに私を形作り 私の中にある 確かな世界の 一部で
弱くて不確かで でも生きて行こうと思う私の中の 確かな一部だった

私の中で なかったことにされるのでもなく
弾き出されて 否定されるのでもなく
そのままで 私の中で生きていた

逃げることなんてできない
それは生きるという事にも似ていた
失くすことはできないし いけないことでもない
それは恥ずかしいことでさえもなかったのだ


私は私に祈りたくなる
この自由で残酷で果てしなく孤独な世界で
心のままに誠実に生きていく勇気を

海に舞い散る花びらの色は
きっとうすむらさきの菫のような優しい色なのだろう
(ああ、今わたしは寂しい)

だから、きっと、大丈夫。
その景色は。
幾つもの悲しみを越えてきた足跡が辿り着いた
私のあるべき心の場所なのだから。


駅は散り際のお花見に集まった人々でごった返している
川沿いの遊歩道にはずらりと並んだ屋台のケバブとフランクフルトのにおい
自撮りをする若者たち犬を連れて歩く夫婦花びらを追いかける子供たち
シャッターを切る音それらのざわめきが4月の明るい光の中に溶けていく

コートのポケットに手を突っ込んだままと歩くまだ風は少し頬に冷たい
この街に引っ越してきたのが約一年前(あの頃もちょうど桜の時期だった)
秋に出会い冬を一緒に過ごした恋人は桜が咲くのを待たず別れてしまった
とても優しい人だったけれど色々なことを我慢させてしまっていたような

一年前と同じくすっかりひとりぼっちの振り出しに戻った寂しさを
手の中で持て余して転がしてみる誰に気を遣うこともなく
自分の好きなように生きていける圧倒的な自由が私には与えられていて
ただその自由の残酷さに目が眩む

例えばSNSに溢れる家族や友人とのフィードの中で
「わたしはひとりきりだ」と思うことが何度あっただろうか
画面越しに流れてくる「こうあるべき幸せ」と自分の平坦な日常を比べて
自分は"寂しい人"なのではないかと思わざるを得ないことがある

川沿いで満開を迎えた桜はただ美しい風が吹く度はらはらと散る花びら
水面にピンク色のグラデーションを描いて行く
花びらごしに太陽を見上げるとその瞬間に風が強く吹いて
舞い散る光と桜の中に包まれた

LINEの通知がポケットの中で鳴るスマホを取り出すと画面に新規メッセージ
最近知り合った男友達「自分勝手なやつだね、さよなら」という短い言葉
胸を鋭くえぐられるような一文に指先から血の気が引く
経緯や理由を何も聞いてもらえないままに投げつけられた言葉

直接会うよりもたやすく言葉を投げることができるSNSだから
ときにこうして簡単に関係は壊れていく
恋愛感情を発端にした友情関係だった(浅い関係だったと言えばそれまで)
一つ大きく息を吐いてスマホをポケットにしまった(時間を置くことが必要)

視線を上げると古本屋が目に留まった
ふらふらと引き込まれるように店内へ逃げ込んだ
しばらく時間をやりすごして痛みをごまかしたかった

そこには思いかけず「寂しさ」という言葉があった

偶然に手にとった一冊の本だったけれど
こんなにも自分の心を
掬い上げてくれたことに驚いた

「寂しい」という言葉から
勝手に私が自分に紐づけただけといえばそれまでだけれど
この文章とのささやかな運命を感じずにはいられなかった

「寂しい」という気持ちを受け入れて向き合うこと
その気持ちを抱えてみること
寂しさが心の琴線に与える震えを感じ取ること……

頭では分かっていたようですっかり忘れていた感覚だった
「寂しい」ことは恥ずかしいことだという価値観が
頭に植えつけられていたからかもしれない

友達は一人でも多く(毎日誰かしらとLINEやメッセのやりとりを)
いいねやLIKEをたくさん集めて(寂しいのは恥ずべきことだから)
繋がっているフリしなくてはならない(孤独は恐ろしいこと)

世界がにじんで涙がぽたぽたと机に落ちた
寂しさからずっと逃げて来た
逃げれば逃げるほど(寂しさは追って来た)

この文章には寂しさを否定しないことの潔さと優しさの提示が
感情の持つ淡い色合い手触り「寂しい」に向き合ってとことん味わうこと
逃げずに生きるという選択肢を私に見せてくれた

心が軽くなって
私はペンを持って紙にそのことを書き記した(忘れないように)
「寂しさと、向き合う。」

次に寂しさの波がやってきた時はその波の中に体を預けてみよう
孤独と対峙することのほうがきっと自分自身に正直で勇気のあることだ

寂しさに色があるとしたら
うすむらさき色の
菫のような色かも知れないと思う

優しい色を思い浮かべる(「ああ、今わたしは寂しい。」)
そっと膝を抱えてみよう(大丈夫)
辛さを伴っても寂しさに向き合ったあとにしか見られない景色がある

だから、きっと、大丈夫。

私のあるべき心の場所が ここにある


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