成長 Growth

   女の子は神社の裏の森の中で、一匹の傷ついた子猫を見つけました。

   体中血塗れになりながら、か細い声で鳴くその猫に、居ても立ってもいられなくなった女の子は、お洋服が猫の血と泥で汚れてしまうのも構わず、抱きかかえて走り出しました。小雨の降る夕方。傘も放り出して。バシャバシャと水溜りの泥を撥ね上げながら。
    ずぶ濡れになって家の玄関を開けると、お母さんが出てきて、女の子の抱きかかえた傷ついた猫を見てヒステリックな声をあげました。
「そんな汚い猫、すぐに捨ててきなさい!」
    でも、怪我をしているんだよ。女の子は胸の前でギュッと猫を抱きしめて、すがるような眼でお母さんに頼みました。
「治るまで、ウチにおいてあげて」
    ダメダメ、とお母さんは首を横に振りました
「どうせ助からないんだから。それに、治ったとしてもウチでは飼わないからね」
    でも、お母さんは本当はとっても優しい人で、女の子が優しい心を持っているということもちゃんと知っていたので、たぶん、自分は女の子のお願いを聞いてしまうだろうな、ということもわかっていました。
    やがてお母さんは目を閉じて、鼻からひとつ荒い息を吐いて、
「仕方ないわね」
   と言いました。
   子猫は、女の子が治療を施すと、見る見るうちに元気になりました。食欲は旺盛で、カツオブシとかお刺身とか、お肉とかチョコレートとか、食べられるものは何でも食べました。それに伴い、はじめはソフトボールくらいだった体も、次第にバレーボールくらいになり、バスケットボール大になり、ひと月ほどでトラと見紛うほどになりました。さすがに女の子も、ヤバいと思うようになり、家の人には「どっかに行っちゃった」ということにして、学校の裏の藪の中で飼うことにしました。
    で。それからも、猫はどんどん大きくなり。
    女の子は小学校の最高学年だったので、修学旅行に行きました。
    三泊四日の旅行を終えて、街に帰ってくると、体長五〇メートルに成長したあの子猫が、街を破壊しまくっていました。
    女の子の拾ってきたその猫は、怪獣・ニャンギラドンだったのです。
    ニャンギラドンは女の子の姿を見つけると、ニャア! と地響きがするほどの轟音で咆哮し、ビルをななつやっつ蹴散らしながら駆け寄ってきました。途中、二回ほどツメを砥いだので、やっぱり高層ビルがひとつ、おシャカになりました。
    そのニャンギラドンを退治するために自衛隊が出動しました。戦闘機でミサイルとかを打ち込むのです。これは大変、と女の子はニャンギラドンのいる一番近くのビルの屋上に昇って、ニャンギラドンの矢面に立ち塞がりました。そして、あらん限りの声で、
「やめてー! 撃たないでー! この子は何にも悪くないんだよーぅ!」
    と叫びました。
    その間にも、もちろんニャンギラドンは細かい事情なんかよくわかっていないので、ガスタンクをボールに見立ててじゃれたりとか電車とかを捕まえて遊んだりしています。
    女の子は、自衛隊のコマンド部隊の手によってさっさと取り押さえられ、自衛隊はガラ空きになったニャンギラドンに一斉放火を浴びせ掛けました。アッという間にニャンギラドンは血塗れになり、ニャアニャアと、街中に響き渡るようなか細い声を上げながら死んでしまいました。
    それを見ていた女の子は泣きました。
「あーんあーん。ひどいよーぅ。あの子は何にもしてないのに。大人って残酷だよーぅ」
    それから、女の子は三日三晩泣きつづけ、食べ物も食べませんでした。
    ひと月は、お母さんともお父さんとも口を利きませんでした。

    やがて女の子は中学生になり、将来は獣医さんになろうと決意しました。いつか、ニャンギラドンのような可哀そうな子がいたらその手で救ってあげたい、と思ったからです。
    しかし、あんまり成績がよくないので獣医の夢は早々に諦め、就職に有利なように商業高校に入り、誰でもやるような些細なカンニングとか、進路指導の先生とかに上手く気に入られたりしながら、内申点を上げて、面接でも模範的態度をとって大手の商社に就職しました。そこで素敵な彼氏を探そうと思ったのですが、なかなかいい男は見つからず、大学に進学したり、他の会社に就職した友人のコネで合コンをしたりして彼氏を探しました。中学・高校生くらいなら、容姿とか性格とかで相手を選べたのですが、そろそろ、将来性とかも見据えて彼氏を選ばないといけません。
    そうやって、五、六人の男と付き合ったり別れたりしているうちに、女の子もすっかり成長して二八歳になりました。そろそろヤバいと思った女の子は、安全日を偽って、遊びのつもりで付き合っていた相手の子供を妊娠し、半ば強引に結婚を決め込みました。
    とはいえ、女の子はきちんと相手を選定しているので、結婚生活は概ね幸福で、三年で二児を出産し、旦那様は着実に会社での地位を固め、長男も長女も、そこそこ堅実な小学校に入れることが出来ました。

   女の子の子供たちも着実に、健やかに成長していきました。そして、女の子の長女が小学校三年生になったある日のこと。
    ずぶ濡れになった女の子の長女が、傷ついた仔犬を胸に抱きしめながら帰ってきました。
    女の子はそれを見るなりに、
「そんな小汚い犬、さっさと捨ててきなさい!」
    と、ヒステリックな声を上げたのでした。

<了>

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