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スチールより黄金の方が強い

このタイトルを見て、すぐに『聖闘士星矢』ネタだと気付いた貴方。恐らく私と同じ世代でしょう。もし男性なら、厄祓いはお早目に。

さて、今回は再び万年筆のお話し。

LAMYのsafariを日々持ち歩き、愛用していた私でしたが、やはり気になってくるのです。金ペン先の書き味が。特にペリカンのスレーベンの使い心地が。
しかし、「気になるし買うか!」といったテンションだけで買えるモノでもなく、調べては深いため息をつき、あげくカタログに掲載されている実寸大のサンプル写真を切り抜き、それを握って想像を膨らませ、更にそれを本の栞変わりにして持ち歩いていた。周りからみれば、狂気の沙汰であったことだろう。

ある日、そんな私を見かねた万年筆の神様が私に微笑んだ。

大学で非常勤講師をすることになったのである。しかも、元々担当していた先生が諸般の事情で休講を重ねた状態でのバトンタッチであった。つまり、休講した分の補講は当然することになるのだが、その分の給与が先にまとめて振り込まれたのである。

「俺は宵越しの金は持たねぇ主義なんだ」

今まで思ったこともないような台詞を胸に、切り抜きのペラペラのスレーベンを立体にする決意を固めるまでに、数秒とかからなかった。

問題はどこで買うかである。
正直、インターネットで調べれば並行輸入の安いお店はいくらでもある。しかし、私が万年筆沼に沈められたあの「safari事変」(前回投稿参照)以降、私の知識量も各段に跳ね上がっている。
万年筆の通販は危ない。なぜなら、ペン先の出来が一本一本異なるからだ。舶来品だと、同じニブ(太さ)なのに太さが違うということもよくある。もっといえば、書き心地も異なる。無論、不良品というわけではない。そんな大らかさが、万年筆にはあるのである。
ともあれ、それが「自分の手に合っているか否か」が重要なのだ。

恐らく、万年筆沼の住人である紳士淑女の皆さまなら分かるかと思う。決して安い買物ではない。実物を手に取り、数本試し書きをして納得の一本を見つけて購入する。これが最良であり、最善なのである。

で、あれこれ調べていくうちに〈金ペン堂〉なるお店に行き当たった。どうやら、新品のペン先を店主が自ら客の書き癖を住所などを書かせて観察し、それに合わせたペン先調整をしてくれるのだという。しかも、その書き味といったら、新品でありながら既に数年使い込んだような書き心地というではないか。

試してみたい…。
その職人技を実体験してみたい…。

店の場所を調べると、神田の神保町にあるという。当時、私は京都に住んでいた。

うん、遠い。

とりあえず、金ペン堂に電話をしてみた。
なんでしたのか?
したかったから。
しかし、この行動が吉と出た。
なんと、自分で手持ちの万年筆を使って住所と名前を書いて送り、書き癖を観察。そして、店主が在庫にある数本で試し書きをしたものを送ってくれて、好みの線の太さの1本を選ばせてくれるというのだ。さらに、その選んだ1本を私の書き癖に合わせて調整して通販してくれるという。

これでいいじゃん。
これがいいじゃん。

かくして、人生初めての金ペン先の万年筆〈ペリカン・スレーベンM800〉を嫁に迎えることとなった。

待つこと数ヶ月。
荷物が届き、箱を開け、手に握った瞬間を今でもよく覚えている。何より、インクを入れて初めて紙の上でペンを走らせたときの書き心地は衝撃的だった。
ペン先が一切紙に引っかからない。筆速を上げても、ヌルヌルとインクがフローし、一切擦れない。本当に驚いた。

その後、担当した講義の中に『日本文化史』が入っていた。これ幸いと、「文房具の文化史」というタイトルの授業も潜ませておいた。その中で、このスレーベンもちゃんと登場している。

初めての大学での講義を共に戦った、思い出深い、まさに戦友である。

さて、次はなにを書こうかな。

店主


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