あと語り 転

-クリスマス当日を迎えた日本列島ですが、史上最大級の寒波が押し寄せてあり、関東でも強い雪の影響によるダイヤの乱れが予想されております。

「あと5日でこの家出ることにしたの。とりあえず荷物だけは送る準備しておくから、連絡したら送って欲しい」

「本当に良いのか?」

「何を今更言ってるのよ。私だってそろそろ自分の人生のこと考えなきゃならない年齢だし、ちょうどよかったわ」

「そうか、わかった」

クリスマスの当日にケーキを囲むでも、七面鳥を囲むでもなく、ありふれた毎日の中で終わりの音は刻一刻と近づいている。

「山岸とは、どうなんだ」

「さあ?私も一度裏切られた身だから」

僕と君との出会いは、君が山岸に振られた夜へと遡る。

山岸は僕が学生時代からの友人であり、彼は僕とは真逆の存在であった。

出版社に就職した山岸は、小説家志望の僕を気にかけてくれており、大学を卒業してからも長く友人として接してくれた。

若い頃は、まだ社内で僕の作品を推してくれたものだ。

「お前はさ、現代の太宰治になれるよ。
なんか儚いというさ!なんか他の人にはないサイコパス感があってさ!」

しかし実績のない山岸と、才能のない僕の作品は日の目を浴びる事はない。

山岸は社歴を積む中で、どんどん売れっ子作家を発掘していき、その階段を登って出世していった。

関係が疎遠になりながらも、数ヶ月に一度は酒を飲む。

山岸が決まって呼んだ店に君はいたのであり、君は当時、山岸と付き合っていた。

最初はよく3人で飲んでいたのだが、山岸が忙しくなるにつれ、君と2人で飲む事が多くなっていく。

君と2人で飲む機会が増えていく一方で、山岸は小説家としての僕との関係を薄めていった。

ある日、久々に山岸に呼ばれて君のいる店で飲む事になった。

何時間待っても山岸は来ない。

2時間、3時間と待って

「ごめん、今日仕事で行けなくなった」

と連絡が入った。

「私ね、昨日山岸くんに振られたの」

その夜、初めて君を抱いてから5年が経ち、今君は5年前のあるべき自分に戻るように僕との関係を断とうとしている。

この5年で僕と山岸の関係も完全に終わってしまった。

「私、今日は帰ってこない。
お腹空いたらカレーが冷蔵庫に入ってるから食べて」

見たことないくらい綺麗な顔と、いつ買ったかもわからない小洒落た服を着こなして、君は家を出る。

綺麗な顔してるな。

「行くな!」とも言えず、黙って見送るしか出来ない自分を呪うこともない。

将来と君への不安が現実になって押し寄せて、それを実感できないままでいる。

虚空とはこの部屋のことだ。

自分が災いの種であり、君も山岸も悪くない。

でも、この虚空にあって、自分を責めるに責めきれない自分がいる。

なにを、どこから間違えたのか。

最初から自分が間違えているのはわかっている。

でも、そんなハズないと思ってしまう自分がいる。

あのとき、物を書くことを好きにならなければ。

あのとき、田舎に残っていたら。

あのとき、山岸の言葉を鵜呑みにしないで小説家を諦めていたら。

あのとき、きみが山岸に振られてなければ。

僕はとことんクズでどうしようもない男だ。

どうしようもない。

生きている中で気圧をここまで感じる事があるのだろうか。

重圧というやつ。

いやそんな大そうな物であるはずがないか。

携帯が鳴ってふと我に返る。

山岸からの連絡だ。

一瞬血の気が引く。

「久しぶりだな!ちょっと話があるんだ。
年末で申し訳ないが12/30空いてないか?」

引いた血の気が一気に沸き立つ気がした。

何を今更になって、僕がお前と。

怒りでも憎悪でもない感情が体に湧いた。

この瞬間になって、初めて僕は人生を諦められたのかもしれない。

「大体の話は聞いている。12/30、大丈夫」

「大体の話?なんのことだ?
とりあえず集合場所と時間はまた伝えるから!よろしく!」

僕と君の関係が終わるまで、あと5日。

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