しんやの餃子世界紀行 Vol.72
「東京」
MOROHAの武道館が決まった。
感慨深すぎる気持ちでいっぱいである。
しんやがまだ都内の小さなヴィレヴァンで店長をしている頃。
まだ売れるには程遠かったMOROHAが好きなあまり、コーナーを作ってSNSにあげたことがあった。
新譜の発売日。
そのSNSを見てアフロが店に一人でやってきた。
「なんか熱いTwitter見たんで。応援ありがとうございます」
あの日より覚えている日なんか、ヴィレヴァンで働いた日々の中であるだろうか。
コーナーのために書いてもらったPOPは本当はダメなんだけど、展開が終わってから家に持って帰って今もまだ部屋に飾られている。
そんなこんなでずっと聴いているアーティストの晴れの舞台はファンにとってエモすぎて震える。
しんやも上京当時音楽をやっていたものだ。
北海道から上京した新幹線の中で決めたものである。
「俺が武道館に立つときは、俺がステージに立つ立場になったその時だ」
と。
若かりし頃のしんやはそんな決意を胸にまだ本州と北海道を繋ぐことのなかった新幹線の轟音に心踊る。
3日後に日本大学の入学式が武道館で行われることをこの時のしんやはまだ知らない。
そんなこんなで夢を持って上京したのである。
しかしどうだろう。
上京して12年くらい経つか。
しんやが武道館のステージに立つことは今のところなかった。
武道館どころかステージの上からも降りて幾許年。
当時身近にいた憧れの大人たちの年齢に少しずつ近づいたか。
追い越した人もいる。
夢を持って上京していく彼らの背中を押す立場になってしまった。
東京では迎え入れる立場になってしまうこと。
岡山では送り出す立場になってしまったこと。
歳をとるって残念だけど受け入れることだ。
上はいつか息を吸うように消えていき、下は淀みなく湧いてくる。
消えていく上に噛み付く必要もない。
湧いてくる下をやっかむ必要もない。
自分もまた、消えていく立場に近づいている。
そのことを最近強く思うのである。
気負ったところで、人の人生の答えになるような生き方なんかできっこない。
できたとして餃子を作って食わせるくらいなのだ。
消えていくこれからの人生で東京に向かい挑む若人にしんやは言う。
東京なんて大した街じゃないよ。
敗者の屍を踏んで上を目指せない人には明らかに向いていない。
手を繋いで横並びで進むことを許さない街だ。
でもね。
北海道だろうと岡山だろうと。
東京の足元にも及ばないよ。
東京を見たことがない人に東京の悪口は言われる筋合いがない街。
それが東京だよ、と。
そんな街でギターとマイクそれぞれ一本ずつ握って屍の中から這い上がってきた男二人。
そいつらのことを人はMOROHAと呼ぶんだ。
普通の人ならもがくこともできない東京の屍という絶望から、何度沈んでも埋もれてもダサかろうと立ち上がる男二人が掴んだ名誉のステージ。
日本で最高のステージだ。
あのクソみたいに腹立たしい日本大学の入学式に、抗うこともできずに決意を捨てて以来人生2回目の武道館がMOROHAのためなのなら。
そこが結局何年前かも忘れたあの日と同じ客席の上だとしても。
感慨深すぎる気持ちなんだわ、やっぱり。
中途半端で、ダサい。
でもここでリセットできるのかもしれない。
次武道館を跨ぐときはステージの上にいるかもしれない。
まだまだ消える立場だと思えるほど大人ではないんですよ。
しんやひろきは。
そう思わせる二人が立つステージを
見てえ。
2022年2月11日は金曜日の祝日か。
ふむふむ。
この日は流石に餃子は包めないかもしれない。
そんな僕を許してくれるかな、オーナー?
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