対人関係療法を組み込む
1980年にWHOが心理療法の効果について調査をしました。
認知療法はベックが直々に参加。
精神分析はサリヴァン派のクラーマンがスーパーバイズした。
うつ病の患者さんをランダムに振り分け、保健師が面接をする。
ともに週一回の面接で13回。
つまり3か月の間の変化を調べるものでした。
結果は予想通りというか、どちらも7割の人に改善が見られました。
向精神薬を使うと8割ほど改善するので、それよりは低い。
その代わり、3か月で服薬をやめると再発する。
薬は症状に効果はあるものの、原因を直すものではない。
それに対し、認知療法や精神分析は終結後も効果が持続していた。
それが心理療法の利点です。
WHOの結論は「薬物療法と心理療法の併用が望ましい」でした。
このクラーマンの精神分析が「対人関係療法」です。
複雑な精神分析を整理し、馴染みのない保健師さんでも使える。
そういうマニュアル化がされています。
ポイントとなるのは四つの領域。
うつ病のタイプを四つに分け、対応法を変える。
喪の作業、役割期待、自己役割、関係欠如の四通り。
それぞれ、見てみましょう。
・喪の作業
フロイトの「メランコリー論」を簡単にしたもの。
両親や配偶者など大事な人を亡くしたときの悲哀反応。
愛情の対象が失われ、心の整理をするためエネルギーが内向する。
そのため活動性が落ちたように見えるが、内側では重要な作業が行われている。
「うつ」をその必要不可欠な作業と見る見方です。
亡くしたものが「ひと」とは限らない。
ペットロスの場合もあるし、戦争や災害で「故郷」をなくすこともあるだろう。
忘れようとしても忘れられない。
むしろ、心の中に「思い出」として大切に保管することが大事です。
・役割期待
フロイトの「転移性神経症」を理論化したもの。
対人関係の中で、相手に対し「母親」や「父親」を見てしまう。
「甘えさせてほしい」とか「守ってほしい」とか本来は親への期待。
それを職場の上司や配偶者にも暗黙のうちに期待してしまう。
そのズレによって「うつ状態」が引き起こされる。
とはいえ、小学校のころ先生を「お母さん」と呼んだりして
「あっ」となった経験は誰にもあるはず。
まっさらな人間関係よりは「この人もきっとこうだろう」と期待してます。
先入観がある。
固すぎると偏見になる。
それを一度意識して「どんな期待をしているか」を見直してみる。
そうした心理療法を行います。
・自己役割
自我心理学の「アイデンティティ」を言い換えたもの。
昇進したらうつになったとか、子どもが生まれてマタニティブルーとか。
それまでの自分とは違う期待を受けると同一性が揺らぐ。
新しい役割に向けて自信が持てず不安で心がいっぱいになる。
それは仕方のないことです。
これも一種の「喪の作業」です。
「古い自分」が死に「新しい自分」として生まれ変わる。
昔なら「死と再生」のイニシエーションを行うところ。
「昔の自分」の労をねぎらい感謝する段階が必要です。
それから「新しい自分」へのワクワクした楽しみを見出すこと。
・関係欠如
サリヴァンの「シゾイド」から導かれる治療論。
シゾイドは、今でなら「自閉症スペクトラム」かな。
そもそも対人関係の苦手なタイプの人たち。
そういう人たちの「うつ」は、他の三つのタイプとは異なります。
人に合わせようとすると疲れてしまう。
自分のペースを守るとトラブルが起きる。
この狭間に置かれた生きづらさがあります。
まずは対人関係の練習相手としてセラピストを用いてもらう。
話したいことを話してみる。
セラピストは関心を持ちながら踏み込みすぎないようにする。
会話についてフィードバックしあいながら、程よい距離感を見つけていく。
そういうアプローチです。
四つのタイプはマズローの欲求段階に似ています。
ストレス脆弱説の「環境ストレス」のところ。
そこに対人関係療法は組み込める。
喪の作業は安全欲求の障害です。
生活の基盤で「当たり前」と思っていたところの喪失。
それが引き金になる。
安心の源がなくなるのだから不安です。
その不安をどう受け入れていくか。
役割期待は所属欲求ですね。
グループの中で互いを大切に思う気持ち。
虐待の体験があると恐怖が先立つこともありますが、
「目の前のこの人」は「その人」ではないはず。
もっと大きな愛に包まれていることに気づくこともあって、
そうなると宗教ではないけど「神様」を感じる人もいます。
自己役割は承認欲求に関わります。
自分がグループにどんな貢献ができるか。
そうした自己像を作り直す作業になります。
年齢に合わせてできることは変わってくるので、
昔の日本では「厄年」のように、
自分を見つめ直す時期を設定していたのでしょう。
関係欠如は、こうした欲求段階とは別です。
どちらかというと気質的なもの。
マズローの理論は「世間の常識」に基づいているけど、
その「常識」自体がしんどい。
少数派には少数派の苦労があります。
仲間が見つかるとその苦労は分ちあえます。
対人関係療法は「こころ」を対人関係から考える視点です。
個人の内側のこととしない。
なので、治療後の経過を調査すると、
終結後のほうが回復尺度が高くなる傾向がありました。
対人関係を変えると、周囲との関係も改善し、
環境からのストレスが減っていくからです。
これは認知だけを変える場合との大きな違いです。
なので認知療法も、動機づけ面接や行動活性化など、
その人の環境に働きかける技法と組み合わせるのがいい。
もちろん対人関係療法と組み合わせるのもいいでしょうね。
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