見出し画像

羊の万里の長城をつくる男—石狩ひつじ牧場・山本知史さん(執筆:高橋博之)

5月の連休明け、北海道石狩市で「石狩ひつじ牧場」を営む山本知史さん(61)の現場を訪問した。子どものような目をして羊たちと戯れる山本さんは、愛称ムツゴロウさんで親しまれた動物研究家の畑正憲さんを彷彿とさせた。

元々は、東京都内の中学校で理科の教師を務めていたが、子どもが生まれたのを機に、妻の実家がある北海道札幌市に移住し、チーズ専門「チーズマーケット」を創業した。54歳になった7年前、このままチーズ輸入業で人生を終わらせたくないと一念発起し、農業未経験ながら羊の生産を始めた。

チーズ輸入業から羊乳製チーズを作るべく羊の生産業へ

チーズをつくりたかったので、羊乳種という乳量が多い雌羊を買い付けに、オーストラリア、ニュージーランドに渡り、たどたどしい英語で羊のブリーダーと交渉。約90頭の羊を日本に連れてきたが、成田空港動物検疫所で3週間の着地検疫を受けることになり、足止めを食らった。「飛行機の音がうるさくてぜんぜん眠れなかった」と、苦笑いしながら当時を回想する山本さん。なんとか輸入許可をもらい、トラックに羊たちを積んで、津軽海峡を渡り、石狩市まで運んだ。

山本さんはなんでも自分で一からつくってしまう。羊の放牧地をつくりにあたり、まず2haの農地を取得し、その周囲をぐるりと電気柵で囲った。1.5mの単管100本をひとりコツコツとハンマーで打ち込んだ。そこに羊たちを放った。併設するログハウス建設も基礎工事から外装、内装、屋根、水道、電気などぜんぶ自分でやり、店舗をオープン。およそ2年で納得できるチーズの製造に成功した。輸入の配合飼料は使わず、地元の食品加工場で廃棄されていた生野菜を餌に与えているため、羊肉も臭みがないと評判だ。

一昨年、国土交通省の河川事務所から「石狩川の河川敷で羊を放牧してみませんか」と声をかけられ、「これはおもしろい!」と直感し、二つ返事で引き受けた。全長268㎞の石狩川の両側に続く河川敷の草地の除草のため、毎年、多額の税金が使われている。羊を放牧することで、山本さんは餌代を節約できるし、除草費用も大幅に削減できるので一石二鳥というわけだ。しかも、河川敷は農薬や化学肥料が一切使われてこなかったので、この草を食べた育った羊は、JAS有機認証も取得できる。

こうした山本さんのこだわりは、消費者の心もわしづかみにしている。コロナ禍、飲食店への販路が断たれたのを機に始めたポケットマルシェでは、「石狩ひつじ牧場」の羊肉は瞬く間に人気を博した。さらに消費者との結びつきを強めるべく、昨年から「石狩ひつじ牧場」を一般人に開放したところ、地元住民を中心に多くのひとたちが訪れるようになった。そして昨年9月、羊好きの40名近くのボランティアさんと共に「第一回石狩川ひつじまつり」を開催した。ポスターに掲載したQRコードからだけの募集にも関わらず、告知からわずか2週間で700人を超える申し込みがあり、大盛況だった。

山本さんはこの先10年かけて、共感してくれた消費者を巻き込みながら、石狩川を100㎞続く「羊の万里の長城(放牧地)」に変えたいという大きな目標を掲げている。それが実現したら、北海道で生産されているすべての羊の数(約1万頭)に匹敵する羊を飼えるようになると夢は膨らむ。さらに、河川敷に生える草が飼料になるので、輸入羊肉に対抗できる価格で販売できるようになるという。

山本さんは言う。「国を守るためにミサイルも大事だけど、食べ物も同じくらい大事でしょ。日本は一刻も早く、外国の影響を一切受けない生産体制をつくるべき。国内にすでにある資源を最大限に活用して、消費者と一緒に自分たちで食べるものは自分たちで賄える農業に変えていくことはできるはずだ。そのモデルになりたい」。


▼関連リンク
生産者ページ:山本 知史 | 石狩ひつじ牧場

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?