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マーケターはリピートユーザー ー菅野千秋さんー(執筆:高橋博之)

岩手県奥州市江刺区で代々続くリンゴ農家の長男として生まれた菅野千秋さん(49)は、就農25年目を迎える。過疎高齢化が著しい典型的な中山間地に位置する菅野農園の耕作面積は11ヘクタールに及び、リンゴ38品種、桃19品種、プルーン16品種、梨9品種を社員10名、パート10名で育てている。


経営理念は「生まれ育った故郷を農業で活性化し、永久に続く美しい農村景観を守る」だ。物心ついたころからトラクターに乗り、春には剪定柴、秋にはリンゴ集めを手伝い、同じ地域で生まれ育った大人の従業員たちに可愛がられながら育った。自分を育ててくれた大好きな地域に恩返ししたい。菅野さんにとってその恩返しとは、先祖、そして大人たちから受け継いだ美しい農村を次の世代にしっかり受け渡すことに他ならなかった。

菅野農園は元々、農協を通じての市場出荷しかしていなかったが、2014年に雹の被害を受けたことが転機となった。市場に出しても二束三文にしかならず、当時1歳だった娘をおぶって全国各地を行商して回り、販路を拡大。今ではスーパーや百貨店など147店舗に直接卸している。さらに、地元産直での安値合戦に疲れ、2018年からポケットマルシェに登録し、ネット販売を開始。都市の富裕層をターゲットに定めた結果、利益は地元産直の2倍となった。

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同販売サイトですぐに頭角を現した菅野農園は、年間生産者ランキングでも毎年上位に食い込み、昨年は全国7500人の農家・漁師の中で4位だった。ネット販売のコツをどのように習得したのか。「ポケットマルシェでうちのリンゴを好きになってくれた新潟の女性が片道6時間かけて車でわざわざ来てくれ、あれこれ売り方を教えてくれる。今では菅野農園の販売部長ですよ」と笑う。その女性は定期的に菅野農園に通ってくるという。リピートユーザーが菅野農園の秘密兵器のマーケターだったのだ。

昨年、燃料費や肥料など生産資材の価格が高騰し、農家の経営を圧迫する中、菅野農園は思い切って販売価格に転嫁し、平均単価を約400円上げた。「従業員には市役所並みの給料を払いたいし、ちゃんと福利厚生も整えていかないと、働き手の確保は難しい」と菅野さん。翌年以降も再生産可能な適正価格を維持するためにやむを得ず値上げに踏み切ったわけだが、販売数は落ちることがなく、むしろ売り上げは大きく上がった。「原価、人件費にどれくらいかかるから値上げさせてくださいとしっかり説明を尽くせば、お客さんは理解してくれる」。

一般的な農家が「生産コストの上昇を価格転嫁するのはお客さんが離れるから無理だ」と口をそろえる難題を、なぜ菅野さんは乗り越えられるのか。それは、菅野さんが日常から手間と時間をかけて、お客さんとの関係性をつくっていることが大きい。手間と時間をかけると、相手との間に人間関係が育まれる。

例えば、リピートユーザーに赤ちゃんが生まれたことを知ると、出産祝いにと果物を送るなど、まるで親戚のおじさんのようなことをしている。すると、今度はお食い初めや離乳食のときは菅野農園の果物でと注文が入る。菅野さんが催事で上京し出店すると、子どもの顔を見せにお土産を持って会いにやってくる。こうなると、お客さんは口コミで菅野農園を広げる宣伝部長のような存在になっていく。手間と時間をかけることで、営業コストを下げているのだ。

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後継者がいない周囲の農家が離農していく度に、菅野さんは園地を引き受け、面積は年々拡大している。一方、働き手の確保が大きな課題だが、農福連携がひとつの解決策になっている。2015年、地元の福祉作業所で働く高校時代の同級生と飲み会で話していたとき、障害者の一ヵ月の平均工賃は1万円弱、各企業から委託される作業の多くが時給150円程度という実態を知った。その年から菅野農園では障害者にリンゴの蜜をセンサーで調べる作業をお願いするようになり、岩手県の最低賃金に合わせ時給854円を払っている。センサーによって確実に蜜が入っているリンゴとして売れるため、単価も上がった。

菅野さんは都会からの新規就農者育成にも力を入れ、都会や市街から若者たちを受け入れている。広がり続ける園地の一部をやがて彼らに貸して独立を促していきたいと考えている。また、今年4月に廃校となった地元の小学校をリノベーションしてグリーンツーリズムの拠点にし、消費者の体験を受け入れることで、地域のファンを増やしていきたいと画策している。さらには、農村RMO(地域運営組織)を立ち上げ、農村以外の多様な担い手の受け皿とすることで、農業関係人口を増やし、地域を存続させていきたいと考えている。


◆生産者ページ
 菅野千秋 | 株式会社 菅野農園
◆Instagram
 (株)菅野農園
◆Facebook
 菅野農園


(執筆:雨風太陽代表・高橋博之)

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