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「自然からの撤退戦の最前線で生きる」—富山県魚津市・株式会社NOROSHI FARM(執筆:高橋博之)

富山県魚津市で、農薬や肥料を使わず、昔ながらの「はさ干し」と呼ばれる天日干しのお米を中心に生産面積を拡大している株式会社NOROSHI FARM。地元産の肥料(堆肥や鶏糞)を使用した地域循環型の有機栽培にも力を入れている農業法人だ。

大自然の中でお米を育てる株式会社NOROSHI FARM

魚津市は、目前に水深1000mの富山湾、そして背後には3000m級の北アルプスを有する。そんな雄大な海と山が数十キロの中で完結しているだけに、非常に豊かな水循環が維持されている。海から水蒸気が生じて雲となり、雨が山に降り、川や地下を通って海に注ぐ。「こうした最高の水環境で米づくりができるのが、NOROSHI FARMの売りなんです」と、同法人代表の稗苗(ひえなえ)良太さんは力説する。北アルプスからの清らかな雪解け水を、稲が最も水を必要とする若い稲穂が出た時期に十分蓄え、純度の高い高品質なお米ができあがるのだ。
 
稗苗さんは2015年の就農以来、ワークショップやイベント、自社製品の販売を通して、消費者に直接、里山や稲作文化の伝統を伝える取り組みを続けてきた。2022年には、農業を基盤にして住民主体で地域の再生を図る必要性を痛切に感じたことから、地域初の農業法人を設立。山の傾斜地に広がる条件不利な中山間地農業は課題だらけだが、消費者の力も取り込む新しいカタチを多角化経営で作り出し、地域や農業に愛着を持ってくれる地元の若者や、外から関わってくれる人を増やしている。
 
稗苗さんはアスリートのような体つきで無駄な肉が一切ついてない。それもそのはずで、主戦場が400枚近くある棚田だというから驚きだ。正気の沙汰とは思えない。魚津の山間部の谷間を縫うように広がる里山、松倉地区には、集落ごとに10の棚田組合がある。しかし、過疎高齢化に伴う担い手不足で、手間のかかる棚田を諦め始めているという。それを一手に請け負っているのが、稗苗さんの法人という訳だ。現在、手がける30haの田んぼの内、実に23haが棚田だという(1ha/1ヘクタール:一辺100mの正方形の面積と同じ)。すべては維持できないので、田んぼを続けるところと、諦めるところと、集落で話し合って決めていく。
 
周囲の草刈りもやらないといけず、しかも急傾斜地も少なくない。棚田と言っても、一枚の田んぼの面積は広く、それよりも大きな傾斜地で上の田んぼにつながっている。その傾斜地もすべて草刈りしている。誰もやる人がいなくなってしまったので、自分がやらねば地域の未来はないと立ち上がったのだが、「俺の方が上手に草刈りできる」と、引退した高齢農家から揶揄され、イラっとすることもある。
 
一方、ただお米を生産して届けるだけではなく、積極的に県内外のマルシェに出店し、消費者とのつながりを育んできた。田んぼの世界選手権や、しめ縄教室、出張餅つきなどのイベントを開催し、交流。お客さんたちと“想い”を一緒に育てることを大切にしてきた。「たとえ遠く離れたお客様であっても、その想いは同じで、私たちのお米を通して温かい関係をつくことができればうれしい」と、稗苗さん。そんな想いに共感した消費者たちが毎月、お米を定期購入してくれる。会員は150名に及ぶ。品種はコシヒカリ、ササにかけたお米と共に、毎月近況を綴ったレポートを同封している。

イベントやマルシェへの出店も積極的に行っている

弱る地域を見透かしたように、次から次へと野生動物が攻め入ってくる。田んぼの周囲にはすべて電気柵が貼られている。縮む日本。自然からの撤退戦の最前線で生きる稗苗さんを見ていて、アフガニスタンで凶弾に倒れたペシャワール会の医師、中村哲さんの言葉が浮かんだ。「誰もが行きたがらないところに行き、誰もがしたがらないことをする。それが国の未来を拓く」。


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