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「受注漁」という幸せな漁業のカタチ—岡山県玉野市 富永さんご夫婦(執筆:高橋博之)

瀬戸内海で家族漁業を営む岡山県玉野市の富永邦彦さん、美保さん夫妻は、コロナ禍でポケットマルシェを始めた。
それまでも他の産直ECは使っていたが、ポケマルを始めてみて、その独特のスタンスに驚いた。生産者と消費者をつなぐポケマルなのに、できるだけ生産者と消費者の間に介在しないことをモットーにしていたのだ。例えば、ポケマルFAQの「返金・交換」にはこうある。

『ポケットマルシェでは、商品に不具合等がある場合でも、基本的に生産者さんと注文者の方の間でまずはお話し合いを行っていただくようお願いをしております。ポケットマルシェは単に食材の販売だけを目的としているわけではなく、ポケットマルシェを通して生産者と消費者が繋がり、共に助け合う関係を築いていただくことを目指しているため、あえて積極的な介入を控えさせていただいております』

ポケマルが「あいだ」に入らないから、必然的に、お客さんとの距離が近くなる。お客さんの顔がよく見えるので、感情も生まれ、人間関係が育まれていく。
気づくと、それまでの漁業に対する考え方が180度変わっていた。物として右から左に流す漁業から、命として生産者から消費者にバトンタッチする漁業へ。そんなふうに考え方が変わると、魚の命を無駄にしたくないという気持ちが強まってきた。

あるとき、その気持ちをそのまま商品説明に表現し、思い切って出品してみた。漁師はよく「厳選」という言葉を使いたがる。網にかかった魚の100尾中、数尾いるかどうかの、特にも元気な魚を選りすぐり、「厳選」と謳って売るのだ。でも、他の魚も多少状態はよくないものの新鮮そのもので、十分に美味しいと感じていた邦彦さんは、それを正直に説明して販売してみた。

すると、「これでも十分に美味しいですよ!」との感想が数人から寄せられた。「ポケマルはなんて治安のいい売り場なんだろう」と安堵した邦彦さんは、ふと思った。厳選された良い魚だけ売ろうとするから、その分、何度も網をかけてたくさん魚を獲らないといけなくなる。それが乱獲につながり、瀬戸内海の魚が激減しまった。ならば、注文を受けた分だけ魚を獲ってくる漁業にしたらいいんじゃないか。

たくさん獲って安く売る漁業から、受注受けた分だけ高く売る漁業へ。そうして編み出されたのが、「受注漁」だ。
実際に「受注漁」を始めてみると、働く時間は激減し、その分家族と過ごす時間が増えた。邦彦さんの底引き網漁は通常、真夜中の2時頃に出港し、10回以上も網をかけ、帰港するのは夕方というハードワークだったが、働き方がすっかり変わった。売価は跳ね上がり、少ない漁獲量でも十分やっていけるし、なにより乱獲も避けられるから一石三鳥だった。「これこそ本当の持続可能な漁業だと確信した」。

スタッフも漁に同行させていただきました

邦彦さんが凄いのは、自分だけよくなっても漁業に未来はないと、この受注漁的漁業を地元の漁協に広めようとしていることだ。最初は「そんなやり方で売れるもんか」と鼻で笑っていた年配のベテラン漁師も最近では「ワシのも売ってくれんか」と邦彦さんを頼り始めるようになったという。
地元の中学校の先生たちからも「受注漁」を学びに行きたいと頼まれたり、地元紙のこども新聞にも一面に掲載されたり、メディアにも多数取り上げられるなど、注目が高まっていることもあり、少し前にダイエットを始め、15kg減量した。

しかし、決して驕ることはない。なぜなら、邦彦さんが漁を教わったベテラン漁師の娘が、妻の美保さんで、しっかり者の美保さんが手綱を握っているのだ。
結婚式のご祝儀を元手に中古で調達した漁船の名前は、ふたりの名前から一字ずつとり、「邦美丸」にした。その邦美丸に乗った邦彦さんが漁から戻ってくると、港では美保さんが待ち構えている。発泡スチロールを抱えて船に乗り込んだ美保さんは腰を下ろし、受注伝票を見ながら魚種を伝え、邦彦さんは水槽から魚を一尾ずつすくい上げ、美保さんが一箱ずつ丁寧に梱包していく。

邦美丸は、水揚げしたすべての魚を届ける。そのため、そのとき獲れた旬の魚を詰め合わせて送る「鮮魚ボックス」という形で受注している。分量と種類によって、数種類の商品が常時用意されている。リピーターのお客さんも多く、「宮城の○○さんから」だよと美保さんが言えば、邦彦さんは「息子さんカニが好きらしいからオマケでカニ入れておくか」と応じる。美保さんは一つひとつ、発泡スチロールの蓋の裏面にマジックでお礼のメッセージを書く。食べる人の顔を思い浮かべながら漁業を営むふたりは、幸せそうだった。


関連リンク
◆生産者ページ
富永邦彦 | 邦美丸

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