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将棋A級順位戦「マスクを長時間外して失格」で《プロ棋士》について思う(家で★深読み)

千駄ヶ谷の将棋会館道場で将棋を指した記事を書いたばかりでもあり、今話題の案件について私見を書きます。

将棋界に関心のない方はご存じないかもしれないので、報道記事を引用しておきます:

このニュースに対して、将棋連盟の裁定「反則負け」を批判する意見がいくつも出たようです。

・そもそも未だにマスク着用義務を続けること自体おかしいのだから、マスクつけ忘れたぐらいで反則負けとは重すぎる。
・マスク着用義務は感染対策であるはずなので、相手が注意してやれば良かった。

前者の意見は多くの著名人twitterに見られるようで、
➀ マスク着用義務という《規則の是非》
➁ 規則違反に従って《反則負け裁定の是非》
二者を混同しています。
分離して論じなければいけませんが、Twitter(私はアカウント持たず)ではこの種の
《未消化のまま吐き出す ── というより「脱糞」する?》
行為がよく見られる
ようですね。このツールは、
《本質的に「意見」より「ヤジ」向け》
なのかも。あるいは、
《最新ニュースに、急いで何かコメントしなくちゃ》
というある種「強迫観念」を産んでいる
のかもしれません。
➀が問題ならば変更を議論すればいいのですが、
➁については、他の棋士は守っているルールがあり、それが《勝負事》に影響する(マスクなしの方が集中力が出るのは明らか)以上、
《規則を守らないのは反則》
に従うのは当然
と思います。

後者の意見(相手が注意すべき)は、普通の人が普通に持つ感想だと思います。
昔の棋士は指しながら雑談する者もいたそうなので、ありえたかもしれません。しかし、今のプロは対局中一切私語は交わさず、盤上に集中しており、終局までは相手に話しかけるなどということはありません。
プロ将棋は《集中力》が最重要である《真剣勝負》であり、相手に「注意してもらいたい」などというのはプロらしくない《甘え》ではないでしょうか。

反則負けになった佐藤天彦九段は連名に不服申立書を提出しました。

申立書の中で気になったのは次の部分です:

しかしながら、その行為は故意によるものではなく、盤面に集中することによる失念・過失によるものでした。

佐藤天彦九段申立書全文より
https://mainichi.jp/articles/20221101/k00/00m/040/457000c

うーむ、この「故意ではないから」論理は、《プロ棋士》としてマズイのでは?

将棋には、同じ筋に2つ目の《歩》を打ってはいけない(「二歩」反則ルール)、持ち駒の《歩》を打って敵玉を詰めてはいけない(「打ち歩詰め」反則ルール)、といった基本ルールがあり、前者はプロでもたまに生じます。
もちろん、「その行為は故意によるものではなく、盤面に集中することによる失念・過失によって」起こります。
縁台将棋ならば、
「ちょっと待って! うっかりしてた」
が許されるかもしれませんが、プロ将棋は(いや、アマの対局でも)「即・反則負け」です。

今回、佐藤天彦九段と対局し、
「反則負けではないか」
と訴えた永瀬拓矢王座は、「4強」のひとりであると共に「勝負に辛い棋士」として知られています。
タイトル戦では和服で対局するのがほぼ「常識」になっていますが(しかし、「規則」にはなっていない)、永瀬王座は勝負にとってはかならずしもプラスにならないとおそらく考えて、ただひとり、洋装スーツで対局に臨みます。
《規則は守った上で勝負のために最善を尽くす》タイプの棋士です。
《プロが規則を守るのは当然であり、規則を破れば反則負けになるという規定があれば反則負けになるのは当然》
と考えていることでしょう。

例えば、テニスでサーブ球を放った選手がベースラインを踏んでいたら、「フォールト」と判定されます。

いや、故意によるものではなく、過失で踏んだのです ── そうでしょうね。でも当然、判定は覆りません。

今回の渦中の人・佐藤天彦九段は、かつて、奨励会(プロ養成機関)の三段時代に、
「三段リーグ次点2回で4段昇級」規定があるにも関わらず、歴史上ただひとり、
《あえて昇段しなかった棋士》

として知られています。

半年に上位2人しか四段(=プロ棋士)に昇段できない三段リーグを勝ち抜くのは過酷であり、次点(リーグ3位)を2回取れば、順位戦には参加できないフリークラス(=付け出し)棋士として四段昇段できる規則があります。

将来を嘱望されていた佐藤天彦三段が16歳で2回目の次点を取った時、当然昇段するものと周囲は思っていました。
けれど、師匠の中田功(現八段)は、
甘いな。プロの順位戦なら、次点を何回取ろうが昇級できない」
と言ったそうです。
(かつてWikipediaに書かれていたエピソードです)
それを聞き次点2回によるプロ入りを断った佐藤さんは2年後、見事リーグ2位で四段昇段、プロ入りしました。

なお、本日、渦中の人・佐藤天彦九段は、棋王戦の挑戦者決定戦準決勝で現在最強の藤井聡太五冠を破り、決勝に歩を進めました(もちろん、ずっとマスク着用)。

お見事です!

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