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丸いタマゴも切りよで四角

いつぞやであったろうか。仕事終わりに気の良い友人と、大阪の中心から少しずれた繁華街で待ち合わせをし、二人して夜の街をそぞろ歩いた。

どうせ今夜も空が白むまで飲み明かすのだし、戌一つと刻もまだ早い。小腹膨らます程度に、軽くつまもうではないか、わはは、と少しばかり街を探索することにした。

三人寄れば文殊の知恵、と言うが二人では、欲と二人づれそのままに「あの店とは相性が合う気がしない」とか、「見た目が嫌だ」とか文句ばかりが先走り。結局は一見なのだからどこでもよかろうと、気の良い友人が見つけた餃子専門店に入ることと相成った。

餃子。

その食べものに対して一切の感情が私にはない。

餃子。

何一つ思い入れのない食べ物。

餃子。

ただ、そこに餃子があるだけ。

私にとっては、このような認識しかない食べ物である、が決して嫌いと言う訳ではなく、だからと言って好きでもない、というこれまた難儀な食べ物ではあるが、気の良い友人が気に入ったのであるならば、良かろうと思い入店をした。

店内には細長い赤い色のカウンターがあり、奥の方に申し訳なさげにテーブル席が1席ある。客の入りは私たち以外にカウンター奥の席に一人老人がいるだけである。

店主は見たところ35~40歳ぐらいのパッと見はさっぱりしているが、よくよく見るとこってりね、といった感じの男である。

私たちは入口近くのカウンターに席を下し、とりあえずビールとオススメの文字が壁に踊るおつまみキューリを頼んだ。

餃子専門店のオススメがおつまみキューリとはこれ如何に?ではあるが、とりあえずそれを頼み、ビールを待つ間にメニューでも眺めやるか、と手に取らんとすると、気の良い友人が小鼻膨らましつつ、「餃子しかなかろうよ。専門店なのだから。」と、のたまうものであるからして、それならばメニューなぞ置く意味がないではないか、と誰に向かうでもなく言ってやった。ハハハ。

不毛な会話に終話し、餃子3人前を注文した。

さほどオススメ感を感じぬままキューリをポリリと齧り、グビリとビールを飲み、追加でもう一本ビールを注文した頃、餃子が出来上がりテーブルに運ばれた。

見た目はよくあるおつまみ餃子のように一口大の薄皮餃子ではなく、どちらかというと、どっしりもっちりの宇都宮餃子のような佇まい。

何の感情もない、とは言ってみたものの、酒も入り軽くテンションも上がってきたおかげで、餃子が妙にエロティックに見える。

「ねぇ・・・早く食べてよ~ん」

餃子の声が聞こえるようだ。

辛抱たまらず小皿にお酢と胡椒を・・・・と探したところ、テーブルの上にあるのは、赤いキャップの上にテプラーで「ぎょうざのタレ」、とシールを張られた小瓶と、辣油があるだけである。

何度もカウンターの上を探すも、一定間隔の距離を持って小瓶・辣油・つまようじ、の3点セットが規則正しく、一定間隔で置いているだけである。

私が唯一、餃子に対してこだわりを持っているのは、つけダレとしてのお酢と胡椒の配分である。

お酢8に対して胡椒2。 

これだけである。

私のアイデンティティー。

8:2。 

私は店主に訪ねた。「これこれ、店主よ。お酢と胡椒をいただけないかね」「。。。。。。。。。。」

店主は無言である。

聞こえぬ音を探すリュート奏者のように。

静かに皮を包む手を休めずに。

ただただ淡々と無言であった。

私は意を決し大きめの声で、「これこれ、店主よ。お酢と胡椒をいただけないかねといっとるのだよ」

声を張った私の顔を、おもむろに見つめながら店主は、リュート奏者らしからぬ野太い声で言った。

「ぎょうざのタレ。。。。。。テーブルに、ありますんで。。。。。」

わかっとるがな!わかっているがあえて聞いているんやがな。

「これ、店主よ。わかっているよそんなことはね。わたしはお酢と胡椒がほしいと言ってるのだ。だから用意してくれんかね。」

その刹那、店主の顔色があきらかに変わった。

プライドを持つ男。

餃子に人生をかけた男がもつ凄みの様なオーラが体から湧き出す。

「すいませんね。。。。お客さん。うちはお酢と胡椒は置いていないんですよ。。。」

やはり、そうだ。

この男はあえて勝負しているのだ。

己の信念がゆえに曲げることなくただただ無骨と言われようが無愛想と言われようが哲学をもち餃子に対して接しているのだ。

そうか。。。。

わかったよマスター。。。。。

あんたの哲学、俺に聞かせてくれよ。

私は尋ねた。「それはなにゆえ?」店主は一瞬、何をいわんやこやつは、との表情を浮かべ、言った。

「うち、チェーン店なんで、なんで置いてないかなんてわかんねっす」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

その夜、何年ぶりかわからんほど吐くまで呑んだ。

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