禍話リライト「鐘の音が聞こえる」




Aさんは子供の頃から不思議に思うことがあったという。
それは夕暮れ時になるとどこからともなく聞こえてくるあのボォン、ボォンという鐘の音である。
近くに寺があるわけでもなく、かといって結婚式場の鐘の音とも違うそれはいったい何処から聞こえてくるのだろう?
大人たちは何でもないかのようにしていることがAさんにとっては酷く不思議だった。
その答えに出会ったのは水木しげる先生の妖怪図鑑を読んだときのことだったという。
そこには山は酷く入り組んでいるため反響が反響を呼んで聞こえてくることもあるだろうだとか、個々人の精神状況が引き起こしたため起こる現象かもしれないと紹介されていた。
一時はなるほどと納得したAさんだったが同じ経験を繰り返していく内に本当にそうなのだろうか?という気持ちが強まっていったという。
そしてAさんが大学生になり時間に余裕が出来た彼はその現象に決着をつけてやろうと思ったそうだ。
やり方としては恐ろしいほど単純で音のしている方角へ真っすぐと進んでいけばいつかはその音の源へたどり着くといったものだった。
勿論準備などをきっちりとしたうえで登山経験がある彼だからしたことではあるが、その点を考慮したうえでも無謀極まりないものだと言っていいだろう。
世の中どのような事にも先人というものはいるものでそういう物の大半は追いかけても追いかけても一向に距離が縮まらないだとか、追いかけているうちに迷ってしまったなどと結局原因に行きつかないものである。
ところがA君の場合は違った。
追いかけても距離が縮まらないどころか次第に鐘の音は大きくなっていき、遂には地元の山の頂でその音源へと辿り着いたのだという。
「人だったんですよ」
酷く背の高い痩せた男の影が群青色に染まって陽の光さえ微かな山頂にあった。
そしてぼぉおおん、ぼぉおおおおんと鈍く響くような声がそこから発せられていた。
男の体は周囲の影よりも濃い黒で覆われており、頭部には髪の毛がなくやけにのっぺりとした印象であったらしい。
棒のように手足を体につけ、首をがっくりと傾けたポーズをずっと崩さずに突っ立っていた。
「絵で見た感じとはだいぶ違いましたけど、でも大分禿げていたからお坊さんでしょうね」
大きく鳴り響くようなぼぉおおん、ぼぉおおおおんという何かの楽器なのか声なのかも分からない音が顔のあたりからしているように聞こえた。
どうやってそんな音を出しているのか不思議に思ったAさんはよく目を凝らして観察したが木々の枝の影や暗闇の暗さに遮られて結局よく分からなかったそうだ。
明らかに人型ではあるが人間であるとは思えないそれがようやく恐ろしく感じてきたため逃げ帰ったという。
それから特に祟りだとか不幸なこともなく普段の生活へと戻っていけたAさんはふと思った。
あれは果たしてあそこの山にのみ現れるような風土病のような存在なのだろうか?
もしかしたら他の地での原因は違うものではないのだろうか?
気になって気になって夜も眠れなかったAさんは相変わらず暇を持て余した大学生であったため検証しに行ったのだという。
最初に目撃した山へ一回、今度はあっちへ、そっちへと県をまたいで検証を繰り返したそうだ。
そして同じ検証を繰り返したAさんが出した結論はこういうものだ。
どんな場所で、どんな山へ行っても辿り着く先はいつもその男である、と。
似たような人物だとかそういうレベルではなくその姿、背格好、表情、ポーズ、首を傾けている角度までもが全て同じであったという。
「写真には写りませんでした」
「撮っても真っ黒に塗りつぶされちゃうんですよねえ」
それどころかそれに近づきすぎると意識がふっと遠くなり気絶してしまい、気づけばそれはいなくなってしまっているのだという。
だから近づけるところまで近づいて多少は腕に覚えのあるスケッチを繰り返した。
そして何度も何度もスケッチを繰り返し結論を出した。
これは全て同じ存在であり、これがあの鐘の音の正体なのである、と。
「答えが分かったのでそこで終わりです」
と彼は真面目な顔でそう言った。
「地元の山にだけ出るのではないと分かった以上何か曰くのある幽霊とかじゃなくて普遍的な存在であると考える方が自然でしょう」
「もしかしたらこういうもののことを妖怪って呼ぶんでしょうか?」
笑いながらそう言うA君はいたって普通でどこもおかしくなっているようには見えなかった。
どうやら答えが出たから興味を失ってしまったようで、もういらないからと十数枚もの棒のように首のねじ曲がったスケッチや何枚もの写真などを渡せる人を探していたらしく怪談を収集していた聞き手を見つけたそうだ。
A君は今も何事もなく元気に暮らしているという。

◆この話は、二次利用フリーな怪談ツイキャスの「禍話」を書き起こしたものです。


禍話X 第十八夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/668382280

(0:51:50秒頃~)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?