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禍話リライト「孫のいる家」

発端は麻雀仲間から聞いた話だったという。


人間関係というものは一緒に過ごした時間が全てである。
その時間が楽しければ楽しいほど仲良くなるものだし、つまらなければその逆である。
要するにどんなに世間体が悪い趣味であっても同じ趣味の人間同士が集まる場所はあるわけだ。
麻雀でもそれは同じである。
麻雀は原則として四人必要なゲームである。
もし三度の飯よりも好きで賭けるのも好きだ、という人がいたとする。
しかし彼にはそこまで麻雀が好きな友人もいない。
この話をしてくれた彼もそんな人間の一人だったという。
そんな人たちのための場所が雀荘というものである。
一応店であるため場所代などは取られるがその代わりとして従業員が代わりに打ってくれたりもする。
年齢層もバラバラである。
二十代の大学生になったばかりのような若者もいれば、そろそろ還暦を迎えるのではないかというような人もいる。
常連というものは固定されていくもので飽きただとか、転勤だとか理由は様々だが長く来店する人はだんだんと少なくなっていく。
世間話を長くしていく内にプライベートの話になっていくわけでその内雀荘以外でも会うようになるものだ。

その話を聞くことになったのは丁度その仲間内の三、四人で食事に出かけた際のことだったそうだ。
その店ではテレビを賑やかしにもしくは店主の暇つぶしにつけていた。
じめじめと蒸し暑く、服の下にじっとりと汗染みが出来るぐらい夏本番といった天気で、扇風機を恐らく強にしていたのだろう少し耳障りなくらいだったという。
じりじりと照り付ける陽から逃れ、ようやくひと心地つけたことに安心したのか、会話も弾まず食事に没頭していたという。
腹ごしらえを終え、テレビを見ながら茶で喉を潤していた時のことだった。
お昼の情報番組をやっていた。
特番の宣伝でもしたかったのか番組で募集した怖い話の読み上げを行っていたそうだ。
メンバーの中でもそこそこ年長の男(仮にAさんとする)がそれを見て懐かしそうにこう言ったという。
「あんなのやってるの見ると夏が来た!って感じするよな~。子供の頃はよく見てたよ。なんか再現ドラマとか言ってさ、案外バカにできない位には怖かったよな。」
「そうですねぇ。流石にこの年まで来るとアレですけどね。」
若干の懐かしさを感じながらも笑ってそう返すとAさんは真面目な顔をしてこう言った。
「まぁ全部が全部本当だとは思っちゃいないけどな、ああいうことって中々どうして無いこともないんだよ。」
当時二十代そこそこだった彼はおぉ?と内心驚いたという。
「というと心当たりがあったりするんですか?」
「なくはないんだよな~。」
「丁度いいから話してくださいよ。これもなんかの縁ですよきっと。」
などと調子のいいことを言って急かしたという。
バテて口数の少なかった他の仲間たちも興味津々といった様子でAさんを見ていた。
「俺の親戚でな、老夫婦がいるんだよ。六十、七十くらいかな。その人達が引っ越してさ。」
「中古住宅なんだけど割と奇麗な一軒家でな、あの人達案外貯金とかしっかりしてたんだなあって思ったよ。子供もいないのにな。」
「でさ、うちの親戚連中で一番若いのって俺なんだよ。だから事あるごとにお前行ってやれだの手伝ってやれとか親に言われるんだよな。」
「その人たちも、もう若くないわけだからさ、何かしらある度に行ってあげてたんだよ。」
「奥さんの方が料理上手でなあ、手伝う代わりって感じでよく食わせてもらってたんだ。」
「こんなものしか出来なくてごめんなさいねとか言われるけどあんだけ美味しければそれぐらいの価値はあるからさ。別に俺もあの人達のこと嫌ってるわけじゃないんだよ。」
「そんでなあ…引っ越してちょっと経ったくらいかな、親にちょっと様子見てこいって言われたから行ったんだよ。」
「勿論引っ越しするときにも手伝ったからさ、住所とかは知ってたからじゃあ、まぁ、荷ほどきの手伝いくらいにはなるかな~ってな。婆さんの飯も食べたかったし。」
「別に外観におかしなところとかはなかったんだけどな、家に入ろうとした時に話しかけられたんだよ。」
「最近、お孫さんがよく来られてますね、って。」
「ん?とは思ったんだけど、まぁ、とりあえず最後まで聞いてみることにしたんだ。」
「なんか、夜中まで小さい子供とドタバタ、ドタバタって一緒になって騒いでるんだって。」
「この人もしかしてヤバい人なのかなって思ったよ。」
「まあ、だから、適当にあしらって事情聞くか忠告してあげようかと思ったんだけどさ。」
「その家さ、二階建てなんだよな。」
「そんで玄関入ってすぐのところに階段があるんだけどその裏っていうのかな、下のところが収納棚になってるんだよ、小さいんだけどね。」
「入ってすぐだからさ、そこが開いてたらすぐ分かるんだよな。」
「半開きになってたから直してやろうと思って閉めようとしたら何かが引っかかってるみたいでちゃんと閉まらなかったんだよ。」
「それ見てみたら子供用の、幼稚園児とかがごっこ遊びとかで使う感じのさ、音が鳴ったり変形したりするやつだよ、あれが挟まってたんだ。」
「前の住人の忘れ物かな?って思ったんだけど俺が来るまでずっとこうなってたのか?とか考えちゃってさ、割と新しめの汚れてない感じの奴だったんだよ。」
「だからさっき言ってた人の話も嘘じゃないのかな~なんて思ったりしてその日は何も聞かずに帰ったんだ。」
「まあ聞いてて分かるだろうけど子供はどこにもいなかったよ。少なくとも俺がその時行った日にはな。」
「問題はなかったって親に伝えてさ、ちょっと経ったんだ。」
「実際問題多少騒いでたのかもしれないけど、めんどくさい事になってもさ、俺にはどうにもできないじゃん?だってなんて言うんだよ。なんか知らないどっかの子供と夜中まで騒いでて近隣から苦情が来てるみたい、なんて言ったところでな。」
「ある日親からなんか件の老夫婦が近隣トラブル起してるみたいだから見に行けって言われたのね。」
「あの事かなぁ、とは思ったけど一応事情を聞いたんだ。」
「そしたらやっぱりその事でさ、訴訟するだのなんだのぐらいにまで発展しそうらしいんだよ。」
「連絡を取り合ってるわけでもないし忘れたかったからあんまりあの人たちの事は話題にしなかったんだけどそこまで来るとどうしようもないよな。」
「ここまで大事になる前に言っとくべきだったかなぁってちょっと罪悪感を感じてさ、とりあえず行ったんだ。」
「さっき言った通り玄関に入ってすぐ階段があるから分かったんだけどな。」
「階段、昇り切った辺りに柵が見えたんだよ。」
「なんていうかな、ペットとか赤ちゃんとかがいる家にあるだろ?転落防止用なのかな、小さい柵だよ。」
「ペットでも飼い始めたのかと思いたかったけどどうしてもあの日聞いた子供の話を思い出しちゃったよな。」
「昼間に行ったからかもしれないけど普通小さい子供がいるならさ、なんていうか、大音量でテレビの音がしたり、滅茶苦茶に騒いでる音がすると思うんだよな。」
「そんな音は一切しなくてさ、気持ち悪いほど静かだったよ。」
「老人だからさ、階段上り下りをあんまりしたくないからって一階で基本的に暮らしてるんだよな。」
「だからすぐ使わないものは二階に運んでやってたんだ。」
「ということはだ、整理終わって使い始めたのかなとは思ったけどあの荷物をあの人たちだけで?って疑問はあった。」
「まぁ、次俺が来た時にそれだけやってもらって他は自分たちだけで、みたいな気持ちも分からんでもないけどな。」
「ただなぁ…ここまでなんか違和感が積もるとさぁ…な?」
「もうこれは直接聞いて確かめるしかない、って思ったんだよ。」
「だから、あの柵って何用なんですか?って聞いちゃったんだよな。」
「あれ置かないと落ちてくるから、って言われたよ。」
「あれを置かないと夜中でも突然落ちてくるから心臓に悪いよ~なんて言って笑ってるからさ、あぁやっぱりペットとか飼い始めたんだなって。」
「お爺さんそのまま喋り続けてるからさ、聞いてたのね。」
「落ちて来るだけならいいんだけどな~、どこそこを怪我したとか擦りむいたとか言ってね、廊下を這いながら痛い痛いって騒ぐんだこれが。それもなんか白々しくてなぁ、困ったもんだよなぁ~、なんて言うんだよ。」
「思わず人が落ちてくるんですか?なんて聞いたらさ。」
「凄い目を見開いて言うんだよ。」
「痛いとか言うのは人だろうよ。そうじゃなきゃ、なんだぁ?ってさ。」
「お茶を入れに行った奥さんもいつの間にか戻ってきててさ、爺さんと同じようにすっごい目を見開いてんの。」
「ボケ老人の戯言かもしれないけどさ、怖いだろ?」
そこまで聞いてようやく皆口を挟めたという。
「あの、Aさん……それで、どうなったんすか?」
「いや、まぁ、終わりだよそれで。」
「今は誰も住んでないよ。」

そう言ってAさんは嘘ではないという証明の為なのか番地まで教えてくれた。
特徴も何もない、すぐに忘れてしまってもおかしくはないような場所だった。
テレビに目を戻すと、とっくに情報番組は終わってしまったようでドラマの終盤近くだったという。
考えていた以上に長居をしてしまったため、その日はそれで解散したそうだ。
それから一か月と少し経った、夏もそろそろおしまいかなぁという少し肌寒くなり始めた頃のこと。
うまいラーメン屋を見つけたから、いつものメンバーで少し遠出してドライブへ行こう!という話が持ち上がった。
残念ながら、丁度夏にAさんの怪談を聞いたメンバーしか集まらなかったという。
そのAさんもその日は用事があるということで来なかった。
まあ社会人だし仕方ないかとそのメンバーだけで行く事になった。
悪いことは重なるもので、その店はなんらかの理由で臨時休業となっていたという。
運が悪かったね~などと愚痴を言いあいながらカーナビを設定しようとしていると、そのうちの誰かがAさんの話していた家の近くだと気づいたという。
このまま帰るのも味気無いしついでに行ってみるか、なんて話になった。
雑草もボウボウに生えていて、しばらく誰も手入れをしていなさそうな家だったという。
入り口に門があるようなちょっとしたお金持ちが作ったような家だ。
誰も住んでいないというのは本当らしく、表札もなく夜だというのに明かりもついていなかった。
いくら誰も住んでいないからと言って家の中に入るのは見つかった時に言い訳のしようもないし、そもそも開いてるかどうかもわからない。
ならまぁ庭先だけでも……と門を開けて入っていった。
家自体にも別段おかしなところもなく普通の住宅だった。
庭の隅々まで見て回りもういいかな……と感じ始めたところで、何故この場所の住所を覚えていられたのだろう?と疑念を抱いたという。
あの話を聞いて一か月以上も経つというのに、語呂合わせで覚えられるような数字の組み合わせでもなかったのに。
他の仲間たちも怪訝な顔つきで何かを言いたそうに見つめあっている。
なんかおかしいような気持がしてきて、出ようと門に向かって歩き始めたとき隣の家から塀越しに話しかけられたという。
「お孫さんですかねえ?最近よくいらっしゃいますねえ?」
中年男性のような少し高いような低いようなよく通る声だったという。
突然声をかけられて反応すら出来なかった彼らに向かってその人物はもう一度、繰り返したという。
「お孫さんですかねえ?最近よくいらっしゃいますねえ?」
仲間内の一人が怒ったようなどもったような声で聞き返すと返事がない。
聞き返した奴が塀を上り隣の様子を伺った。
向こうの家もこっちの家と同じように誰も住んでいないようだという。
話しかけてきた奴は隠れたのかそんな奴は影も形もなかったという。
余りの薄気味悪さに、走って門の近くまで来たところで家の中から何かが落ちるようなドン!ガン!ゴドン!という音がしたという。
もしかしたら自分たちと同じように来た連中がいて誰かが怪我をしたのかもしれない。
あの音の大きさからすると軽い怪我ではすまないだろう。
そう思って戻ろうとする者とまずは離れようとする者に分かれてしまい口論になったという。
そうしていると門の方からまたさっきと同じ声で話しかけられたという。
「尋常じゃない音でしたねえ~?中の様子が気になりませんか?」
今度こそ正体を見極めようと持ち込んでいたライトを向けたが、手がブレて足元を照らしてしまったという。
ライトが照らし出したのは路上だというのに何も履いておらず多少日焼け跡が見える白い足だった。
まるで足踏みでもしているかのように足を交互に振り上げては戻していた。
裸足でひたすらその動作を繰り返す誰かがそこにいるという恐怖で声も出なかったという。
「尋常じゃない音でしたねえ~?中の様子が気になりませんか?」
恐怖の限界に達した彼らは門からではなく隣の壁をなんとか無理やりよじ登って逃げたという。
急いで車に戻り鍵を閉め呼吸を整えていると、仲間内の一人の携帯にAさんからメールが来ていることに気づいた。
「本当に行くやつがあるか(笑)」と書いてあったそうだ。
何であの人知ってんの!?と大騒ぎをして急いでその場から離れた。
地元に戻るともう朝に近かったという。
群青色をした朝の光に安心すると空腹に気づきファミレスへ寄った。
朝早く、彼ら以外誰も客もいない店内と過剰なまでの電球に安堵感を感じ、眠気に襲われたという。
安全圏へと逃げ出せたという実感が彼らの口を軽くさせたのか、皆口々に気持ちを吐き出した。
怖かっただの、もう二度と行かないだの好き勝手に言いあう中、暗い顔で黙り込んでいる奴がいたのでどうしたのかと水を向けたという。
おずおずと話し出した彼はこう言った。
「さっきの男の声さ、なんか、Aさんに似て、なかったか?」
思い出してみれば確かにAさんの声に似ているような気がしなくもない。
確かにAさんの興奮しながら話している声に似ていたような気がした。
その後話してくれた彼は雀荘へあまり顔を出さなくなったという。

この話をしてくれたのはつい最近Aさんが死んだから、だそうだ。


◆この話は、二次利用フリーな怪談ツイキャスの「禍話」を書き起こし筆者の個人的見解の元再構成したものです。


禍話X 第十八夜
 https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/668382280
(59:00頃から~)

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