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妖精事件は夜霧の中で ~【短編】【記念日】きねんび

こちらは数年前に書いた『本編を書くと決まっていなかったときに書いた』短編です。
基本的な設定、性格は変わらないものの本編と辻褄が合わないところや時系列が違います。
エルネストとシャロンがイチャイチャしているお話。ご了承ください。




【記念日】きねんび
 物事や過去の出来事を記念する日。広義には週間・月間も含まれる。
 今日はとても素敵な日。


「こっちこっち!ほら、エル!」

 花びらが舞う空。ふわり。舞い上がる花びらと共に彼女の、シャロンの金髪が揺れる。

「うわ引っ張るなよ!」
「もう! 遅刻したのはエルなんだから、早く行かないとお祭り終わっちゃう!」
「あー? 今日が初日だぞ? 二週間もこんな莫迦騒ぎが続くってのによぉ……」

 エーデルシュタインでいちばんの祭典。妖精祭の日だ。内容は割愛するが、要は妖精を称え、敬う。そして感謝する。妖精はなんでも楽しいことと悪戯が大好きだからこの祭りの期間中は歌ったり騒いだり……なんなら軽い悪戯なら「妖精の悪戯」だと思って叱ってはならないとか。

「で、なんで俺なんだ? ソフィとかサーシャでも良かっただろ。 とくにギャレット先生は縋りついて泣いていたんじゃないか?」

 俺は元々こんな無意味な祭りに興味は無い。妖精という不確かなもの、どう信じろと言うのか。
 そもそも、楽しむなら俺よりも最適な奴なんてたくさんいたとは思うが。

「ソフィはカイルと行くって言ってたでしょ、サーシャも声をかけてみたかったけどもこっちに来てから初めての妖精祭だから初めて同士のデュランと行った方が良いかなーって。あ、エルだって、ジョシュアには声をかけなかったの?」
「ジョシュア? ……あー。やけに張り切っていたな。俺よりも先に出かけて行ったみたいだし、メラニーだっけか、そいつと一緒じゃねーの」
「メラニー……って、ジョシュアが話していた子だよね。私会ったこと無いなぁ。ふふ、ジョシュアが夢中になるなんて、可愛い子なんだろうなぁ!」
「ま、この街の中にいるんだ。どこかで会えるだろ」

 バラバラに出歩いていてもなぜか合流することが多いメンバー。肝心な時に限っていないことも多いが、それでも案外近くにいたりするものだ。

「だと良いなぁー! ……あ! そうだ、お兄ちゃんとお姉ちゃんのお土産も買わないとっ!」
「は〜こんな浮かれた日にも仕事かよ。ご苦労なこって」
「お兄ちゃん、私がエルと遊びに行くって言ったら泣いてた」
「相変わらずだな」

 こんな日だからこそ警備を厳重にしているのだろう。っていうかギャレット先生は研究員じゃなかったか?ヴァレリアさんだってアパートの管理人……だよな?
相変わらずこいつの兄貴と姉貴はわからねぇ……。

 どうでもいいことをなんとなく考えていると、シャロンが1人でにくすくすと笑い出した。

「あ? なんだよ気持ちわりーな」
「ふ、ふふふ。ねぇエル? 私たち、余りモノ同士だね?」
「断られたお前と誰からも誘われなかった俺か?」
「それなら仕方ないよねー! これも妖精さんのお導きかな? なんちゃって」
「……。」
 
 妖精のお導き。みんな口を揃えてそんなことを言うが、あまりピンと来ない。
 正直、自分が妖精を信用していないことは異端だとわかっている。そのため後ろ指を指されることは何度もあったし今でもたくさんある。
 相変わらず、クソみたいな文化だな。

「ってか、ずっと気になっていたんだがその服……」

 可愛い。って、言うのが正解だとは思う。が。
 自分がこのタイミングで言うにはそれなりの勇気が必要で。なぜ必要なのかというとそれを口に出すにはむず痒い気がしたからだ。やりどころの無い気持ちの所為か口をつぐむ。

「ふふ、お姉ちゃんが選んでくれたの。思いっきり楽しんで来なさいって」
「ふーん。あのヴァレリアさんがそんなことを」
「前まではエルと出かけるなんて言うとすーぐ怒っていたのにね。もう、心配性なんだから」

 出会って数ヶ月の間はヴァレリアさんとギャレット先生に睨まれていたっけか。最初のうちはシャロン自身があまり外に出ることを禁止されていて、俺達についてくるためにこっそり抜け出したり、嘘をついていたとか。
 自分のただの好奇心のために。そう思うとアイツもなかなか根性がある奴のだなーと。今更ながらにそう思う。
 自分が犯罪組織に狙われている身だと知りながら、それでも俺達についてくるとか……注意力が無いのか、肝が据わっているかどうか。

「まぁお前も注意しろよ。今日は祭りだからってみんな浮かれてんだ。犯罪組織ヘルハウンドの奴らが何か起こすかもしれねぇし」
「そしたらいつもみたいに、一緒に捕まえちゃおう!」
「呑気だなぁお前」
「えへへー。だって嬉しいのだもの。エルと一緒に、今日を迎えられたこと」

 随分前からシャロンが妖精祭を楽しみにしていたことは知っている。ソフィとか、いつものメンバーで騒ぐことを楽しみにしていたのではないかと思っていたが……違う、のか?

「……っはぁ」

 ……。自意識過剰か、それとも大当たりなのか。シャロンの自分への気持ちに気が付くのがなんだか照れ臭い。おそらく、シャロンも俺が"そう想っている"ことには勘づいているのだろう。ああ、ちくしょう。

「俺から離れんじゃあねぇぞ」
「はーい!」

 シャロンはエルネストの腕に掴まり、体を寄せる。

 柔らかい玉が当たっているが今気にしたら負けだ。いや、今気にしないといつ気にする? いや。いやいやいや。いや、違う。そんなことは関係無い。そもそもどうでもいい。

 ちらり。横目で胸を、シャロンを見た。

「ん? んふふー」
「こ、このっ……!」

 苛立ちか、恥ずかしさか、顔が一気に熱くなる。思わず顔が引き攣り、身体が強張る。引っぺがそうと思って腕を振ろうにも上手く力が出ない。
 確信犯だった。目が合うと言うことはそもそも、こちらの様子を伺っていたということ。
 にへ〜とニヤけた顔がムカつく。イラッとした。主に体の方が。いや。

「なぁに?」

 小さい唇を動かして問う。

「なぁに、じゃねーよ莫迦。こんな人だかりでやめろっ!」
「人だかりだから、だよ? も〜狭くてあまり身動きできないんだから」
「おーおーそうか。だったらあっちの人が少ないところ行くぞ」
「あ! だめ! そっちはべつに見たいもの今は無いし、人気なところ行きたいでしょ?」

 あからさまな態度。そんな慌てるようなことかよ……。

 シャロンはエルネストを引っ張るようにぐいぐいと腕を、身体に寄せる。

 や、柔らかい……!! ……じゃねぇ!

 一瞬天国が見えた気がした。

「お……お前さぁ……」

 このくらいのことで動揺するな。たかが女の柔らかい部分だろ? っていうか相手はシャロンだ。莫迦で鈍臭いシャロンだ。こんな奴のどこに、その……興奮する必要があるのか。

 ドンッ

「うわっ」
「きゃっ」

 これだけの人混みだ。人にぶつかることは造作も無いが、今この状況は……。

 エルネストの胸の中にすっぽりとハマったシャロンがエルネストの顔に顔を向ける。にへ〜と笑うと肩に手を乗せて、少し背伸びをしてエルネストの耳元で囁いた。

「手を繋ぐだけじゃ、もう満足できなくなっちゃった」
「っ!!」

 思わず吹き出す。

 このくらいのことで動揺するな!手を繋ぐだけじゃ満足できなくなった!? っていうと、なんだ。次はいったい……その、そういうことなのか!?
 っていうか! 胸が!!

 シャロンは今、エルネストの胸に身体を寄せている体勢になっているため必然的に彼女の豊満で柔らかな胸が当たる。

「えへーエルったらこんなにガチガチに固くなっちゃって」
「し、してねーし!何言ってんだよお前!」
「ほらほら、もっとリラックス〜! 肩が強張っているよ?」
「なん……は!? 誤解を招くような言い方やめろ!」
「え? なにが?」

 無自覚だった。こう言っては何だが、積極的かと思えば知識の方は無い。

「もー怒らないでよぉ。……じゃー、はい」

 そっとエルネストの胸から離れ、手を繋ぎ直す。
 シャロンの明らかに残念そうな横顔。

「……はぁ。なら、こうか? ただ手を繋ぐよりも少し上だ」

 シャロンの掌に指を絡ませる。力強いけども、力任せではない。優しく包むような繋ぎ方。

「あ……」

 恥ずかしそうにシャロンは小さい声を漏らした。

 さっきの方が大胆だっただろうが。
 顔を一層赤くして、繋がれた手を見る彼女を見て思った。

 応えるようにシャロンも手を握り返した。指先でエルネストの手の甲を擦る。

「……ずるい」
「なーにがずるいだよバァーカ。お前の方が卑怯なマネばっかしてただろうが」
「だ、だって……」

 さっきから顔を隣で見ていても一向に目を合わせようとしない。目を見ようと覗くと避けられる。
 それが俺の嗜虐心をくすぐった。
 目を合わせないことを良いことに、俺はシャロンの耳元で囁いた。

「さっきの仕返し。たっぷりしてやるから楽しみにしていろよ?」
「えっ、ええっ!?」

 びくりと跳ね上がる。手は握ったまま。やっと顔を合わせてくれた。

「すげー真っ赤だな」
「ず、ずるい! やっぱりずるいよ!」
「はいはいうるせーな。ほら行くぞ。楽しむんだろ? 今日は」

 ゆっくり、手を引く。人混みに流されないように丁寧に、優しく。彼女を見失わないように。

「シャロンが行きたいところ、全部連れて行ってやるから」
「うん! たくさん、たくさんいろんなところに行こう! エル!」

 顔をぱぁっと輝かせて笑うシャロンは優しく笑うエルネストの手を引く。
 並び行く2人の姿はやがて人混みに紛れて消えていった。

 そんな2人の姿を監視している者が2人……。

「監視じゃないわよ」
「いきなりどうしたのですか? お嬢様」
「いや、誰かに文句を言われたような気がして」
「いやいや、それ文句では無くて事実ですよ」
 
 何かをキャッチしたソフィと、その従者カイル。

「お嬢様は暇人ですか?」
「暇じゃないわよ! 見ればわかるでしょう!?」
「暇人ですね」

 シャロンとエルネストがいる先をオペラグラスで眺めるソフィは何か悩み、焦っている様子。

「やっぱり……やっぱり心配だわ」
「おや、何かあのバカップルに思い当たることが?」
「いつどこでどういう感じにエルネストがシャロンのことを襲うのか私は心配なのよ」
「先ほどのシャロン様の行動を見るに、襲おうとしているのはシャロン様では?」

 ソフィのエルネストに対する評価は大変低い。大切な親友であるシャロンがナニかされないか心配であるという。

「ふぅむ……。シャロン様が昨日『最近エルったら私のこと大切にしすぎ! もっと私のことめちゃくちゃにしても良いのに……こうなったら色仕掛けで襲っちゃうぞ♡』みたいなことを言っていた。と言うところでしょうか」
「いや貴方すごいわね!?」
「おやおや正解ですか。私から映るシャロン様はいつもこんな感じですよ」

ケラケラ笑うカイルはそっとソフィが持つオペラグラスを奪い取り、紅茶が注がれたティーカップと取り替える。

「あっ、カイル!」
「これじゃあいつもと変わりませんよ。今日は特別な日……貴女は貴女のための過ごし方をしてください」
「う……いいわよ。じゃ、手始めに……」
「あの頭ん中、万年花畑のバカップルの邪魔でもしに行こうじゃねぇか!」
「するわけ無いじゃない! 銃をしまいなさい!」

冗談ですよ。と言わんばかりにいつもの落ち着いた雰囲気で笑うカイル。

「わかりにくい冗談ね。カイル、私はクリソベリル地区に行きたいわ。この祭典の間だけ売られているケーキが食べたいの」
「承知致しました。では行きましょう、ソフィお嬢様」

ソフィが紅茶を飲み、カイルが手のひらを差し出すとその手をソフィが取って立ち上がる。

その場を後にし、この2人も人混みの中へと消えていった。

〜FIN〜


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