妖精事件は夜霧の中で ~【11話】【見るなのタブー】みるなの‐たぶー
【見るなのタブー】みるなの‐たぶー
「見るな」と言われると人間は誰しも興味を抱いてしまうもの。
好奇心を抱いたばかりに取り返しのつかない結果になることはたくさんある。
でもそれは必然?偶然?それとも運命?
「先に俺に手ぇ出したんだろーが!今更乗り換えるんじゃ……っねぇぞ!」
剣戟。重なる3つの金属音。
ソフィとカイルが死の化粧師ギディオンと対峙する反対側で、エルネストとジョシュアが爆炎怪人ジャックのラウルと対峙していた。
「うるせぇ!!オレはイラついてんだよぉソコのクソアマに!!」
鍔迫り合い。エルネストの大鎌とジョシュアの剣が同時に押し切ろうとしても、手斧を扱うラウルの力の方が上だった。
次第に押し込まれそうになり、2人してどうにか耐え切ろうとしたが、ラウルは何かを思いついたように笑って鍔迫り合いから一歩下がり、手に持っていた手斧をわざと落とす。落とされた手斧はガラスのように砕け散り、粉々になっては空気に溶けて消えていった。
反対側から攻められていた力が離れると、エルネストとジョシュアの異端者の灰がぶつかり合い、重い音を鳴らす。
ラウルは後方宙返りを2回繰り返してから姿勢を正した。
「エクセキューション!」
高らかに、ラウルは処刑の名を呼ぶ。
黒い妖精の影が舞い、それは再び形を成した。ステンドグラスのように様々な宝石が煌めく。
「アレがあいつの異端者の灰の名か」
異端者の灰は常に同じ形の武器が現れるが、正確な宝石の数やステンドグラスの並び、金継の痕は不規則であり、大きさや武器の種類は変わらないものだった。
しかしなぜか、改めて名を呼ぶラウルの異端者の灰はひと回り大きい気がした。
「ヒヒヒ!決めたぜ死神ィ!オマエがオレのサンドバッグになってくれよぉ!死神ィイイイッッ!!」
見開いた目。歪んだ笑みが、エルネストの目を見る。
獲物に狙いを定めた獣のように飛び出し、横に振りかぶった手斧は確実にエルネストの頭を狙っていた。
ガチンッ
レンガの壁に穴が開く。パラパラと破片が落ちていたが、同時にエルネストの前髪も少々ハラリと散った。
「早い……!」
「ヒヒ、どこ見てんだぁ?」
視線は思わずレンガに刺さった手斧を見ていた。ラウルの声で我に帰る。しかし、その時には既に遅く、腹に蹴りを入れられた。
「うぐっ……!」
腹を蹴られた衝撃で胃液が逆流し、口から少量吐き出す。
「エル!っくそ、お前!」
ジョシュアの異端者の灰、剣がラウルを斬り付けようとしたが、それもお見通しかのように直ぐ様持ち替えた手斧で塞がれた。
「はぁ?よえーよえー。よえーなぁ?笑っちまうぜ。こんなのよぉ」
「お前ッ!なんでこんなことするんだよ!?お前も人だろう!?」
挑発的な笑み。余裕のある笑みを変えないラウルが一層深く、ニヤリと笑う。
「オレ達、異端者は人間じゃねーんだよ。アハ!まさかオマエ!まだ自分を人間だと思ってやがるのか!?」
「異端者と呼ばれていても、おれ達は人間だ!おれも、お前も!!」
「……」
一瞬だけラウルの表情が曇った気がした。小さな舌打ちをしたが、それは誰にも聞こえない。
手斧と剣がガタガタと音を立てて擦れ合う。大きく擦れては妖精の影と共に宝石が散った。
「なんだよそれ?キッッッショ!!」
蔑む様な下品な笑みがジョシュアの心を刺す。
力が緩んでしまったばかりに鍔迫り合いを続けていた剣が大きく擦れてしまった。
勢い余って体勢が崩れる。ジョシュアは身の危険を察知した。咄嗟に距離を置こうとしたが、それよりも先にラウルはもう片方の手でジョシュアの胸ぐらを掴む。
「オマエ、邪魔」
酷く人を煽る様な声色とは裏腹に、しんとした静かで、重い声。
ジョシュアのことを振り回す様にして、エルネストが倒れている方向とは逆にぶん投げると、そのまま転がるようにして倒れ込んでしまった。
手にしていた異端者の灰も、投げられた際に手放して割れ、サラサラと消える。
「ジョシュア!」
エルネストが腹を押さえながらも立ち上がり、ジョシュアへ駆け寄ろうとしたが、すぐにラウルがそれを邪魔した。
「させねーよ死神」
「どけ!おいジョシュア!起きろ!」
「う……」
ジョシュアはエルネストの声に反応して起き上がろうとするが、頭を打ったため脳震盪を起こしていた。顔を地面に伏せたまま、手だけはヒクヒクと何かを探るように反応している。
「くそっ……ジョシュア……!ラウルッ!!」
エルネストは倒れてもなお、手放さなかった異端者の灰を握りしめた。
「あんな足手纏い、いらねぇーだろ?」
「足手纏い?俺の周りには、んな奴いねぇんだよ!!」
エルネストは怒りのあまり、強く握りしめた大鎌を振りかぶった。刃はラウルの首元に辿り着きはしたが、寸前のところでからかい遊ぶ様に避けられる。
「足手纏いっつーのは!てめぇみたいなことをっ!言うんだろうがっ!!」
それでも構わずに、エルネストは大鎌を次々と振るった。どの斬撃もまたもや寸前で避けられる。ラウルの余裕のある笑みから察するに、それは本当に遊んでいる動きだった。
「ギャハハハハハ!!いーぜぇ死神ィ!邪魔するヤツぁいねぇ……存分に殺し合おうぜ死神ィ!!」
ラウルはエルネストから距離を取ると、パチンッと指を鳴らした。
その音が響くと同時に景色は赤く染まる。
「炎!?」
それはラウルの異端者の瞳だった。
死神を逃さない様。他の誰もが近付かない様に。円形に広がった炎は舞台を作り上げる。
「火遊びは好きかぁ?オレは大好きさッ!!」
エルネストは驚いたが、周りを確認する間も無くラウルの攻撃を受け止めて跳ね返した。後退ろうとも、背後すぐには炎が燃え盛る。
「これは……逃げてばかりじゃいられねぇな」
「ギャハハ!余所見してんじゃねぇよ!!」
重く、激しい金属音。散り行く宝石の破片は炎を反射して輝く。
攻撃を繰り返す最中、余裕は無いとわかってはいてもエルネストには引っ掛かることがあった。
病室で異端者の瞳を使用したときのこと。
「1つ聞きたい。お前、俺が病室のベッドに異端者の瞳を使うっていうのがわかっていたのか?」
「あー?……ヒヒ、聞きてぇか?」
「答えろ!」
「ギャハ!答えるかよぉザコ!」
元よりラウルが簡単に答えるとは思わなかった。
攻撃を回避した後、ラウルはエルネストの懐に入り込んではしゃがみ込んで地面に両手をつき、大鎌のグリップを蹴り上げる。グリップはそのまま押し切られ、エルネストの顔面へと当たった。
「ザコなんかに話をするヨユーなんてあるかぁ?ねぇ〜だろうがッッッ!!」
ラウルは地面に手を置いたまま捻るように1回転をして着地する。
エルネストもふらつきはしたが、眩暈がする顔を手で押さえた後に指の隙間から相手の様子を伺う。否、相手を睨んでいた。
「ぷはっ……なら、徹底的に負かせて吐いて貰うしかねーなぁ!?」
考えている暇は無いのだと実感する。
手放さなかった大鎌を握り直しては目の前で嗤う男へと踏み込んだ。
大釜を振りかぶり、首元を狙う姿は正に死神。
「無駄だバーカ!」
空ぶる大鎌。しかし、ラウルにはエルネストが笑っているように見えた。
「なっ!?」
「油断したな。クソ野郎ッ!!」
空ぶった大鎌を地面に突き刺し、グリップを使って空を駆け上がる。
回し蹴りのように繰り出されたその蹴りは、助走の勢いもあって力強く、重くラウルの腹を抉った。
「かは……っ!!」
込み上げた胃液と唾液を吐き出す。
よろけた体は上手く支えることも出来ないまま、辛うじて膝を付いた。
「テ、テメェ……!」
地面のやや湿った土を握りしめ、瞳はエルネストのことを睨みつける。
微かに震えた肩は悔しさを物語っていた。
「この……クソがぁあああ!!」
着いた脚をバネにし、ラウルはエルネストへ向かって飛び込み手斧を振りかぶる。
その動作は些細だが、先程までの洗練された動きよりも鈍って見えた。
「こっち来いよ!」
大鎌で弾くように受け流す。
笑うエルネストはすでに見破っていた。ラウルの癖を。
「隙ありっ!」
受け流され、受け身が上手く取れなかったラウルは振り向くが既に遅く。
「っ!」
大鎌がラウルの首を目掛けて弧を描いた。
「オラァアアアッッ!!」
エルネストは決して人を殺さない。
弧を描いた大鎌はラウルの首を掠める。それは紛れも無く、狙いが外れたわけでは無い。巧みに、器用に。そう、何度かそれは経験がある。
「ぐぅッ!?」
ラウルの首に一筋の赤い線を付けると、滲み出すように赤が溢れた。
「死にやしねぇだろ?怪人さんよぉ……」
「こ、の……!!」
致命傷にあらず。傷は長くも深くも無く。
それでも、傲慢で意気がっているラウルのプライドには傷よりも長く、深く傷を付けただろう。
そう思えた。
「はぁ……はぁ――あは」
首を押さえながらラウルは肩を震わせる。相手から漏れる声からは何も想像は出来なかった。
怒り?屈辱?悔しさ?いや、どれでも無い。
「なぁ……死神……」
べっとりと、赤く汚れた自らの手を眺める。その表情は恍惚とし、赤い花びらでも眺めているようだった。
「オレぇ……オマエのコト、スキになっちまったカモ……!!」
「は?」
大胆告白。ラウルは頬を赤らめ、見開かれているギラついた瞳はエルネストを捉える。
手に付いる血を舌で舐め取ると、自分の頬へとうっとりしながら血を塗りつけた。
「なに気色わりーこと――」
エルネストは突然の展開に着いて行けず、思考が止まってしまう。
何も気にするな。ただの戯言だ。
そう思いたくても、ラウルの様子の可笑しさと言動が離れない。
殺人鬼の彼が向けるトパーズの瞳からも逃れることが出来なかった。
そして、気がついた時にはエルネストは夜空を見上げていた。
「え?」
頭にのし掛かるような激痛。呼吸が、肺が一瞬止まる。
「あひゃ、ひゃははは!」
目の前には赤い顔のラウル。血に塗れ、その赤は血か、興奮してかはわからなかった。
押し込まれるような鈍い頭痛にエルネストは顔を歪める。
いつの間にか、自分は倒れていた。
自分が今置かれている状況をすぐに理解して、その場から逃れようにも体が言うことを聞かない。
「オレァ女が泣き喚きながら犯されているところを見るのが興奮するけどよぉ」
ラウルは体を起こそうとしているエルネストの腹を上から踏み躙る。
力が上手く入らない腹は減り込むようにしてラウルの靴裏を沈めた。
「あ゛あ゛っあ゛あ゛あ゛ーーーッッ!!」
「野郎をこうやって嬲るのも悪くはねぇーなぁ!?」
断末魔にも似た叫び。息が整い切れていないエルネストの体を責める。
異端者は一般人とは違う身体能力を持っているからと過信をしていたが、今ここでそれを後悔した。大して筋肉量が無い腹は今にも胃を押し潰して腹の中の全てを吐き出しそうになる。
「ああー……スッゲェ」
足下ではエルネストの腹を躙りながら切なげなため息を吐く。
まだ首の傷から溢れる血を指で掬うと、口に咥えてしゃぶった。
「ちゅ……。オレ、もしかして死神に殺されそうだった?死にそうだったのか?んん〜〜想像しただけでもイっちまいそう」
嬌声にも似たような声色でラウルは呟く。言葉はエルネストにも届いており、背筋が凍り付いた。
しかしラウルはそんなことも知らず、さらに足に力を込める。
「カハッ」
「何度も傷を付けられて、その度にムカついて、イラついて、すぐぶっ殺しちまうけど。けどよぉ!?オマエは違ぇぞ死神ィ!」
ラウルの言葉は次第に早口になり、いかにも喜びにより興奮している様だった。
犯罪に手を染めている以上、何度か危険な目には会ったが、ここまで本気の死を感じたのは初めだと言うのである。しかし、エルネストはラウルを殺そうとなど思っていない。彼の思い過ごしである。
ではなぜ、そう彼は思ったのか?
「オレはオマエとヤりあってて本気の死を感じた。あは!スゲェの!!この快感、ゾクゾクする……!忘れねぇ!忘れられねぇ!」
エルネストはもう時期限界だった。腹の底が熱い。息が苦しい。体に力が入らない。
痛みと苦しさに悶えるエルネストを満足そうに見つめながら、ラウルはもっとと欲しがるように力をさらに込めた。
「そして、その快楽を与えたテメェをッッ!こうやって!!嬲り殺せるかと思うとよぉ!?」
「く……そ……!」
「ヒヒ、どうしたぁ?テメェもイっちまいそうかぁ?死神ィ……」
「ぐ、ああっ……!」
おもむろに、ラウルは片手をゆっくりとエルネストの顔へ向ける。
「ヒヒヒヒ。次はそのいけ好かねぇ顔を炙ってやんよ」
燃え盛る炎が手に灯る。暗い路地に炎々と輝く光は苛烈で、不穏だった。
嫌な熱がエルネストの顔に降り注ぎ、ラウルもじわじわと追い詰めるように炎を近づける。
その表情は子供が無邪気と好奇心に溢れたようだった。今のエルネストは捕えられた虫も同然。逃げることなどできない。
「くそっ!……やめろ!!」
一方で円形の炎の舞台から外。
シャロンは1人で何が最善か、何をするべきなのかわからずに、ただ命の恩人が火で炙られそうになるところを見ていた。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう!」
シャロンのいる反対側にはジョシュアが倒れており、背後ではソフィとカイル、化粧師ギディオンが対峙している。
彼に今すぐ手助けができるのは自分だけだと痛いほどわかっていた。
「わたし何もできていない。エルが炎に囲まれているのに……!」
自分の無力さにまた、心を殺されそうになる。
彼からもらった勇気を、覚悟を、決意をまた手放して良いものか。否。
「はっ!」
諦めたくは無いと思ったとき。視界の隅に置かれた、とある物に目を惹かれた。
苔が生え、泥に汚れたブリキのバケツ。大きさは大きくも無く、目の前の炎を消すには足りないくらいである。
それでも、諦めるなんてできなかった。
「雨水のバケツ!」
無我夢中だった。路地裏の隅に置かれたバケツに飛び付くと、雨水が張られた水面に声を掛ける。
「妖精さん、お願い。わたしの友達を助けてあげて……!」
シャロンの声掛けに反応する妖精は多いが、他人のことになるとあまり気乗りしない妖精もいた。そのまま悪戯をしたりして事態を悪化させようとする妖精もいる。
「だ、だめだめだめ!待って!行かないで!お願いだから!!」
話しかけられた水の妖精もまた、他人を助けることを拒否した。妖精がどこかへ行ってしまいそうになったのか、シャロンは袖を濡らしてバケツの中に手を入れる。
「妖精さんのお願いも聞くから!!」
それは最も危険な言葉で、危険な取引。しかし彼女は知らない。
シャロンにしか聞こえない声がバケツの水底から響き、言葉を発するたびに水面に波紋を生む。
その空間だけ時間の流れがゆっくりになった気がした。
『ホントウニ?』
「え……」
『約束、ダヨ』
幼いような、可愛らしい声で妖精は囁く。
「うん。約束する」
決意の瞳は生命を想わすエメラルドの色。
言葉は運命を動かし、加速させた。
「エル!」
シャロンはバケツを手にし、ラウルと円形の炎の舞台を目掛けて水をぶち撒けた。
たった一杯のバケツの水だったが、水は分裂を繰り返して量を増す。蛇のようにうねり、獲物を見つけた時のように大きく口を開けてラウルを飲み込んだ。
「ぷはっ!!げほっ、げほ……!何が!?」
ずぶ濡れになったラウルは思い掛けない出来事に驚きを隠せない。少々飲み込んでしまった水を吐き出そうと咳き込んでいたが、それは隙だらけであった。
「はぁあっ!」
ラウルからエルネストを引き離すように、赤い太陽のような剣が2人の間を裂く。
「げほ!げほっ……ジョシュア!?」
腹への苦痛が解放され、エルネストも呼吸を整えようとして咳き込む。そして、ジョシュアはエルネストを庇い、安心させるようにして肩を抱いた。
「大丈夫か?エル」
「げほっ、お前が言うなよ……なっ」
照れ隠しか、思わず悪態を吐いてしまったが、ジョシュアにはそんなことはわかりきっている。
「よし!文句言えるなら元気だなっ!」
抱いていた手で肩を叩き、剣を構え直した。エルネストも悪魔を呼び寄せるように、異端者の灰を現そうとする。しかし――――
「お嬢様!」
ギディオンと対峙しているソフィの身に何かあったのか、目の前にいるラウルを余所にシャロンは振り返ってしまう。
「ソフィ!!」
その行動を、ラウルは見逃さなかった。
「クソアマァアアアッッッ!!」
シャロンの近くで応戦していたカイルは、ギディオンに蹴り飛ばされたソフィを無視して、好機とばかりに彼の懐に飛び込んで行ってしまう。
そしてそれが仇となった。ソフィを心配して駆け寄ったシャロンだったが、すぐ後ろでラウルが手のひらをシャロン達の方向へと伸ばしている。
「メス共ォ!!まとめて焼き殺してやんよ!」
炎が、彼の理不尽な怒りを表すようにして燃え上がった。
「「シャロン!!」」
エルネストとジョシュア、そしてソフィまでもが彼女の名を叫ぶ。しかし、その名に1番に反応したのは本人のシャロンでは無くギディオンだった。
「シャロン……?……ってぇ!?」
カイルにナイフで襲われている最中だったが、ナイフを鋏で弾くと、彼には目もくれずに一目散にラウルへと走り出す。ラウルを止めるようにして鋏を足下へと投げ飛ばし、さらには腹に飛び蹴りをして吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた距離は大きく、シャロンを心配して走り出そうとしていたエルネストとジョシュアさえも過ぎ去る。
「ちょ、ちょっとちょっと!ねぇ!ねぇねぇねぇ!!ラウル!!」
「ってぇな……何すんだテメェ!?」
「あ、あああ、あの子!シャロン様!!」
ラウルの手の炎は燃え盛ったままだったが、ギディオンに両肩を掴まれて前後に揺さぶられると、次第に鎮火していった。
「知らねーよ!!邪魔すんな!」
「バカ!!フェルナンド様が探している女の子だよ!!」
「はぁ!?」
"フェルナンド様が探している女の子"。その情報を聞くと、ラウルも大人しくなる。今更、手のひらを隠そうと手を後ろに向けていたが意味は無かった。
「あー……。死んでないし、別に良くね?」
「良くねーよ!!っていうか、フェルナンド様が怖いってお前が1番わかっているはずだよね!?」
「フェルナンド様は優しくてかっこよくて強い以上に何があるんだよ!?ご飯もお菓子だって美味いし。なにより、オレのこと大好きだって言ってくれるし、フェルナンド様に仕えることがオレ幸せだバカ!!」
「なぁに言ってんのさっ!あんな人がそんな聖人なわけが無い!主人が主人ならその部下も部下だね!」
「は?オマエ、フェルナンド様の悪口言ったな!?」
何故か2人は口喧嘩を始める。敵を目の前にしているが、お構い無しだった。
「あーもう!!いいから!ここは逃げよう。今すぐ。今すぐに!」
ギディオンはラウルの首根っこを掴んで逃げようとするが、ラウルは子供のように駄々をこね始める。
それに嫌気がさしたギディオンは舌打ちをすると、ラウルの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「逃げるんだよ!!」
「いーやーだ!尻尾巻いて逃げる負け犬はオマエだけでじゅーぶんだ」
「フェルナンド様に絶対絶対絶対絶対!ぜぇーったい怒られるよオマエ!!」
そんな光景を、エルネスト達は頭にはてなを浮かべながら見ていた。
チャンスではあるが、不審すぎてどうも割り込みにくい。
「なんだ……?」
「仲間割れか?」
ソフィはシャロンの手を借りて起き上がると髪を靡かせ、細剣を構え直した。
「協調性が無いのね。畳み込むわよ」
「はい。お嬢様」
カイルは銃を構え、真正面にいる殺人鬼2人へ1発撃ち込む。
「ひっ!?」
ラウルの胸ぐらを掴んでいたギディオンの手が、咄嗟に離れた。仲間同士で揉めていたが、自分達の間を通り抜けた銃弾を目にすると、忽ち武器を構え直そうとして大きく後退する。しかし、気がつくと目の前にはソフィが細剣を構えて走り込む姿があった。
「余所見なんて、殺人鬼も大した事ないわね」
細い刃を、横に引く。月光を反射して輝く刃。
胸ぐらを掴まれてふらついた所為か、ラウルは遅れて避けようとする。間一髪で避けはしたが、フードから覗く前髪がハラリと散った。
「このっ……女ァアアッッッ!」
「バカ!!」
女に傷を付けられることに異常に怒りを表すラウルは、手斧をソフィへ振り上げる。しかし、ギディオンはラウルの首を掴んで後退しながら引っ張ったため空振りで終わった。
「ぐえっ」
「あーもー!」
ラウルの手から異端者の灰である手斧が落ちると、ガラスを割るようにして砕けて砂になる。それさえも目に留めず、ラウルは舌打ちをした。諦めたのかギディオンと走り出した。
「あ!おい!」
ジョシュアが思わず声を出したからか、ギディオンは走りながら振り返ると手には筒のようなものを持っていた。
「ラウル!」
「一発ブチかますぜぇ!!」
筒をソフィ達の頭上に投げ込むと、ラウルは筒に向かって手をかざす。
「まずい!」
エルネストが叫ぶ。その途端に筒には火が着き、煙幕を発生させた。
「次もまた会おうぜ死神ィ!!」
「あはは!逃げるが勝ち!じゃーあねー!」
2人の笑い声が遠くなっていく。
煙幕の濃度は濃く、あっという間に視界を真っ白にさせた。呼吸をしようと吸い込むが、咽せて苦しくなる。
「げほっげほっ!ああ、おい待て!!」
「う、苦しいって……」
全員が咳き込み、息が出来ないままでいると背後から強風が巻き上がった。
「きゃっ!今度は何……!?」
「あ……ごめん!強かった?」
警戒した声色のソフィを筆頭に他の3人も後ろを振り返る。そこには申し訳無さそうな顔をしたシャロンが立っていた。
「妖精さんにお願いをして風を起こしてもらったのだけど……次からはもっと弱くするように言うね」
「いや、大丈夫だ。助かったぜシャロン」
「……」
エルネストがシャロンの行動にフォローを入れる。風でボサボサになった髪を整えるが、ソフィはシャロンの口から出た「妖精さんにお願い」という言葉に引っ掛かるものがあった。
「お嬢様、髪が大変乱れておりますよ」
激しい風が起こったにも関わらず、一切の乱れがない美しい黒髪のカイルがソフィの心配をする。
執事たる者、主人の身嗜みを整えようと手を頭へ伸ばしたが、ソフィはその手を掴んで止めた。
「大丈夫よ。これぐらい」
そう言い、自分で髪を整える。
「逃げられたなー。どうする?」
「どうするって。目的は果たしたのだから完了よ」
「あの危ねぇ殺人鬼を放っておくのか?」
「手がかりも無いのに無闇に探す気?元気ねぇ貴方達」
呆れたソフィに威嚇するエルネスト。また喧嘩が始まりそうな予感がしていたが、そこでカイルが思い出したように口を開く。
「ああそうでした。かなり後になってしまいましたが、先程カラスを飛ばしてディアマントロードを呼んだのです。そろそろ来ても良い頃合いかと……」
5人は路地から出て大通りへと向かおうとした。しかし、なぜかシャロンはエルネストとジョシュアの後ろに隠れるように縮こまる。
「シャロン?なにやってんだ?」
「え!?い、いや……えと……ディアマントロードさん達ってこわいな〜とか。思って……えへへ……」
「?この前の時は普通に接していただろ?何を今更」
前回、シャロンを助けた時にやってきたディアマントロードには何も動じていなかった気がする。
「なにか悪さでもしたのかー?」
ジョシュアがからかうように訪ねる。その言葉を聞いてシャロンは肩をビクつかせていた。
「え……」
「あら。何をしでかしたのかしら?」
みんなの熱い視線がシャロンへと集まる。
カイルは大通りにて駆け付けてきたディアマントロード達に手を振って自分達の居場所を示していた。
「え!?来た!?」
ディアマントロード達の足音に反応したシャロンは、屈んでエルネストのケープマントの中へと入る。
「あ!お前!!」
出て来させようとしたが、シャロンの力はあまりにも強く、そして怪我をさせたくない気持ちもあり力一杯に振り解けない。
エルネストとシャロンがモゾモゾしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お前ら無事だったかっ!?」
ディアマントロード達よりも先に1番に駆け付けてくれたのはギャレットだった。
彼は全員の様子を見ると、安心したのかため息を吐いては小さな声で「よかった」と呟く。
「目当てのお宝は無事に処理したわ」
「宝……被害者の首に爆薬が詰められていたのです。首は残念ながら回収はできませんでしたが、オパルス区は守られました」
「そうか……。なにより今はお前達が無事で良かった」
「よく言うわね。先生」
ギャレットは心の底から心配をしていたつもりだったが、なぜかそれはソフィには届いていないらしい。ギャレットの心配を鼻で笑ったソフィの態度は冷たかった。
彼女の態度に、今度は憂鬱なため息を吐くギャレット。そして、エルネストの後ろが不自然に盛り上がっていることに気がつく。
「エルネスト、そこに誰かいるのか?」
「え?あ、ああ……えー」
「言わないで……!」
鷲掴んでいたエルネストの脇腹に力が入り、小声で力強く呟く。
「いてぇっ!」
しかし、当たりどころが悪かったのかエルネストが痛がる反応をしてしまう。
不自然に思ったギャレットはエルネストのケープマントを捲った。
「あ」
ギャレットとシャロンの目が合う。
シャロンの顔色はみるみると青くなり、逃げられないとわかっていてもまた隠れようとした。が。
「お前……!」
ギャレットも血相を変え、再び隠れようとしたシャロンの腕を掴む。
「きゃあっ!」
そのまま引き摺るように、無理矢理路地の奥へとシャロンはギャレットに連れて行かれた。
唯ならぬ予感がしたエルネスト達も慌てて2人を追いかける。
「わ、わわ!」
「おい」
ドスの効いた声色で、ギャレットは呟く。
シャロンを路地の壁へと追い詰め、逃さまいと言うように両手で囲った。
シャロンの右側の耳元でガシャン、と義手の音がする。
「ひっ……ち、違うの!これはっ」
「ギャレット先生!?」
「わー!もう何が何だか!」
エルネストもジョシュアも、親しい先生のいきなりの行動に慌てふためく。
ソフィとカイルはというと、物珍しそうに、そしていつもの冷ややかな目で見ていた。
「先生!シャロンが何をやったか知らねーけど、何か事情があるはずだ!」
「そうです先生!おれ達も話を聞くのでー!」
「黙れお前らッ!……お前らバカ2人は後だ……」
ギロリと、明らかに怒っている様子の彼。
エルネストとジョシュアは何度もギャレットと衝突し、先生と生徒としても言い合いをした仲だ。しかし、今回ばかりはいつもと様子が違うような気がした。
「お前……なぜここに……!」
「どうだっていいでしょ!?わたしの勝手なんだから!」
「勝手にするな!お前の軽率な行動は危険だと何度言えばわかる!?」
「軽率じゃないもん!」
2人の言い合いはヒートアップし、周りのエルネスト達に入る余地は無い。
「だから!お前のその考えが甘いんだよ!!」
「甘く無い!!わたしだって考えて行動しているんだから……っ!お兄ちゃんのバカ!!」
「バっ……!?」
「えっ?」
「お兄ちゃん……?」
衝撃の事実。
思えばわざわざ病院に来ても、なぜか出入り口の草むらに隠れて待っていた。
それがギャレットに会わないようにするためだとしたら、彼女が教室へ図書室の本のを取りに行ったのも、渡り廊下の影で立ち聞きをしていたのも、そして、好奇心旺盛な彼女がなぜエルネスト達の捜査に着いて行こうとしなかったことも、全て納得が行く。
「あまり出歩くなと約束しただろうが!?危険すぎるッッ!!夜道も夜霧も危険だろ!?それと一緒にいるのがクソ野郎とバカ野郎じゃねぇか!!」
ズビシッ。ギャレットは勢い良くエルネストとジョシュアに指を差した。
「バ、バカ野郎!?」
「なんだジョシュア、その反応だとクソ野郎は俺か?っていうか前も同じこと言ってたよなお前」
前回、ヴァレリアの時も同じようなことを言われたような気もする。
「とにかく危険が危ない危機一髪!お兄ちゃんはなぁ……!?ほんとは学園に行かせることも怖いんだぞ!?でも、でも妹のシャロンが可愛いくて可愛くて仕方ないから……!仕方なくだ!」
「わたしだってもう中学部だよ!?学園で友達と話したいし、まだ街の知らないとこに行ってみたいし、みんなの役にも立ちたいの!!」
「まだ中学部だろ!?5,844日間!140,256時間!8,415,360分!504,921,600秒だ!」
「気持ち悪っ!」
あまりの変わり様に、ジョシュアは心の声が漏れてしまう。
ギャレットの苛烈な主張はうるさくて近所迷惑にもなりそうだったが、シャロンも怯まずに自分の主張をし続けた。
「落ち着いてくださいって先生。ほら、シャロンも……」
「「ジョシュアは黙ってて!(ろ!)」」
「……はーい」
エルネストとソフィでは無く、この2人にまで口出ししたことを叱咤される始末。
隣で見ていたエルネストもあまりに不憫だと思えた。
「クソッ……ヴァレリアは何にも言っていなかったぞ」
「お姉ちゃんはわかってくれたもーん」
「なんだと!?クッッッソォ……理解ある姉貴面しやがって……!ならば!!」
ギャレットは何に悔しがっているのかよくわからなかったが、壁に釘付けにしていたシャロンを解放すると、腕を組んで高らかに言い放つ。
「ならば俺も、シャロンのことを許そう!!」
「は?」
「わぁ!ほんとに!?」
あまりにもチョロい。チョロすぎる兄貴。
「ただぁーーし!シャロン、エルネスト、ジョシュア。お前達には特殊妖精学の授業を取ってもらう」
妖精石学。
それはルピエール学園の選択科目の中の1つ。
妖精学と宝石学は必須科目にあり、また別に妖精学と宝石学、更には異端学と呼ばれたモノ全てを1つにまとめた科目が存在する。それが特殊妖精学。
なぜ重複して存在しているかはまた別のお話。
「そ、それってお兄ちゃんが先生やってる……」
「はぁ!?おい!勝手に決めるなよ!?っていうか巻き込むな!!」
「えー!おれ達今まで午後は必須科目の復習に費やしていたんですよ!?」
シャロンよりもエルネストとジョシュアが慌てふためく。それもそのはず。今まで自由に過ごしてきた午後の時間を拘束されるようなもの。
しかし、ソフィは4人に近づきながら面白そうに笑う。
「あら、良いんじゃない?来てみたらわかるわよ」
ソフィも特殊妖精学の生徒。犬猿のエルネストと一緒になるが、それでも勧めてくるということは何か裏がありそうに見えた。
「お前ほんと、何か企んでないだろうな?」
「どうかしら?私、シャロンともっと仲良くなりたいもの。ね、シャロン」
彼女はするりとシャロンの側に寄り掛かって腕を掴む。
何か挑発をするかのように、ソフィはエルネストへ怪しく微笑んだ。
「くっ……!ギャレット先生!俺達も、特殊妖精学に入れろ!」
「えー!?決めるの!?」
「うん!エルもジョシュアも、ソフィもいるからわたし頑張れるよっ!」
にこやかに笑うシャロン、まだ心の準備ができていないジョシュア、そして挑発に乗ったエルネストは宣言をする。
「よし。その言葉、忘れるなよ」
ギャレットも満足気に笑った。
それは退屈な学園生活から、賑やかな学園生活の始まりにも思えた。
「話が纏まったのなら帰りましょう。私疲れたわ」
ソフィが服を軽く叩きながら身嗜みを整えると、それを合図にエルネスト達も歩き始めた。路地裏を出て、これから辺りを更に調査するディアマントロード達とギャレットに別れを告げる。
そして、帰路となる大通りを歩き始めた。
「……」
先ほどまで騒いでいたが、帰路になった途端に誰も話すことはなく、ただ歩いていた。
街灯の明かりに沿って、歩く。
「その……嫌な事件だったね」
小さくジョシュアが呟く。それに反応したエルネストもまた小さく頷いたが、神妙な面持ちで道を歩いていた。
「エル、大丈夫?……気持ちはわかるけど、前を向かないと危ないよ」
考え事に夢中になって周りがわからなくなるのはエルネストの悪い癖。
危ないと思ったジョシュアもシャロンも彼の両側を歩く。
「俺達にできることって、何なんだろうな」
「え?」
「本当に……これで良いのか?毎日、犯罪者を追って、捕まえて。事件が発生して、駆けつける……。本当にこれでこの都市が……いや、異端者達のためになっているのか?」
エルネストの疑問に誰一人として答える者はいなかった。
カイルは黙って前を歩いている為、顔が伺えない。ジョシュアはエルネストに掛ける言葉が見つからず、目は泳いでいた。シャロンに至っては視線を落として不安げな顔をしている。
異端者《ヘレティック》達のため。エルネストが犯罪者や犠牲者を追う理由の1つだった。犯罪者予備軍と呼ばれ、差別されてきた異端者《ヘレティック》達が安心して暮らせるようになってほしい。それがエルネストの願い。
「はーあ。考えても無駄よ。無駄」
ソフィが立ち止まると、他の全員も立ち止まった。その言葉に小さな怒りがエルネストに沸き始める。それもまたわかっていてか、ソフィはエルネストのことを睨みつけた。
「お前……!そんな言い方は――」
「疲れるわよ」
その瞳は、相変わらずの氷のよう。しかし、嫌な印象は無かった。
「勘違いしないでくれる?そういう考えをずっとしていてもキリが無いの。答えなんてすぐに見つかるものじゃないし、なにより……疲れてしまうわ。心も、体も……」
「だったら……このまま諦めろって言うのか?」
「あら、貴方諦めるの?」
「諦めねぇよ……!だけど……!だけどよ……」
言葉にどうしても迷いがある。
エルネストは想いだけはいっぱいで、それに見合う言葉を探そうとしたが何も見つからずにいた。
途中まで開いた口がゆっくりと閉じる。
「そう。私達は諦めない。抗うのよ。犯罪者にも、運命にも。このイカれたクソみたいな都市にも」
冷ややかな氷は、時に熱く渦巻く不安を冷ましてくれるだろう。彼女の言葉には不思議な力があった。彼女はエルネストよりもずっと前から覚悟を決め、わかっていたから。
「……。……ソフィ、さっきお前が病室で異端者の瞳を使ったときの……水を飲んだって話」
「今気が付いた?鈍感なのね」
今の話からしてどうしてその話に繋がったのかわからない。しかし、エルネストは何か自分が納得できる理由を探しているうちに、ふと思い出した。
「廃人となったら自分で水を飲むことさえできないわ。彼は、ヘンリックは貴方のおかげで人の心を取り戻せたってことよ」
「そうか……そうだったのか」
ソフィなりのエルネストへの励ましだったのだろう。彼女は冷たくて嫌味な性格だが、言葉では表せないほどの優しさを持っている。
なにより、エルネストと同じ熱い心の持ち主だ。
「それでも貴方は、何もできないなんて思って?」
「……ふん、わかった。思わねぇよ」
自然と、いつもの顔に戻ることができた気がした。エルネストの表情を見て、隣にいたジョシュアとシャロンも笑顔を取り戻す。
3人の表情を見るなり、ソフィは呆れたようなため息を吐いて前を向き直したが、声色には明るさがあった。
「次も似たようなことを言ったらそのときは殴るわ。わかったかしら?」
「うるせーなッ!言わねぇよ!!」
「ふふ」
2人がいつもの調子に戻り、思わずシャロンもはにかむ。
ソフィの力強い言葉はエルネストが運命に抗うための力となり、正体不明の存在を暴く力となる。しかし、それはまたもう少し先のお話。
帰路を再び歩き出したエルネスト達は、先程までの空気とは変わって、雑談をしながら歩んでいた。そんな中、気が緩みすぎたのかエルネストは足下に転がっていた空の缶詰を踏んでしまう。
「おわ!?」
「え!?大丈夫!?」
格好悪く転ぶことは無かったが、非常に間抜けな驚き方をしたと思う。
ジョシュアが笑い、シャロンが心配して咄嗟に腕を掴んでくれたが、彼女の力じゃエルネストの体を支えることなんて無理である。
「バカね。足元を見なさい」
「るせぇ。はぁ……あぶねーな。仕方ねぇ、捨ててくる」
ソフィに嫌味っぽく笑われ、エルネストは空き缶を拾うと近くの路地裏へと入る。
「ん?あれ、こんなとこにも赤いペールがあったのか?」
ただの見落としだった。見落としだったかもしれない。今となってはどうでもよかった。
そして、ペールを開ける。
「え」
開けたペール。なんの変哲もないペール。ごくありふれた、その箱。
必然か、偶然か。運命か。
その中にあったものは、エルネストが学園の図書室から借りた本、錬金秘蔵書だった。
「……」
ジョシュア達はそのまま見向きもせずにエルネストが入って行った路地裏を過ぎていく。しかし、シャロンだけは立ち止まり、エルネストの背中をただ、ただただ見つめていた。じっとりとした視線。その瞳に感情は無い。
「あーあ。だから見ないでって、言ったのに。……ふふふ」
その声の主はシャロンだったのか。誰にもわからない。彼女はエルネストがペールから本を取り出すところを見ると、彼が振り返って戻ってくる前にまた歩き出した。
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https://note.com/pnsk_yamamomo/m/meaa185465ed2
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