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妖精事件は夜霧の中で ~【10話】【都市伝説】としでんせつ

【都市伝説】としでんせつ
 その時代に広がったとみられる口承の一種。根拠が曖昧で不明であるものを指す。
 都市伝説は、人々から人々へ。人々による人々における人々が人々のために「普通の人々」によって人々に語られ、人々に信じられる。
 そしてそれは時として、真実を作り出す。


 オパルス区東。
 空は既に藍色になり、辺りも静かだった。
 時刻は20時手前。
 ただでさえオパルス区は人通りは無く静かで薄暗い。人は住んでいるが、空き家や廃墟が多い特殊な区。
 貧民区の人間が住み着いているやら、犯罪が多いやら嫌な噂がたくさんある……犯罪が多いについてはエーデルシュタインならどこも一緒だが。

「うわー。賑やかなクリゾベリル区と違って真っ暗だな。街灯も点いてないし」
「この時間なら既に点いているはずよ。管理が行き届いていないのかしら」
「妖精保護機関の生活課にお伝えして直していただきましょう」

 エーデルシュタインに並ぶ街灯や、道、公園など公共の施設は全て妖精保護機関が管理している。
 警察組織のディアマントロードを配下にしているだけで無く、妖精保護機関は宝石都市エーデルシュタイン……そして国であるレクリエール全土を仕切る組織。
 いわば、妖精保護機関のトップがレクリエールの元首を勤めている。
 現在の元首はマルグレーテという女性だが、それはまた別のお話。

「でも、暗いと探し物がし難いよね。よし!」

 シャロンは何か良いことを思いついたのか街灯を指差した。すると、彼女の指先、肩、頭にヒラヒラと妖精の影が舞う。

「妖精さん、灯を点けて」

 次々と街灯に火が灯る。ひとつ、またひとつと。
 異端者の瞳ヘレサイトにしては無限の可能性が広がる能力である。ソフィは目を見開いて唖然としていた。

「灯り、点いたね!ありがとう妖精さん」

 消えゆく妖精の影にお礼を言うシャロン。その光景は伝説やおとぎ話のような出来事だった。
 異端者の瞳ヘレサイトは存在している。妖精も信行している。そんな世界で、彼女の妖精を統べる力は伝説的なもの。
 別の国だったら神と会話をしていたり使役するに等しいこと。

「そんなこともできんのか。便利だなやっぱ」
「全部、妖精さんの御陰だからね」
「あ、貴女……何者なの……?」

 ソフィにとっては初めて見た光景だった。シャロンが変わり者ということは知っていたが、それにしても他とは違いすぎる。
 妖精と会話をする。そのことも同じだ。

「妖精さんとお話ができるの……だけど、あー、やっぱり変だよね。へへへ……」

 グラナード総合病院の出入り口付近で同じような会話はしたが、ソフィの表情は打って変わって別だった。興味津々に目を輝かせるどころか、シャロンに向ける目は異質を見る目。

異端者の瞳ヘレサイトだろ?俺達となんも変わらねぇだろうが」
「……それもそうね」

 エルネストの言葉にソフィは納得をしたが、シャロンから目を外すとカイルに何か目配せをした。
 その行為に他は何の疑問は無かったが、カイルだけはニコリと笑って頷く。

「っていうか雑談している暇はないだろ!?おいエル!フレーザーさんも!」

 辺りは先ほどより暗くなっており、時間が差し迫っていることを思い出させた。

「ジョシュアの言う通りだな。ここからは手分けして探そう」
「そうね。わかったわ。行くわよカイル」
「承知致しました。……ああ、そうそう」

 ソフィと共に道を行こうとしたカイルだったが、引き返すと腕を横に伸ばす。すると、1匹のカラスが彼の腕に停まった。

「この子を預けましょう。そちらに何かあれば、この子が私に教えてくれますので。シャロン様」
「は、はい」
「腕を拝借致します」
「わっ」

 カイルがシャロンの手を取り、腕を伸ばすように優しく引くとカラスが軽く羽ばたいてシャロンの腕へと飛び乗る。
 首を傾げてシャロンを見つめる目は真っ黒で、優しいものだった。

「私の異端者の瞳ヘレサイトはカラスを操ることなので。きっと貴方のお力になるはずです」
「わ、わかった。大切にするね、カイル」

 シャロンは少しだけびくびくしながらカラスを見ていたが、カラスも暴れること無く大人しく佇む。
 カァ。とひと鳴きすると、シャロンの肩へと飛び乗った。

「おや。もう懐かれましたか」
「わ、わわ」

 カラスがシャロンの頬に頭を擦り付ける。
 カラスではあるが、ツヤのあるなめらかな羽と、何処となく土や草花の香りがした。

「私が世話しているカラスの1匹なので清潔ですよ。よろしくお願いしますね」

 カイルはカラスを優しく撫で、一礼をするとカラスに向かって小さく手を振りながらソフィの元へ歩いて行く。

「……逆に向こうに何かあったらどうすんだ?」
「アイツら舐めやがって……」
「まぁまぁ。心配してくれているんだよ?」

 カイルとソフィのことだから本当に心配としてなのか、舐めているのかわからなかった。
 どちらも事実でありそうなのがその2人である。
 その為、とくにエルネストは好意的に受け取ることを拒否した。

「カァ」

 カラスも同意したのか、ひと言。
 ジョシュアは肩を落とすフリをし、3人は歩き出した。

「……足、引っ張らないようにするから」

 道中、シャロンが不安そうにか細い声を上げる。
 その言葉に、エルネストはヴァレリアから聞いた話が頭に過ぎった。
 シャロンが怪しい奴らに狙われやすいこと。そういう変な奴を引きつけやすいのか、巻き込まれ体質なのか。
 初めて出会った日以外、まだ本格的に経験をしていないからわからないが、思い過ごしや気のせいでは無さそうだった。
 ヴァレリアと話したのはエルネストだけだったが、そのあとから話を聞いたジョシュアも同じ気持ちになる。

「大丈夫だよシャロン。危なくなったら妖精の力でバーーッ!て!な!それに、エルから預かった妖精石もあるだろ?」
「そっか。そうだよね」

 シャロンは首元から青い宝石――妖精石のネックレスを取り出す。
 正しくはネックレスでは無く、エルネストの母親がしていたイヤリングの片方。シャロンはブラウスの下にしまっていた。

「やっぱり、大切にしなきゃって思ってね。無くさないようにっていつも隠しているんだ」

 辺りは暗いはずなのに、街灯の光が反射してキラキラと光る。

「別に隠すとか……」
「エルが出しておけってさ」
「おい言ってねぇぞんなこと」

 エルネストはジョシュアの言葉に呆れてはいたが、何かシャロンは不安気だった。

「やっぱり……返したいな……って、思ってて。だって、ほら!エルの大切な――」
「あのなぁ」

 エルネストもシャロンと同じものを首から引っ張り上げるようにしてシャツから取り出す。
 それもまた、キラキラと街灯の光を反射していた。

「イヤリングだって言っただろ?2つあんだよ。俺も持っているし。別にお前が無くそうが構わねぇから」

 なんて言ったが、無くされたくは無かった。でもシャロンなら大切にするだろうとも思っていた。

「そっか。エルがそう言うなら……なんだけど」
「んだよ。まだなんかあんのかよ」
「ち、違うよ!?もう怒んないでよー!」

 シャロンはネックレスを再びブラウスの下へ忍ばそうとしたが、ジョシュアに止められる。

「似合うしいつも出しておけば?なぁ、エル?」
「だからなんで俺に聞くんだよ。……好きにしろ」

 そう言い、エルネストはジョシュアとシャロンを置いて、ソフィ達とは逆の方向へと歩き出した。

「早く行くぞ」
「待てよエルー!」

 ジョシュアも後を追うように走り出す。
 残されたシャロンはネックレスの妖精石を、大切に握りしめた。

「大丈夫。絶対に無くさないよ」

 こうして、シャロンも2人の跡を追いかけて行った。


「あのネックレス。シャロン様に渡しているのですね」
「相変わらず盗み見なんて良い趣味ね。私の許可が無い時は、盗み聞きはやめなさいカイル」

 閉じた目をゆっくりと開くカイル。長い睫毛が彼を眉目秀麗だと証明する。
 そんな彼に振り向きもせず、ソフィは呆れていた。

「何を言うのですが。盗み聞き、監視をするためにカラスを渡したようなものですよ」

 カイルの異端者の瞳ヘレサイト。カラスを操ることの他、カラスの視界、耳を共有すること。
 彼が目を閉じれば目的のカラスへとすぐに繋がる。

「そうだったわね。……カイルはどう思う?シャロンのこと」
「あれはー……当たりでは無いでしょうか?」

 ソフィは足を止め、振り返った。
 冷めきった目。彼女の特徴で、個性。それは彼女にとって、あまり良いモノではない。

「貴方もそう思う?私もよ」
「お嬢様も大変ですね。シャロン様へ近づくためにあんな演技もなさるなんて」
「まだ探りの段階。あの子が本物……護るべき巫女だと確信が得るまでは、慎重に接するつもり」

 護るべき巫女。彼女にとってそれはシャロンのことだった。
 彼女に近付いたのは彼女の正体を見破り、護るに値する存在だと見極めること。

「妖精保護機関にシャロンは渡さない。姉様の……あいつの好きにさせるものですか」

 ソフィの華奢な手に力が入る。爪が食い込むほどに力は強く、震えていた。
 
「左様ですか。ク、クククク……」
「何がおかしいのよ」

 人の、ましてや主人の決意を嘲笑うなど執事がするモノではない。
 カイルはニヤニヤと意地悪な顔でソフィを見ていた。

「いいえ?気分を害されたのなら失礼致しました。しかし……そうですね。貴方の、お嬢様の目的のため、何があっても遂行してくださいね」
「諄いわね。いつもの口調で話して構わないわよ」

 そう言われると、カイルはいつもの品の良い仕草から一転。主人のソフィの肩へと馴れ馴れしく手を置いた。
 前屈みで、小柄な彼女の耳元で囁く。

「……絆されるんじゃねぇぞ。ソフィ。決して、なぁ?」
「……」

 普段よりも低い声。いや、こちらが普段の姿なのだろう。

「カワイイお前のことだ。ハジメテの女友達に浮かれているんじゃねぇかとハラハラしちまう。ま、お前は真っ黒だからなー。堕ちるところまで堕ちて、今更這い上がることができるとか……思っていたりしねーよな?」
「何を言うかと思えば……わかりきったこと。当たり前よ。貴方も怖気付いた訳じゃ無いわよね?」
「俺がそんなふうに見えるか?」
「愚問だったわ」

 肩に置かれたカイルの手を振り払うと、そのまま歩き出してからまた振り返る。

「私の目的は、願いは、妖精保護機関に巫女を渡さないこと」
「永遠に。……な」
「そうよ。底無しの闇へのエスコート、頼むわね。カイル」

 カイルはネクタイを正しながらいつもの笑みに戻ると、ソフィの手を取って跪いた。

「ええ。どこまでも。お嬢様」


 一方、エルネスト達。
 オパルス区の奥深くまで捜索をしていたが、怪しいモノ……シャロンが夢で見たというペールでさえも見当たらない状況だった。

「なぁ、そのペールってほんとに赤だったのか?」
「うん。一般的にペールって青だから、赤ってすぐ見つかると思ったんだけど……」

 表通りのゴミ捨て場も路地裏も見た。
 貧民街では無いためか散らかってはおらず、どこもきちんと整理されている。

「まぁ、一般家庭は自宅の暖炉とかで燃やすだろうよ」
「じゃあ、なんでエーデルシュタインには道端にゴミ箱があるの?わたしが住んでた研究所周りにはなかったのだけど……」
「人が多くなればなるほど、良いやつも悪いやつもいる。つまり、ゴミを捨てる奴とそれができない奴がいるんだ」
「あー。観光地だしね。一時期問題にもなってたよな」

 今では少なくなったものの、ポイ捨てや無断放棄が多い。
 その行為を少なくするために、妖精保護機関は道端にゴミ箱やゴミ捨て場を設けたのだとか。
 ゴミはゴミ箱へ。それが徹底されたお陰でエーデルシュタインは清潔さと美しさを保っている。

「妖精保護機関ってそんなとこまでやるんだ」

 異端者の瞳ヘレサイトを持つ割には妖精保護機関に関心が無いのだとエルネストは感じた。
 エルネストにとって妖精保護機関は異端者ヘレティックを監視、管理する組織。主人面をして異端者ヘレティックを奴隷扱いするような組織だ。どんなに民衆から愛されようが、支持されようが、キナ臭くて仕方無い。

「はぁ」

 無意識に溢れる溜息。憂鬱で、呆れにも似ていた。
 
「いつ、あのイカれ野郎が爆破させるかわからねぇ。早く見つけねぇと……」
「あ。エル、あの路地裏って見てないよな?」

 灯りが一切入らない、暗い路地裏。
 エルネストが反応するよりも先に、ジョシュアが路地裏へ入って行った。
 
「あ!あった!赤のペールだ!」

 後から路地裏に入った2人もすぐに駆けつけて、ジョシュアが指差すペールを確認する。

「よし。シャロンとジョシュアは離れていろ。こいつを開けて――」
「待って!」

 エルネストがペールの蓋を開けようとした途端、シャロンは反射的に声を上げた。

「んだよ」
「ご、ごめん……でも、嫌な予感がしたから」
「まぁ、首が取られちゃっているからね。この中に何があるのかはだいたい想像が着くよ」

 ジョシュアはそう言うが、それはシャロンでもわかっていることだった。
 ただ、シャロンはソレでは無く別の何かが気になっている様子。
 シャロンの肩に留まっていたカラスも、首をきょろきょろと動かす。何かに警戒しているのか落ち着きがなかった。

「あれ?この子、どうしたんだろう……」

 シャロンが落ち着いてもらうために撫でようとしたところ、カァ、とひと鳴きしては空へ飛んで行ってしまった。

「い、行っちゃった……」

 何かあったらこのカラスが知らせてくれる。カイルがそう言っていたことを思い出し、きっと嫌な予感がして知らせに行ったのだと思えた。
 シャロンの言う夢で見たペール。動物の野生の勘も加わり、緊張感が増す。

「気味悪りぃもんが出てくっから。シャロンは目も瞑っておけ」
「……」

 エルネストはシャロンとジョシュアがペールから離れたのを確認すると、蓋に手を置いた。

「開けるぞ」

 正直、エルネストも開けたくはなかった。しかし誰かが率先してやらなければ。開けなければならない。
 この場にいる3人は誰が何を言わずとも蓋を開けるだろう。だからこそ、率先して行うのは尚更だった。
 蓋を、開ける。それは決して軽くは無かった。
 
「おえ……」
「なんだ……この悪臭」

 悪臭立ち込めるペール。今まで篭っていた臭いが、蓋が開いたことにより忽ち外へと放たれる。
 エルネストは袖で口と鼻を抑えると、隣をジョシュアが鼻を抑えながら覗いてきた。
 シャロンは離れた場所から薄目でペールを見ている。
 
「よっ……と。……ああ、そうだよな」

 確信。
 そりゃそうだよな。と。当たり前のように思っていて、本心はそれを否定したかった。
 
「酷すぎるだろ……」

 探していたソレはペールの底に。
 ところどころに少しだけ蛆が湧き、時間が経ち始めたことを思わせる。
 ディアマントロードとソフィ達に報告しなければならない。しかし、あまりの光景に体が思うように動かなかった。

「エル?」

 ジョシュアの声は届かず。
 自然と、エルネストはその首に手を伸ばそうとしていた。

 しかし―――

「火が!!」

 シャロンの悲鳴にも似た叫び。その声に2人の意識は引き戻される。
 ジリジリと燃え始める音。腐臭の中、微かにする焦げた臭い。
 嫌な予感がしたときには咄嗟に体が動いていた。

「うわっ!?」

 火花が散ったと思えば、ペールは膨れ上がるように爆発を起こす。
 間一髪のところで2人はペールから離れていたが、転がり込むように離れたため砂埃と爆煙が辺りを支配した。

「なんだよこれ!?」
「!?あれ!」

 砂埃と爆煙の中に気配を感じ、凝視すると人影が見えた。
 人影は両手を広げると同時に、エルネスト達の真上からバチバチと花火のような音が聞こえて来る。それが何なのかは、気がついたときには遅かった。

 まずい。

 そう思った途端、銃声が連続して鳴り響く。バチバチと火花を散らしていた爆弾は破壊され、空中で全て爆発した。

「きゃあっ!」

 幸いか、舐められたのか。致命傷を負うほどの爆発ではなく悪戯程度のモノ。それだったとしても、直撃し、複数が同時に爆発すれば火傷は負うだろう。
 
「ご無事でしたか」

 振り向くと、銃を構えたカイルとソフィが駆け付けていた。
 後からカラスが羽ばたかせながらカイルの肩に止まる。先程までシャロンと一緒にいたカラスだ。役割通り、2人に報告をしに行ったのだろう。

「カイル!フレーザーさん!」
「助かったぜ2人とも」

 ソフィはエルネストの礼に反応はせず、前を見ろ、と言うように正面を指差した。それはエルネスト、そして爆発したペールよりも先を示している。

「お前っ……!?」

 砂埃と爆煙が止み、辺りが目視出来る頃。
 視線の先にいる人物にエルネストは見覚えがあった。
 それがどんな人物であるか、よく思い出そうとした頃には彼は目の前にいた。
 黄色いフード。ちらりと覗く前髪はグレースピネル色。四白眼の、トパーズの瞳と目が合う。

 こいつは――

「エル――うっ!」

 彼を止めようとしたジョシュアは蹴り飛ばされ、壁に背中からぶつかる。
 エルネストは危険が迫っていることを察知すると、異端者の灰フェイトを呼び出していた。

「プロバティオ・ディアボリカ!」

 金属が強くぶつかり合う音が響く。同時に宝石が散り、白い光である妖精の影も舞う。
 エルネストの大鎌と対するは手斧。手斧も大鎌と同じようにステンドグラスのようで宝石のようなデザインだった。
 違うところがあるとすれば、妖精の影。赤黒く、不穏な色。黒い光は溶けて消えた。

「会ってみたかったんだよなぁ!エルネスト・トルーマン……不殺の死神さんよぉ!!」

 ギャリギャリッ。嫌な金属音を鳴らしながら押し迫る。
 彼がエルネストのことをそのまま押し切ろうとしたが、邪魔をするようにカイルが銃を撃つ。
 5対1とも言える現状であり、彼にとって不利のように思えた。しかし、彼は楽しんでいるか、慣れているのか、エルネストから直ぐに離れると銃弾を手斧で弾き返した。

「なんだお前」

 大鎌を構えてエルネストが問い掛ける。
 ジョシュアも起き上がると、よろけながらも異端者の灰フェイトを呼び出した。
 
「オレ様の名前を知らねーってかぁ?イイぜぇ……教えてやるよ……」

 黄色いフードの彼は自己紹介を始める。目の前にいるエルネスト達だけでは無く、エーデルシュタイン――レクリエール全土に知らしめるかの様に。
 
「オレの名は爆炎怪人ジャックのラウル!!この犯罪都市エーデルシュタインで起こる爆発、火災はぜぇ〜んぶオレの仕業だってワケ!!」
「ご丁寧な自己紹介ね。アノニマス・ファイブの殺人鬼はみんなそうなのかしら」

 鬱陶しそうにソフィが悪態を吐く。
 スルースキルが無いのか、馬鹿なのか、爆炎怪人ジャックことラウルはソフィを睨み付けた。
 
「チッ……なんだぁオマエ」
「あら?言葉が難しいのかしら?わざわざ自分から正体と名前を明かすなんてマヌケね。と言っているの」
「ソ、ソフィ!挑発しないで……!」

 隣でシャロンが慌ててソフィにしがみ付くが、彼女はお構い無しだった。

「大丈夫よシャロン。下品で口が悪い男には慣れているわ。ねぇカイル?」
「コホン」
「そうじゃなくて!」

 シャロンの言葉は虚しくも響かず。彼女の気も知らないでソフィは平然と余裕のある顔をしている。それが更に気に入らなかったのか、ラウルは手斧を握り直して狙いを定めていた。

「女ァ……調子に乗るなよ。決めた。今決めた!不殺の死神とやり合いたかったがオマエを先にブッ殺してやんよ!」

 ラウルがソフィに向かって飛び出す。しかし、手前にいたエルネストとジョシュアが異端者の灰フェイトでそれを阻んだ。

「させないっ!」
「先に俺に手ぇ出したんだろーが!今更乗り換えるんじゃ……っねぇぞ!」

 大鎌と剣が手斧を押し弾く。
 跳ね飛ばされたラウルは空で宙返りをし、離れたところに着地した。弾かれた衝撃で手斧を投げ飛ばしてしまった所為か、地面に落ちてガラスの様に砕け散る。

「クソがッ!!」
「捕らえるわよ!」

 ソフィが声を上げたと同時にエルネストとジョシュアがラウルを取り押さえようと走り出す。しかし、それとまた同時に後方にいるソフィ達の背後から別の気配があった。
 その気配に1番に気がついたのはシャロンであり、咄嗟に声を上げる。
 
「ソフィ!後ろ!」

 強い衝撃音。金属がぶつかり合い、耳をつん裂くような不快な音。
 音の主は鋏と細剣。黒い妖精の影と白い妖精の影が空気に溶けて行く。

「あなた……何……?」

 いつの間にか、ソフィの手には細剣が。彼女の異端者の灰フェイトである。

「へぇ〜スゴ~イ!異端者の灰フェイトの名前を言う前に呼び出すことができるなんて」

 ジェイドとルベライトが混じり合った髪色に、同じくルベライトの瞳。男はニヤニヤと嫌な嗤いを浮かべる。
 鍔迫り合いから踏み込む様にソフィが細剣を力いっぱい振るうが、軽々しく避けられてしまう。

「あは!そんなのじゃ当たらないよー?」

 男は余裕があるのか、両刃の大きな鋏をくるりと回す。よろけて体勢を整えきれていないソフィに向かってナイフの様に、鋏を投げた。
 咄嗟に気が付いたカイルはソフィを抱き抱えて引き寄せると、銃身で鋏を薙ぎ払う。
 弾け飛んだ鋏は壁に当たると、ガラスの様に砕け散った。それを見て男は、それでもニヤニヤとしながら手持ち無沙汰な手に同じ鋏を現す。

「っ!貴方の様な輩が、なぜ……」
「なぜぇ?なぜって、そりゃあボクには素質がある……からっ!!」

 再び、鋏を振りかぶって投げる。今度はソフィがソレを細剣で叩き割った。キラキラと、ガラスの様な宝石の様な破片が飛び散っては光を反射させていく。

「消滅したはずの異端者の灰フェイトをすぐにまた呼び出すだなんて、到底出来るものじゃないわ」

 何度でも呼び出すことは可能ではあるが、それをするにはかなりの精神力などが必要。
 一切、隙を見せず。余所見をせず。余計な事を考えない。そして、揺るがない想い。

「なんで……こんな奴がっ……!」

 強い当惑感がソフィを襲う。目の前でニヒルに笑う殺人鬼、社会不適合者風情に屈辱を思い知らされた彼女は細剣が折れ曲がりそうなほどに強く、握りしめた。

「もしかして、キミ出来ないの?……ぷはっ!あはははは!」
「何がおかしいのよ」
「あはははは!だって!簡単じゃーん!!ボクは初めて異端者の灰フェイトを握ったらときからできたよ!」

 それは事実で挑発のつもりでは無いのだろう。しかし、ソフィを煽るには十分すぎる話。
 カシャン、カシャン、カシャン。
 鋏を開いて、閉じる楽しそうな音。殺人鬼は余裕がある素振りか、再度現れた鋏を右手と左手に持っていた。

「そうだ。自己紹介がまだだったよねぇ。宝石都市……いや、犯罪都市エーデルシュタインを悪夢に陥れる、オシャレでぇ、超カワイイ殺人鬼!死の化粧師ことボクはギディオン!」

 先程までの爆炎怪人ジャックことラウルと同じように、高らかに自分の名を叫ぶ。

「はっ。名前をそんな大声で言うなんて馬鹿ね。やっぱり殺人鬼ってほんとに馬鹿ばっかり。みんな貴方達、アノニマス・ファイブの名前をよく知っているわ。とくに死の化粧師。貴方はよく名前だけは聞くわね。他の4人のシルエットを見た者はいるけども、貴方だけは容姿の情報は無い。ただ、悪趣味な死体が現場に残されているだけ。……逃げ足だけは早いのね?それに、名前も姿も簡単に晒しちゃうなんて……犯罪が下手くそ」

 今度はこっちが煽り返す番と言わんばかりに自己紹介へ文句を言う。
 妖精保護機関直属特殊捜査員であるソフィは配布される資料や書類は全て目を通していた。その中にはアノニマス・ファイブのことはもちろん書いてあり、様々な犯罪が蔓延るこの都市では学園や都市内でも話題が尽きない。そして、アノニマス・ファイブの話題はその中でも頻繁に出ていた。
 そして、その話題が上がる度に都市の人々は彼らに夢中になる。恐怖、不安。そして興味、浪漫。犯罪はエーデルシュタインにとって一つのメジャーな娯楽。

「あは。びっくり」
 
 逃げるのだけは早い。ソフィの言葉はギディオンにとってなんのダメージも無かった。むしろ、何もわかっていないソフィを見て憐れむかのように、そしてすへてが上手く進んでいることを確信する。

「キミ達は本当に……バカだよねぇ!?」
 
 ギディオンは吹き出して大きな声で笑い始めた。
 抱腹絶倒とはまさにこのこと。お腹を抱えて笑うその姿にソフィ達は動揺を隠せなかった。

「何を笑っているのよ」
「あはははは!連続殺人犯の姿を追いきれないゴミカスロード達がなーにを言っちゃってんのぉ!?」

 笑い疲れ、落ち着いたギディオンはゆらりと背筋を伸ばす。乱れた髪から覗く目が、怪しく光った。

「爆炎怪人ジャック、切り裂き貴婦人ジル、漆黒の聖職者、告死の妖精、そしてこのボク死の化粧師。それがボク達アノニマス・ファイブの役。……ボク達は役者」

 殺人鬼。否、役者である事を誇りに思うように、心の高まりを感じる顔は蕩ける。

「名前が広がれば広がるほど、ボクたちはその存在で在り続けられる!人を殺すだなんて手段に過ぎないんだよ……!」

 アノニマス・ファイブは実在する。と、言われているが、彼らが大きく取り上げられる発端は月日を重ねるごとに広がっていった噂話だった。
 真偽がわからない行方、怪しい容姿、悪趣味な殺人、いつまで経っても捕まえられない。
 神出鬼没で悪逆無道。
 噂話はいつしか都市伝説とまで行き、それは一種の娯楽となっていた。
 
「人々を楽しませ、娯楽を与えるのは役者の仕事。人が殺されればみんな大騒ぎして楽しんで、喜んでくれるよねぇー??」
「喜んでいる!?的外れな事を言うのも大概にしなさい!」
「あれぇ?キミも喜んでいるのにぃ?」
「んなわけ――」
「行ってはいけません!」

 カイルが止めるにも関わらず、細剣を構えるとソフィは飛び出す。それをわかっていたかのように、ギディオンは鋏を開いて迎えた。
 ぶつかり合う音。鳴り響く金属音。
 鋏は細剣を挟んで離さない。細剣も鋏から離れる気は無かった。
 ソフィが力づくで押し切ると、ギディオンの鋏がガクッと押し切られそうになる。しかし、ギディオンは余裕の表情だった。むしろにやにやと、楽しそうに笑う顔に違和感を覚える。
 ソフィが気がついたときには既に遅かった。細剣が押し切ったのでは無く、こちら側が向こうに引き込まれたのだと。
 そして、悪魔のような声が直ぐそこで囁く。
 
「事件が無いと異端者は殺されちゃうもんね」

 2人にしか聞こえない。ソレほどの声で。しかし、ハッキリと。

「っ!!」
「バーカ!!」

 ギディオンの脚がソフィの鳩尾に入る。鋏で切り裂くことではなく、最初からこれが目的。
 人間とは言え、ギディオンも異端者ヘレティック。力は並の人間よりも強かった。
 ガードはおろか、受け身すらもできていなかったソフィは勢いよく吹っ飛ばされる。

「お嬢様!」
「ソフィ!」

 カイルとシャロンがソフィに駆けつけていくであろうところを、満足そうにギディオンは眺めていた。
 両手に持った鋏をくるくると器用に回して遊んでいる最中、いつの間にか片手の鋏が砕け散っていくのを感じる。

「あ、れ……?」
「やれやれ。これだからお嬢様は」
 
 疑問を抱いたときには既に遅く。砕け散った鋏を見るまでもなく。ギディオンは目の前に気がついた。

「ま、お嬢様はお強いので心配は不要なんですけど」

 その瞬間。その場の全ての時間がゆっくりと動いて見えた。視覚的な効果。感覚。研ぎ澄まされていくように。
 カイルが、ギディオンの頬に手を伸ばす。
 くるりと手を捻って手の内を明かした。忍ばせていた小さなナイフと白いレースのハンカチ。
 頬に傷を付けると、赤い小さな血の玉が空を舞う。

「なっ!?」

 白いレースのハンカチに赤い染みを作り出す。空に舞う紅玉を拾い集めるように。白は色を吸収した。
 カイルはそのまま体ごと捻り、回し蹴りを繰り出す。

「これは、お返しです」

 見事にギディオンの首に入り、彼は目を見開く。
 執事だからと甘く見ていた。まさか心配などせず、真っ直ぐ敵に向かうとは思わなかったからだ。
 手放してしまったもう片方の鋏も地に落ち、砕け散る。逃げるように黒い妖精の影が舞い、キラキラと、破片が僅かな光を反射しては空気に溶けていく。

「私のお嬢様……俺の獲物に手ェ出すんじゃねぇーよ。社会のカスが」
 
 歪んだ欲望。その邪悪な笑みが彼の本性を証明した。


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