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妖精事件は夜霧の中で ~【2話】【開演】かいえん


【開演】かいえん
 音楽・演劇・演芸などの催し物を始めること。
 対義語は終演。しかし、この舞台は終焉。命の終わりを辿る物語。


「昨日の犯人さー、やっぱりお兄さんだって。殺害動機は……身体を使って稼いたお金で母を救いたくなかった?……うーん」
「風俗反対派か」
「いやー、母親にバレたくなかったとかじゃない?可愛い妹がいろんな男の人とエッチしまくってたらそりゃ――って、おいおい。学園の図書室でする話じゃないだろ!」
「いやお前がしたんだろ」

 殺人事件があった翌日の昼下がり。午前の通常授業が終わり、午後からはそれぞれ選択している授業に入る。授業が無く、帰る生徒もいれば教室を移動するために行き来する生徒。そのまま残って自習や校庭で遊ぶ生徒もいる。
 そんな中、エルネスト達は図書室にいた。新聞を広げて昨日の事件を確認するため。

「ねむ……」

 エルネストは机に突っ伏す。首を横にして窓の外を見ると木に止まるカラスと目が合った。

「……なんだあのカラス。異様にムカつくな」
「あ!おい見ろよエル!」
「んあー?なんだよ?」

 興奮気味で目を輝かせるジョシュア。割と興味がないエルネストは突っ伏したまま、カラスから目を離して隣のジョシュアへ首を動かした。

「生きる伝説の凄腕錬金術師!オスカーの講演が来月この近くであるってよ!!おれ行きたい!」
「……くっっだらね」
「そー言うなよー!おまえー!」

 ぐいぐいのしかかって来るジョシュアだったが、エルネストはされるがままだった。

「俺興味無いし」
「いいもーんだ。おれ一人で行くしー」
 
 のしかかったまま口を尖らせて拗ねたフリをする。
 ジョシュアが言うオスカーとは、エーデルシュタインで活躍する宝石職人の一人。祖であり師である。
 フルネームはオスカー・ロベルト・マーヴィン・キェルケゴール・ミュー・ホーエンハイム・エトヴァス。
 その技術はさまざまな宝飾品を作り上げるだけでなく、宝石の傷をすぐに元通りにして直せるというもの。
 超一流の技術であることから、彼の作品というだけでかなりの価値がつく。

「わー!すげぇ!妖精石も見られるってよ!」
「妖精石?」

 それは聞き慣れたものだったが、思わず聞き返した。

「おお!エルも興味出てきたか〜?」
「いや、事件で散々見るだろが」
「違うんだよな〜。これ!」

 見せられた新聞記事。載せられていたカラー写真にはダイヤモンドのような大きい妖精石があった。大きさの比較として横に本物のダイヤモンドの指輪が置かれている。

「およそ1750カラットの妖精石!」
「1750カラットぉ!?林檎一個分かよ」

 妖精石。
 宝石都市エーデルシュタインには宝石の他に妖精石と呼ばれた特別な宝石が存在している。
 一見、宝石と何も変わらない見た目で美しい物だが、他と違うのは妖精の力が宿っていること。
 願いを叶えたり、持っていれば幸福になれたりとただのお守りのようである。
 なぜそんな物に特別な価値があるのかはエルネストにはよくわからない。

「そういやエルが持ってるペンダントのアレも妖精石だったよな?」
「あー、あれか。ペンダントっていうか。元は母親の耳飾りだけどな」
「そっか。そうだったな。そっか……」

 気にすることがあったのか。ジョシュアは自分で言い始めたにも関わらずどこか話を逸らすように、曖昧な返事をした。
 それもそのはず。エルネストの母親は既に他界していたからだ。エルネスト自身もジョシュアの態度で考えていることがわかるのか何も言わなかった。

「見た目だけじゃ、宝石か妖精石かなんてわからねぇのに特別な力があるーとか言って、殺し合いにまで発展するんだからよぉ……持ち主によっては不幸にもなり得る石だよなぁほんと……」
「ロマンあるよな!」
「迷惑なだけだろ」

 妖精石に魅入られて人が狂う。なんて事件はよくある話。
 最近では妖精保護機関と呼ばれる、その名の通り妖精を保護する団体が妖精石を回収して管理しているという。
 しかし、妖精石の裏取引などが日常的に行われる世の中。そして、大騒ぎをしながら回収をしても宝石、ガラスだった話もよくある。
 骨が折れる途方も無い仕事だが、妖精保護機関はエリートしか就けられない一流の職。
 ちなみに、ギャレット先生も妖精保護機関の研究員。……のはずだが、エルネスト達が通うレピエール学園で数学と妖精学を教えている。なぜ数学も担当しているのかはまた、別の話。
 
「せいぜい、俺たちも魅入られないようにしねぇと」
「エルは自我が強すぎて、逆に妖精石がびっくりしちゃったりして」
「そのときは粉々に粉砕してやるよ。……で、そろそろ帰らねーとな」
「うお!?もうこんな時間!ヴァレリアさんの手伝いに遅れる……!」

 革製のブラウンのサッチェルを背負い、支度をする。
 ヴァレリアというのはエルネストとジョシュアが暮らしているアパートの管理人。今日は家賃の代わりに買い物の荷物持ちをする約束をしていたのだったが、
ジョシュアが新聞を折り畳んで立とうとした瞬間、図書室の奥から慌ただしい音がした。

「うお!棚でもひっくり返したか!?」

 自分達が来てからは誰もいないはずだったが、そうでもなかったのだろうか。ジョシュアが心配しながら音の方へ向かう。

「あれ、誰もいない。おっかしいなぁ」
「急いで片付けたんだろ。ここらへんは一冊一冊が重いし、倒せばそれなりの音だってする。それに……ん?ここって、貸出禁止の棚だよな?」

 本棚の異変。本は綺麗に片付けられていたが、不審な点があった。本の脇から、何にも繋がれていない鎖が一本垂れている。

「あ!それ!鎖付きの!」

 鎖付きの本。貸出禁止の本は全て本棚から鎖に繋げられている。そのため、読むにはその場で立ち読みをしなければならない。分厚く重いため、なかなか不便。
 しかし、その鎖が一本千切れて垂れている。

「ということは」

 ニヤリと悪い顔をしたエルネストが本棚を漁る。ガチャガチャと鎖がぶつかり、引き摺る音を鳴らしていたが、するりと簡単に取れた本があった。

「千切られていたのはこれか」
「なになにー?え、なにこれ」
「錬金術……?なんで学園にこんなのが……」
「しかもだいぶ傷んでるよ。うわ、くさ!けほっ」

 ただでさえ鎖付きの本は基本、手に取る生徒は少ない。埃被ったその本は中を開くと小さな虫が這い回っていたり、茶色い染みもあった。
 中には糊付けがされているのかカピカピになって読めないページもある。

「……ん?さっきお前が言ってたオスカーなんとかって奴、錬金術師だっけか?」
「ああ、うん。あ、自称ね!」
「そうか……嘘くせーけど、暇潰しに借りて見るか」
「え!?ダメだよ戻さないと!」

 まさかの提案に慌てるジョシュアだったが、エルネストは何も聞かずにそのまま脇に抱える。

「分厚くて鞄に入らねぇから……バレる前に帰るぞ」
「え……えーまじかよ……。バレて怒られても、おれは知らないからなー」

 後ろめたい気持ちでいっぱいだったジョシュアだったが、エルネストが悪い顔をしたときはだいたい止められない。長年の付き合いでわかったことだ。

 "まぁ、お前が楽しそうなら……それでいっか。"

「ふへへ」

 仕方ないなーと言わんばかりにニヤけるジョシュア。彼が腑抜けた顔をしていることなど知らずにエルネストは満足そうな顔で図書室を出た。

 ドアが閉まり、図書室には誰もいなくなった。……という訳ではなく、息を潜めて隠れている者がいた。

「ど、どうしようどうしよう」

 ローズクォーツの髪をした眼鏡の少年が、エルネスト達がいた鎖付きの本棚とは逆に隠れていた。

「あの本を回収して来いって変態野郎に言われたのに……よりによってエルネストに持って行かれるなんて!」

 悔しさ、失態のあまり歯を食いしばる。

「追いかけて返してもらう?いや、ダメだ。話しかけたこともないし、なによりあの内容、鎖付き……怪しまれる……。あ゛ー!!」

 おしまいだー!と言わんばかりに図書室で大声を上げる。幸い、一人しかいない図書室であったが、廊下にいた数人の生徒からはヒソヒソと怪しまれていた。


「お、ジョシュアー!今から試合やるんだけど助っ人してくれねー?」
「あーごめん!今日は用事あるから!またやろーなー!」

 ちょうど選択授業も終わり、生徒達が部活やら帰宅やらなんやらで廊下が賑わっている頃。
 ジョシュアは気さくで優しく明るいためか、異端者《ヘレティック》であっても学園内で人気者だった。
 手を合わせて申し訳なさそうに笑うジョシュアを男子生徒は見て、親指を立てて笑うとその場を去っていく。

「そういえば大会が近いんだっけ。応援も行きたいなー。エルも行こうよ?」
「俺が行ったら空気悪くなるだろーが……」
「えー?んー……。おれがいても嫌かぁ?」
「やだ」
「即答かよ」

 エルネストが頑なにジョシュア以外と連まないのは異端者ヘレティックだからでは無い。

「エルネストだ……」
「ちょっと、逆の道から行こうよ……」

 彼が廊下を歩けばヒソヒソと聞こえる言葉。目を合わせない、過剰に避ける者が多い。

「関係無い奴の記憶なんて見るわけないだろうが」

 昔から、それが日常。
 制御ができるようになっても、誰一人彼に友好的になろうとする者はいなかった。幼馴染のジョシュアを除いて……。

「へへっ、久しぶりに手ぇ繋いで帰るか?エル」
「ああ?ガキじゃねんだからやらねーよ!」
「へへー、照れてる照れてるー!」
「おいやめろって……!」

 玄関先。
 ジョシュアが無理矢理エルネストの身体を掴み、手を握ろうとする。絶対に繋がないという意志で拳を突き上げていたエルネストだったが、二人して前をよく見ていなかった。
 
「あ、エル前!前!」
「きゃあっ」
「うぉ!?」

 バシャアッ。ひどい音を立てながらぶちまけられた水。ガランと静かに横たわる如雨露と地べたに座り込み、水を頭から被った女子生徒。

「うわ……冷て」
「ごめんね、きみ!大丈夫?えーと、えと、なんか拭くもの……」

 ジョシュアが鞄から急いでハンカチを探そうとした途端、女子生徒は頭を地面までに下げて大声で謝り始めた。

「ごめんなさいー!!お怪我はありませんか!?大丈夫ですか!?」
「え……」

 女子生徒は勢いよく顔を上げる。シトリンの髪を二つに結い、エメラルドの瞳は今にも泣きそうな顔でうるうるしていた。

「ああああの、あのあのえっと、私の不注意です!前を見ていたつもりなのですが……それなのに……妖精さんが……」

 如雨露を抱き抱え、立ち上がるともう一度頭を下げる。
 ジョシュアは頭を上げるようにハンカチを渡そうとしたが、エルネストはと言うとびしょびしょに濡れた本が水溜りの中にあるのを見て肩を震わせていた。

「おい」
「は、はひ!」
「どーしてくれんだ……これ!」

 水溜りの中から本を取り出す。水が滴る本を顔面間近にして見せつけた。

「……れんきんひぞうしょ?」
「貸し出し禁止の本がずぶ濡れじゃねぇか!」
「大声出して言うなよ……っていうか貸し出し禁止の本を無断で持ち出す奴が怒るなよ」

 エルネストが怒ったからなのか、大声にびっくりしたのかわからないが、女子生徒は如雨露を抱き締めると今度こそ泣いてしまう顔になる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!なにかお詫びに……ああそうだ!なんでもしますから!」

 ぺこぺこと頭を何度も下げる。その度に豊満な胸が上下に揺れていた。しかも水によって透けている。下着までうっすらと見えてしまっているのに、女子生徒は気がついていないのか隠そうともしない。
 
「荷物持ちも、お掃除も、なんでもします!好きにわたしの体を使って構わないのでー!」
「誤解を招く言い方やめろ!!」

 なんと言ってもここは学園の玄関。さまざまな生徒達が行き交う中で大注目を浴びてしまう。
 エルネストの大声はますます視線集めてしまうことになった。
 
「ねぇ見て」
「またエルネストが悪さしているの?」
「あの子、転校生だよね……」
「変な男に目をつけられちゃってかわいそ〜」

 すれ違いざまに聞こえるヒソヒソ声。エルネストはうんざりして肩を落とした。

「花の水やりなんて、美化委員の奴らに任せときゃいいだろうが」
「あ……えと、元気が無いお花があるって妖精さんが教えてくれて……だから」
「妖精……?」
「あ、いや、違うの!気にしないで!わたしまだここに転校してから日が短くて。あんまり……学園のルールとか、知らなくて……」

 水を滴らせながら困ったように笑う。
 転校生。たしかに制服も靴も革のサッチェルも新品だった。

「へぇー、転校生だったんだ!見たところ同学年みたいだし、何かあったら聞いてくれよ。おれはジョシュア。んでー、隣のこいつがー」
「……はぁ、エルネスト。あんまり俺に話しかけんなよ。迷惑だから」

 ため息混じりで嫌そうに転校生のことを睨みつける。その態度にジョシュアは慌ててエルネストの頬を引っ張った。

「お、おおお、おいおい!お前!失礼にも程があるだろ!?えと、ごめん!こいつちょっと人と会話するの苦手なんだ!」

 訂正をしながらエルネストの背中をバシバシ平手打ちする。それを見て苦笑いをする転校生も自己紹介をした。

「わたしはシャロン。よろしくね、エルネストくん、ジョシュアくん」

 失礼な態度を取る男がいたが、何か嬉しいことがあったのかシャロンの顔は満足そうに笑っていた。

「じゃあ、如雨露に水を入れ直して花壇に行くか。シャロン、重いと思うしおれが如雨露を持つよ」

 ジョシュアが如雨露を持ち、水道へ向かおうとしたところ、エルネストはシャロンの胸を指差した。
 その顔は真顔だったが、どこかばつが悪そうな顔をしている。

「お前、服透けてるぞ」
「へ?……っ!?」

シャロンは自分の姿を改めて認識するなり胸の上、乳房よりも上辺りを両手で覆って隠す。

「そ、そこか……?もっと隠すところあるだろが」
「わ、わわわわたしは大丈夫です。ごめんなさい、また次に会ったら必ずお詫びしますから」

 笑っていたはずが、指摘されるなり血相を変えて目を合わせずに走り出す。その場から逃げ出すように駆けて行った彼女はたちまち小さくなっていった。

「なんか……あいつ変じゃねぇか?」
「うん?キミほどではなかっ……ああごめんって!そんな顔で見るなよ冗談だってば」

 シャロンが走って行ったのは中庭の方。エルネストは首を傾げながらその方向を見る。

「いやー、まぁ……知らない男に下着とか肌見られたらそりゃあ逃げ出すだろうな」
「そういうもんか?」
「そういうもん……。え!?そういうもんだろう!?」

 彼女が隠した場所は胸ではあったがエルネストが指摘した場所ではなかった。それがどこか、引っかかる。

「如雨露戻して帰るかー」
「ああ、そうだな」

 二人は如雨露を元に戻すため、シャロンが逃げて行った方とは逆の道から中庭へ向かった。


「はぁ、はぁ……どうしよう。見られた…かな。」

 中庭の人気がないところへ逃げ込む。あまり使われていない校舎の裏。手入れがされておらず、雑草が生えて荒れた場所。

「それにしても……うう……ぶつかった後からずっと胸が痛い」

 胸元を押し込むように両手で覆う。痛みのあまり顔が歪み、呼吸も荒い。
 針で突かれているような、無理矢理心臓を抉り出そうとしているような、熱くて、蝕まれるような感覚。

「今までこんなことはなかったのに」

 今までチクリと痛くなることはあっても、ここまで苦しくなることは無かった。それも人とぶつかってから痛くなるということは偶然なのか、それとも。

「お兄ちゃんのところに行こう。あ……今、授業中……」
 
 胸の激痛に耐えているが、精神的にも参っていた。
 学園内にいる兄に助けを求めようと本校舎へ戻ろうとするがその瞬間、頭に激痛が走る。
 頭の中に別の景色が流れ込み、視点は自分なのかどこかを急いで走っている様子。

『だめ、このままじゃ……!』

「え……?なんで……」

 少し先の未来が見える。妖精が見え、会話ができる。自分も異端者ヘレティックだと思っていたが、どうやら違うらしい。自分は"特別"なのだと信頼する兄と姉に言われてきたが、自分がなぜ"特別"なのかは誰も教えてくれなかった。否、誰もわからなかった。

「なんで……わたし、追われているの?」

 景色を思い返してゾッとする。冷や汗が止まらず、思わず立ち竦む。息を飲んだ瞬間、背後からザリ……という砂利を踏む音がした。
 そして、その音でこれから自分の身に何が起こるのか、理解をする。

「っ!」

 振り向くと3人の男子生徒がシャロンのことを見ていた。

「ねぇ〜キミ、そんなびしょ濡れでどうしたの?」
「だ、誰……」

 反射的に後退る。反対側から逃げようとしたものの、既に背後にも男子生徒が2人いた。
 逃げ場がないことを自覚したその時、前にいる内の1人がシャロンの腕を掴む。
 
「やだ!離して!」
「おーっと、逃げるんじゃねぇ。転校生ちゃんだったよな?」

 リーダー格だろうか。腕を掴んだ男子とは別の男子が下衆な顔でシャロンの顔を覗き込む。
 転校生の女の子。シャロンがそう噂されることは珍しくもなかった。この学園は簡単に入学できないからだ。
 審査も多く、選択した科によっては家庭やプライベートなど事細やかに調べられる。
 ただ、審査員の人間がまともな人間とは限らない……そんな噂も。
 そんな噂が出るのもそのはず。今シャロンの目の前にいるような野蛮な生徒も存在するからだ。
 表に滲み出ていないだけで犯罪に手を染めている生徒も少なくないだろう……そうなってしまうのも、犯罪都市エーデルシュタインの闇である。
 
「聞いてるぜぇ……なにしろ身内が妖精保護機関の上の人間って話だ」
「ってことは金持ちか!」
「そゆこと。妖精保護機関の関係者を攫って来いと取引相手に言われているんだ。お前を差し出せばそれだけで大金が手に入る」

 金目当て。校内で恐喝をするような生徒はいる。しかし、この男子生徒達は外の誰かと取引をしているようだった。
 背後にいた取り巻きの男子がシャロンの後ろから掴みかかると、わざとらしく胸を鷲掴んだ。

「ひぃっ!」

 驚きと不愉快な感覚で思わず声が裏返る。
 
「うは!っていうかすっげー巨乳じゃん!」
「あ!ずりーぞお前」

 ただでさえ痛いはずの胸を好き勝手に触られる。
 平均よりも随分と大きな胸は男の手のひらでも溢れ落ちそうで、無造作に揉まれては形を変えた。

「や、やめて……」
「やっぱこのまま攫うなら楽しんでからあいつらに引き渡そうぜ」
「お!いい提案じゃねぇか……じゃ、俺達全員を楽しませてくれよ。転校生ちゃん」

 シャロンを校舎の壁へと追い詰める。
 リーダー格の男子がシャロンのブラウスを外そうとした途端、シャロンは眼を見開いて叫んだ。

「妖精さん!!」

 シャロンがそう言い放つと強風が砂埃を巻き込み吹き荒れる。草木は激しく揺れ、校舎の窓際からだろうか植木鉢が空から降ってきてシャロンを拘束していた男子の頭に直撃した。

「くそ!砂が目に!」

 植木鉢が当たった男子が蹲り、他の男子の目に砂が入り目潰しになっている隙に、シャロンは走り出す。

「逃げなきゃ!!」

 先ほど見た光景を考えるのならば、男子生徒達はしつこく自分を追いかけてくるはず。
 木を隠すなら森。人を隠すならば人気がある場所。
 シャロンは一目散に学園の門を越えると人通りが多いクリソベリル区へ急いだ。


 どこかの古いお屋敷。客間に彼らはいた。
 縁に金の装飾が施されたボルドーのソファ。ベルベット素材で肌触りもよく、それが高級感を漂わせた。
 
「今日が……キミが昔からずっと言っていた運命の日だけども。何か変わったことがあるのかい?」

 まだ声変わりをしていない幼い声。
 真珠のように輝く真白い長い髪を結った少年が上品にティーカップとソーサーを持ち、ソファに座りながら問う。
 ブルーオパールの瞳が開くと、少年は優しい顔で対面に座る男を見た。

「ええ、待ちに待った……あれからどのくらい時が経ったのデショウかー?うーん……」

 脚を組み直し、首を横に曲げてわざとらしく考えるポーズ。その男もティーカップを片手に持っていた。
 シトリンの、長い髪。奇抜な服装に異様な仮面。その仮面の奥から光る怪しい瞳はエメラルドと同じ色。

「前世のことはなにもわからないけど、キミが私のことを昔からの友人と言うのならば……4000年は経っているね」
「4000年!?っはー!おっどろき!世の中変わりマシタねー」

 仮面の男は腹を抱えて笑う。下品な笑い方は客間全体に響いた。
 彼の両脇に座る二人のメイド。双子かムーンストーンの髪とルベライトの瞳。同じメイド服は胸元が大きく空いた艶めかしいものだった。
 まるで同じ人間をそのまま複製させたかのようなそのメイド達はさぞ愛しそうに仮面の男に縋る。
 
「ヒヒヒ……貴方はお変わりないデスね」
「キミだって、ずっと生き続けているのだろう?それこそ、キミも変わらないね……って言うのが正しいけども、今の私には昔のキミがわからない」
「そうデスねぇ……変わったとしたら〜……んー名前ぇ?」

 仮面の男が空のティーカップをメイドに向けると何も言わずにそのままティーポットから紅茶を注いだ。
 
「ホーエンハイム、ミュー、キェルケゴール、マーヴィン、ロベルト……名前はこれくらいデショウか」
「その名前、今のキミのフルネームの一部だったね」
「あと、時代に合わせて見た目も変えたつもりデスよ。まず本来の姿であるツノと尻尾は目立つので消しマシタ。でもでもぉ、面白いデスよねぇ人間というのは……」

 紅茶を飲み、ニヤリと大きく歪めて笑う。まさに悪魔のよう。
 
「ワタクシの姿が一切変わらず、歳も取らないのに、何も気にしないのデスから」

 彼が笑うとメイド達も一緒にクスクスと笑い始めた。その笑いは人間を嘲笑している。
 
「それは、キミがこの国に掛けた呪いの1つだからじゃないかい?」
「呪いぃ?嫌な言い方デスねぇ。おまじないデスよ。お、ま、じ、な、い」
「そういうことにしておこう」

 少年は何の反応はせず、紅茶を飲み干す。少年にとって呪いなどはどうでもいい話であった。
 
「ヒヒヒ……それにしても、今日が英雄殿と巫女殿が出会う運命の日デスか。今回の巫女殿には頑張っていただきたいものデスねぇ」
「巫女殿……ああ、キミは確か彼女のことをそう呼んでいたね。でも、彼女のことは私達も欲しいんだ」
「わかっていマスよぉ。4000年前も彼女のことを分け合っていたではありマセンか!あは……思い出しマスねぇ……里を焼き払った後、当時の彼女にワタクシ達をじっ……くり、刻み込んで。目の前で逃げ延びた里の者を全て火炙りにしたこと」
「……前世のことは、やはり覚えていないね」

 うっとりしながら過去の話をする仮面の男。少年は首を振って記憶に無いことを示した。
 
「そんなぁ〜!貴方の提案デシタよぉう?ま、実行したのはワタクシデスが」
「昔の自分は随分と惨いことをする……」
「っは、今も全く様子は変わらないデスけどね。ともかく、巫女殿をお迎えする準備をしないといけマセンねぇ……。ヴィンセント」
「なんだいオスカー」

 彼らは互いに目を合わせる。

「貴方は今の巫女の名前を知っていマスかぁ?」
「もちろんわかっているよ」

 問われた少年は心地良さそうに、一息吐いてからその名を出した。

「シャロン・フォーサイス。オスカー、キミと同じシトリンの髪とエメラルドの瞳を持つ可愛い女の子だ」


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