妖精事件は夜霧の中で ~【9話】【バラバラ殺人】ばらばら‐さつじん
【バラバラ殺人】ばらばら‐さつじん
死体を部位ごとに分割したり、分割した死体の一部を破壊すること。
殺人と死体損壊の一般的呼称であり、動機によっては猟奇殺人に分類されることがある。
自称・化粧師の殺人鬼は芸術家を気取っているため、美しくない殺人は嫌いなのである。
グラナード総合病院。隔離病棟の一室。
「はぁ」
開け放たれた窓。夜の海のように、暗く青い空。金色の三日月が浮かぶ幻想的な夜。
心地良い風が病室に吹き渡ると、花瓶に挿された花が揺れる。
「あーあ。なにやってんだろ。俺」
シャロンを追い、犠牲者化、厳密にいえば強制犠牲者化をしてエルネスト達に助けられた男子生徒。
寝つきが悪いのか、上半身をベッドから起き上がらせて座っていた。手には清らかな水が注がれたグラスを持っている。
その面持ちは後悔、罪悪に満ちていた。
「金の話にのっちまったばかりに……あんなことになるなんてよぉ」
グラスを持つ手に、静かに力が入る。
「いや、そもそも……だな。両親の期待に応えられなかった反動で、悪さし始めたんだっけか。……いい加減、前向きに考えてみるのも……」
反省、そして希望。
もう一度だけ。やり直すことは出来なくとも、出来ることからやりたいと思えた。
「……」
水を飲み干す。清らかなものではあるが、時間が経って温くなっていた。
しかしそれでも、気持ちもすっきりしそうなのは変わりない。
「不殺の死神……か……」
自分を殺しに来た異端者かと思えば、聞いたことも無い力を使って犠牲者を人に戻すという。
事情聴取に来たディアマントロードと研究員……学園で教師もしているギャレット先生が言っていた。
異端者が扱う異端者の瞳や犠牲者の話はもちろん知っているが、不殺の死神というのは噂程度では知っていた。しかしそれが現実で、まさに自分がその不殺の死神の鎌に狩られたのかと思うと不思議だった。
「また、母さんと父さんって。ちゃんと呼ばせてくれるかな……」
両親とは縁を切っていたのも同然だった。
両親の話や説教、心配も全て無視して過ごしてきた。
嫌いじゃなかった。だからこそ、どうしようもなくて期待に応えられない自分を見放して欲しかった。
「はぁ……」
意識が朦朧としていたとき、意識を引き上げてくれたのは両親の、自分の嫌いな声。心配そうで、辛そうな声。
苦しくなるから大嫌いだった。
でも、どうしてか。その声は道導として自分の手を引いてくれた。
目覚めた頃にはもう両親はいなくて、ディアマントロードが帰らせていたらしい。
正面に飾られたカレンダーに目をやる。
明日の日付。厳密には今日の日付に丸が付けられていた。昼頃に両親が面会に来ることになっている。
本当に来てくれるのか、正直心配だった。
そして、こんな自分が両親に会って良いものなのかわからなかった。
それでも彼は、決意をする。
「母さんと父さんに謝ろう。俺は、もう―――」
決意の言葉を口にしようとした。そのとき。
ベッドの横に人の姿があった。
ドアを開けた音も、人が入って来た音も気配も無い。それなのに、視界に入り込んだ人影と目が合う。
「おおっとぉ?静かにした方が良いんじゃなーい?」
「っ!?」
嘲笑するような男の声。
叫び声を上げようとしたが、その前に口と鼻を両手で塞がれた。突然の出来事に気がおかしくなりそうだった。呼吸ができない所為かパニックにもなる。
「んー?不思議そうな顔をしているね。ボク達はちゃあんと出入り口のところから入ったよぉ?ね、ラウル」
やっとその男の姿を認識する。
ジェイドとルベライトが混じり合った髪色に、同じくルベライトの瞳。彼は首をドアのほうに向けてニヤニヤと笑っていた。
すると、ラウルと呼ばれた人物も姿を表す。深く被ったフードから覗く笑みは下品であり、看護婦を蹴り飛ばす。
「ヒャハ!おい歩けよっ!」
「きゃっ」
派手に倒れ込み、強打した頭を押さえ込んで蹲っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!こ、この人達が……、鍵を開けないと殺すって……い、言って、だからっ!」
「ほらほら、だってよっ!オマエ、看護師に売られちまったなぁ?」
意味がわからなかった。それに息苦しくてそれどころでは無い。何もかもが理解できない。
塞いでいる手を離そうとして掴むが、暴れれば暴れるほど力は増すばかり。
ヒョロリとした不健康そうな見た目の割には力は男子生徒よりも上だった。
「ギディオン、手を離せ。そいつが死んでしまっては意味が無い」
続いてドアから現れ、閉めたのはルビーのように真っ赤な髪と瞳の男。ギディオンと呼ばれた男は言われた通りに手を離して男子生徒を解放した。
「っぷは……、はぁ!はぁ!ゲホッゴホッオエ……」
やっとできた呼吸。慌てて酸素を補給しようとするが、緊張と不安で上手くできない。咽せては先程飲んでいた水をベッドに戻してしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
そんな男子生徒など気にもせず、蹲ったままの看護婦は誰かに謝罪の言葉を繰り返す。
「はーあ。謝ってばっか。もう用はねーし殺してイイですかー?」
「勝手な真似をするなラウル」
赤髪の男はラウルを咎めると、看護婦に近付いて髪を引っ張り頭を向かせた。
「ひっ!?」
「お前はこの病院に配属されてどのくらいの月日が経った?」
「まま、まだ、半年……です……」
彼は至って冷静のように見えた。
看護婦も落ち着きを取り戻していたが、恐怖と緊張までは解けずに座り込んでいる。
「そうか。お前の仕事は、主からの命はなんだ?」
「わ、わたし、私は、患者さんを癒すことと守ることが――」
銃声。飛び散る赤。糸が切れた操り人形のように、倒れ混む看護婦。
その発砲はあまりにも至近距離であり、撃った本人である男の顔には返り血が掛かっていた。
「なにが癒すことか。守ることか。嘘を吐く者は嫌いだ。穢らわしい。卑しい。憎たらしい……」
彼は真っ当なことを言っている。しかし、正常では無く異常だった。
「反吐が出る」
憎悪、怒り、狂気が入り混じる赤い瞳。
その瞳は、見てはいけない気がした。
背けようとした。背けようとしたが、それは許されない。
「おい」
その男と目が合った。
「あ……っ!」
男の瞳はいっそう鮮やかに赤く光る。夜の病室で、それはそれは恐怖そのもの。
瞳の色が一瞬だけ鮮やかに揺らぐ現象、男子生徒には覚えがあった。
ヘレサイトである。
「先日、真珠の様な白髪の可憐な子供から赤い宝石を受け取らなかったか?」
「赤い……宝石……」
自分はその問い掛けに応えなければならない。
じわじわと蝕む恐怖、絶望、不穏な気配が自分の体を無条件に縛り付けた。
「う、受け取った!」
「そうか。そして、お前が出会った少女がいたそうだな。名前は聞いているか?」
「わからない」
今すぐ目を逸らしたかった。しかしそれは叶わない。自分の意志ではないはずなのに。瞬き一つすることでさえやっと。
おかしい。
そのとき男子生徒は気付いてしまった。
自分は既に赤髪の男の異端者の瞳に掛かっていることを。
「……。髪の色と瞳の色くらいはわかるだろう」
「あ……あの……薄い金髪で緑の瞳、だった」
「他に特徴は」
少しだけ。ほんの一瞬、男の口元が緩む。
「……胸に……よくわかんねぇ宝石が埋まっていて」
「ク、ククク……そうか……」
男は探している人物と一致したのか、緩んだ口元は戻らずそのまま怪しい笑みで男子生徒のことを見下ろす。
「金糸のような髪と新緑の瞳……胸に秘めた純白の妖精石……ああ、間違いない。まさに、まさに私のシャロンだ……!」
「あ、ああ!そうだ名前!シャロンだ!」
「黙れぇええ゛え゛!お前のような雑魚がその名を口にするなぁあ゛!」
男は豹変し、声を荒げた。
銃口を男子生徒の頭に押し付け、今にも引き金を引きそうなくらいに指を押し込もうとしている。
「こ、こここ答えただろ!?」
なんなんだよこいつ!
気狂いかと思った。
名前を言っただけでこんなにも人は気が知れない行動が取れるものなのか。
「んー?キミどっかで見たことあるなぁって思ってたけど、中学部のヘンリックくんじゃん」
自分の名前を呼ばれ、背筋が凍る。
「は?お前なんで……名前……」
声の震えが止まらなかった。
見ず知らずの人間が強盗みたいに押し入って来たのかと思えば、自分の名前を知っている。
そしてその男は、ニヤニヤと不愉快な笑みを更に深く三日月のように歪ませた。
まるで無力な虫を見て、どう悪戯をしようかと想像をする子供のような。
「あはは!教えなーい!ねぇねぇフェルナンドさまぁ、こいつ学園の不良グループのリーダーでぇ、いつも女の子を捕まえては集団凌辱するような奴ですよぉ」
「ち、違う!いや……違う。確かに、やってはいたが俺は、俺はもう心を入れ替え――」
犯そうとしていたのは間違いなかった。
どう弁解をすればと頭の中を巡らそうとした、そのとき。
肩に激痛と焼かれるような熱。赤髪、フェルナンドに銃で肩を撃ち抜かれていた。
「シャロンを犯そうとした。ということか?」
「ひい゛い゛っ!?い゛……あ゛……ああ、あ……」
「なーんでシャロン様の胸の妖精石を知っているのさ?」
真っ赤に染まっていく白い寝具。
激痛が体を蝕み、力は入っているはずだが思うようにいかない。
ガクガクと震え、肩を庇うように握りしめながらもう片手で寝具を握りしめる。
「ぐっ、ぅゔっ……そ、それ……は……」
「ぷくくく、ほぉーら。性欲に従順なクソ猿がさぁ!」
歯を食いしばり、ガチガチと歯を鳴らすその横で、ふざけた態度の男は男子生徒、ヘンリックの頬を指で突いた。
「ち、ちがう……俺は、俺は……もう、そんなことは……っ!!」
してきたことは確か。
しかし、これからどうやって償って、どうやって信頼を得ようかと考えていたところ。
そして、なによりも自分は――――
「あ、ああ……!母さん、父さん……俺は……!」
「聞くに耐えん……。ギディオン、あとはお前の好きにしろ」
「はぁーい!」
フェルナンドは今にもヘンリックに組み付き、食い殺そうな形相だったが、舌打ちをしては冷静さを取り戻していた。
「ラウル、お前も残れ。ギディオンの処理が終わり次第撤収だ」
「えー!?なんでこんな奴と!オレもフェルナンド様と帰りたい!」
「私は他に仕事がある。そして、そろそろ時間だ」
フェルナンドは看護師の死体を片腕で担ぐと、窓の外へ飛び去って行った。
「やったぁー!フェルナンド様ってば超良い人!」
ギディオンは両腕を上げて大喜びをすると、手元に赤黒い光を集める。赤黒い光は炎が燃え盛るように大きく膨らみ、やがて焔が揺らめくような音を立てながら、それは形を成す。
大きな断ち鋏くらいの、両刃の鋏だった。紫を基調にし、宝石とステンドグラスが入り混じる武器。エルネスト達が持つ異端者の灰と同じモノ。
両手に現れたそれは赤黒い炎と妖精の影が空気に溶けていくと、鈍く月明かりを反射した。
「お、おまえ……!」
「見たことあるよねっ!?そう!異端者の灰!」
カシャン、カシャン、カシャン。
鋏を鳴らしながら、彼のベッドへと上がる。
「あはっ!見れば見るほどブッッッサイク!!ぼくがもーーーっと可愛くしてあげるーー!!」
「うわっ!うわぁああああ゛あ゛あ゛!!あ゛っ」
大きく開かれた鋏は彼の両目に突き刺さる。脳まで達しているであろう刃は奥へと、深く刺さった。
真っ白な寝具を赤く汚し、ギディオンが雑に鋏を抜こうと引っ張るが、眼窩に引っかかっているのか思うように抜けられない。
「ひい゛っ!い゛ぎ゛っ!!ぎぃい゛い゛い゛!!」
「あれー?抜けなーい」
「ギャハハハハハハ!引っかかってやんの!オレが手ぇ貸してやるよ!」
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーッッッ!!」
絶叫を繰り返す彼の頭をラウルが押さえ、無理矢理引っ張る。鋏が抜けたかと思えば、彼は断末魔と共に泡を噴いて事切れていた。
ビクビクと痙攣を繰り返しながら、ぐったりと身体は崩れていく。
「あーあ。早いなぁ」
ギディオンはそう笑うと、血塗れの鋏を舐めてからヘンリックのシャツのボタンを全て外し、胸に鋏を当てがった。
――――――――――
時間軸は現在へ戻り、グラナード総合病院。エルネストが異端者の瞳を使用した時のこと。
「……」
「エル?」
記憶を読むためにベッドへ触れていた手をソッと離す。
おかしいものを見たような気がした。悪いものを見たような気がした。じっとりと冷や汗が滲む。
不審に思ったジョシュアが彼の肩を掴むと、体をビクつかせてジョシュアへと振り向いた。
「どうしたんだよ?メモ取れ〜って言ったのに何も言わないし」
「ジョシュア……」
「なにか問題でも?」
2人の様子に異変を感じてソフィも振り向く。
彼女も異端者の瞳を使用していたからか、口の周りをハンカチで拭うと、ハンカチには赤黒い液体……血が着いていた。
そしてエルネストはハッとする。
「オパルス区!爆破予告だ。爆破予告を見た!犯人は2人。そのうちの1人が死体の首を持ってオパルス区にっ……!」
「落ち着きなさい。……らしく無いわね。何か他のものも見たのでしょう?それも話してもらえるかしら?」
明らかに動揺しているエルネストに対して、ソフィは何かを察した。
「わ、悪い……気が動転していた。……異端者の瞳を使って記憶を見ていたんだ。そのとき、犯人の2人が現れたかと思えば、こっちを……俺のことを見て話しかけて来た」
「ええ!?」
「変ね。直接、電話みたいに話をしているならまだしも、貴方が見ているのは過去でしょう?」
「エルが必ずこの向きでベッドに異端者の瞳をするって確信してた……ってことか?嫌な使われ方をされたな」
やはり、通常ならあり得ないこと。何か相手も未来を見るや、特殊な操作するという異端者の瞳があるならあり得るかもしれない話。そのくらいの話だった。
「考えても仕方ないわ。とりあえず、手掛かりと次に私達が何をするべきかがわかったわね」
「そうだな。ソフィ、お前は何かわかったか?」
「死体の名前、年齢……ここら辺はいつも通りね。変わったことと言えば、最後に水を飲んでいたみたい」
たしかにベッドの横の床には割れたグラスがあった。血と混ざって薄い赤色に染まっているが、水も床に溢れている。
「水……?」
「……。まぁ、いいわ。あとは……カイル、そっちはどう?」
ソフィはエルネストの目をジッと見つめていたが、すぐに視線をカイルへとずらした。
「ええ。私の異端者の瞳も十分お役に立つ情報が出ました」
窓際でずっと立っていた彼がそう言うと、一羽のカラスが腕に止まる。カイルがそのまま振り返ると、バサバサと凄まじい音を立てながら数羽のカラス達もそれぞれ木や窓の縁に止まった。
「おわっ、カラス」
「カイルの異端者の瞳よ。カラスと会話をし、操り、視界を共有すること」
カラスを見て、エルネストは何かが引っ掛かる。
「カラス……って、まさかお前あのときの!」
「カァッ」
カイルの腕に止まるカラスがエルネストへと鳴く。挨拶なのか、返事なのかはわからないがエルネストにとっては見覚えのあるカラスだった。
「うーんエル。全部一緒に見えるよおれ」
「いや、俺もだけどよ……」
オパルス区で犠牲者とシャロンを追った際、突然現れたカラスだった。正直全て同じように見える。
「よくお分かりで!ディアマントロードを呼ぶために使役したのですが、やはり彼らはいつも行動が遅いですね」
「それは同感だ。……で?お前の言う情報ってなんだ?」
カイルはカラスを片腕に乗せたまま、窓の外を指差した。
「はい。では、まず1つ目。すぐそこの飛び降りたであろう木の枝に、看護婦のナースキャップが引っ掛かっていました」
エルネストとジョシュアも、窓から身を乗り出して木を覗く。十字の刺繍がされた白いナースキャップが、風に揺れながら木に引っかかっている。
「ここの病室の患者の他に、昨夜の夜勤担当だった女性も消えたそうですよ」
「なに?聞いてねぇぞそれ」
「ディアマントロードから渡された資料に書いてあったわよ」
「はぁ!?聞いてねぇぞ!それ!」
「うるさいわね……ほら」
エルネストの大声にイラついたソフィが不機嫌そうな声で資料を手渡す。
これが直属か保護下の違いか……などエルネストとジョシュアは実感していた。
「エルが異端者の瞳で見たときは看護婦っていたか?」
「いや、いない。この窓からそう離れていない場所の木だ。もしかすると飛び降りたのか……?」
「何者かに誘拐されたか、どうかですね」
カイルは他のカラスも呼び込む。そのカラスはクチバシに白いレースのハンカチを咥えていた。
ハンカチを手に取り、広げると赤黒い血痕が少量。無理やり擦り込んだのか、掠れていた。
「そして2つ目はここの近くで血痕がありました。方向はオパルス区へ向かう途中。しかし、その血痕は途中で消えています。どうやら途中で気がついたのでしょう。あるいは、わざと尻尾を捕まえさせるために残したか……」
「アノニマス・ファイブがやることよ。エルネストが名指しで挑発をされたのなら、わざとかもしれないわ」
ソフィはハンカチを受け取り、口元へと運ぶ。
「……。間違い無いわ。死体のヘンリックと同じ血よ」
「てことは、その血……。その周辺を俺の異端者の瞳で追えば首があるはずだな」
「そうと決まれば探しに行くか!」
ジョシュアが声を上げて病室を後にしようとした瞬間。
カイルはニコニコと、エルネストに3つ目の情報を報告した。
「3つ目は、シャロン様が病院の外にいました」
「え」
――――――――――
グラナード総合病院、出入り口前。
……の、少し外れた花壇の付近にその人物はいた。うろうろしながら何か独り言をしている。
いや、彼女は妖精と会話をしているのかもしれない。
「わ、わかっているよ……。でもそうじゃなくて。うーん。そう……だけど……」
エルネスト達はシャロンへ近づいたが、なにやら考え事に夢中なのかこちらに気がつく気配は無かった。
構わず独り言を続けているシャロンに対してエルネストが一声掛ける。
「シャロン」
「わ、わわわっ!」
本当に気がついていない彼女は、驚いて花壇へ躓いた。それをエルネストが腕を引っ張って止める前に、カイルが腕で受け止める。
「う……」
「あ、ごめんなさいカイルさん!」
「カイルで大丈夫ですよ。お怪我はありませんか?」
シャロンは大丈夫です。と言うと、頭を下げて礼をする。その様子に何かエルネストは不満があるのかカイルを睨みつけていた。
「いけ好かねぇ奴だな。ほんと」
「あれぇ?ヤキモチ?」
「んなわけねーだろバカ!」
ただ単純に。カイルのキザな性格がエルネストの癪に触れる。
女性に優しい彼はとくにだ。ソフィの執事というだけで無く普段からその素振りが怪しい。
銃口を突き付けられたことは何度かあったが、いつどんなときも彼は涼しい顔をしている。その腹の読めない男が、不満。
「まぁいい。んで、シャロン。お前なんでこんなとこに来てんだよ?」
「べつにっ……なんでも、無いよ?」
「は?用があって来たんだろうが。っていうか、なんでここなんだ?入口はあっちだぞ」
病院の入口を指差す。シャロンは指差された方向を辿るように視線を動かしたが、なにやらわざとらしくわからなかったという反応を示した。
「え!?あ、ああ!そうだった、えへへ。迷っちゃってさ〜」
「迷うぅ?」
ますます怪しかった。しかし、その疑問を破ったのはソフィ。彼女は驚いた表情でシャロンのことを見る。
「あ、貴女……もしかして妖精と会話していたのかしら?」
「あー……う、うん。変だよね、えへへ」
「へ、変って……」
ソフィは感極まりながらシャロンの手を握る。
「素晴らしい力じゃない!」
「え?」
「異端者の瞳の一種かしら?いや、それとも遺伝……?」
「あの」
「妖精保護機関の診断書とかは済んでいるのかしら?興味深いから今度見せて――」
「シャロンが困っているだろうが」
熱くなるソフィの肩をエルネストが叩く。
それにハッと我に帰ったソフィは、同時にシャロンの手を話した。
「あっ……ああ、ごめんなさいね。貴女のことをもっと知りたいと思ってしまって……。反省するわ」
「ううん、いいの。ただあまり、周りには言わないで欲しい……かな」
「ええ、ええ。もちろんよ。貴女との約束は守るわ」
シャロンへ向ける表情は普段のソフィからはあまり想像できないような笑顔だった。
仕事柄なのか、異端者の瞳の性か、良くも悪くも他人の事情に首を突っ込みたがるソフィ。
「あいつあんな顔するんだな……」
「あはは」
一方で、その後ろにいたエルネストとジョシュアは苦笑いを浮かべている。
ソフィの興奮が収まると、シャロンは落ち着きがない視線でエルネストに口を開いた。
「変なの……見ちゃって」
「んだよ、夢か?……はぁ、ガキかよお前」
「あ……そう、夢」
「夢?」
シャロンの言葉にソフィも反応した。今度は先ほどまでの興奮極まるようにでは無く、どこか不穏な気配がした。しかし、彼女はその気配を一瞬にして消す。
「たかが夢だろうが。なにをそんな怖がってんだよ?」
「……」
シャロンにはまだ隠し事があった。それは予知。未来を見る力。
自分で見ようとする訳でも無く、突然頭に激痛が走る。視点はシャロンのままで頭の中に別の景色が流れ込む現象。
「あー?ったく。大丈夫だ。誰かに話しちまえば正夢にならないって言うだろ」
「所説ありますが」
「うるせぇ」
カイルの余計な一言を蹴り飛ばす。
「あのね、エルがゴミ捨て場で、ペールを……開けたら……」
「?なんだよ」
困ったように、言葉を少しずつ紡ぐ。
「開けた……ところで終わって……」
「はぁ!?なんだその夢!なんもわからねーじゃん!」
「でもね!嫌な予感がするの。絶対……良くない」
エルネストの身に何か起こるのか。シャロンは必死になって止める。
しかし、このときエルネストはなんとなくわかった気がした。
シャロンが言うペールの中に首があるのだと。
「悪いが約束はできねぇな」
「……」
「でも、わかった。警戒はしておく。それで良いだろ?」
「っ、それならっ!」
シャロンは自分の手を握りしめ、そして力強く彼に言った。
「エル、わたしも行きたい。見えたものが、夢が!現実なのかこの目で見たい!」
自分は占い師でも預言者でも無い。
しかし、未来が見えてしまった以上はその未来を信じるしか無かった。
彼女にとってそれは避けられない運命なのはわかっているのだから。
それでも――
「わかった。行くぞ、オパルス区へ」
見えてしまったのならばどう対処すれば良いのか、それを考えることはできる。それを胸に、シャロンは前を向く。
エルネスト達はオパルス区へと走り出した。
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