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妖精事件は夜霧の中で ~【4話】【MacGuffin】マクガフィン

【MacGuffin】マクガフィン
 登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる作劇上の概念のこと。
 この物語でいう妖精。しかし、それは仮初の神にとってはただの舞台装置である。そう、例えば巫女と呼ばれた女の子とか。


「そういえば」

 帰路、ジョシュアが思い出したように口を開く。

「今日から買い物の量が増えるってヴァレリアさんが言ってたな」
「買い溜めか?」
「新しい節約術?」

 アパートの管理人ヴァレリアは1人暮らしのはず。エルネスト達は定期的に、ヴァレリア1人分とついでに自分達の分の買い物を一緒にしていた。
 荷物持ちをすれば家賃とその日に買った買い物の分のお金はチャラにしてくれるという。
 それが今月からは買い物の量が増えるとのこと。

「ヴァレリアさん、同棲とかするのかなぁ〜」
「げ。あの人が?んなことするような人間じゃないだろ……」
「どういう意味かわからないけど本人に言ったら殺されるぞ」

 ヴァレリアという人物は2人にとって最強の存在だった。
 家事全般は全て完璧に熟し、2人がエーデルシュタインに引っ越して来た当時からずっとお世話になっていた。頭が上がらない人物である。
 そしてなぜか。なぜか、凄まじい運動神経の良さと反射神経、音を殺すことを得意とする。
 反抗的なエルネストと言い合いになることが多く、大半はあばら折り、手首固め、十字固めなどの関節技で黙らされている。
 なぜ彼女にそんな力と知識があるのかは謎。
 そんなことを考えているとき、何やら慌ただしい足音と男の罵声が後ろから聞こえてきた。

「あ!あれ!」

 ジョシュアが横を向いて声を上げる。エルネストも釣られて同じ方へ向くと、如雨露の水をぶち撒けた転校生、シャロンが走っていた。
 
「さっきの女……?何走って……追われている!?」

 彼女の後ろを遅れて走る連中。
 あの転校生が、今度はガラが悪い生徒に何かをしたのか。そんなことが頭に過ったが、それはソレ。
 
「追うぞジョシュア」
「もちろん!」
 
 2人も制服のまま連中の後を走り出したが、エルネストの脇に抱えられていた錬金術の本はするりと落ちて、道の中に置き去りにされたのであった。
 一先ずは尾行。彼らが立ち止まったときに割って入ろうと思い、気付かれないように動き出す。
 路地裏へ入り、曲がる。2人も路地裏へ入ったが、そこには誰もいなかった。

「うっそ……見失った?」
「……」

 酷く入り組んだ路地裏。エーデルシュタインはとても広く、大きな都市で開けた道も多いが、それと同時に迷路みたいな路地裏がたくさんあった。
 観光客や慣れない子どもが迷子になることも多い。
 エルネストはいつもの黒手袋を嵌めたまま、地面に手を当てる。ぽうっ……と淡い光が地面に当てた手に宿った。

「やっぱお前の異端者の瞳ヘレサイトは便利だよなぁ!」
「モノの記憶を辿る。それだけだ」
 
 一層鮮やかに輝いた目を開き、前を向く。

「こっちだ。クリソベリル区の方……あの女、人気が多い場所を目指しているな」
「へぇ〜賢い女の子だね!」

 記憶を読むことをやめると、淡い光も、目の鮮やかさも消えて行く。
 
「関心してる場合かよ。ただ、この道は近道だが路地裏が多い。もし途中の角で仲間がいたとしたら……」
「だいたい、男が複数人で女の子を追いかけ回すって……どんな神経しているんだよ」
「その言葉、本人達に言ってやれ」

 目指す道が決まると、2人は更に迷路の奥……路地裏へと足を進めた。

「はぁっ、はぁっ……ま、まだ追いかけてくる。……うっ」

 ズキン。激痛が胸を刺す。
 走っていたからでは無く、その痛みは彼女にとってたまに起こるものだった。しかし、ここまで痛くなるということも今までは無い。

「痛い……こんなときに……このままじゃ」

 痛みに耐えながらも転びそうな足取りで走る。息も絶え絶えで、苦しくて涙も溢れてきた。

「はぁ、はぁ……うん、ちょっとダメかもしれない……かな。追いつかれそうになったらまた……力を貸して、ほしいな……ごめんね……」

 彼女は息を整えながら何かと会話をする。
 肩の呼吸と吸って吐く呼吸のリズムが合わないまま、影がある暗い路地裏に隠れ、屈んで息を整えようとした。しかし既に背後には。
 
「見ーつけた」

 その声に、肩が跳ねる。
 振り向いた時には、目の前に4人の男子生徒がいた。
 その後ろでリーダー格の男子生徒がさぞ楽しそうに笑う。

「追いかけっこは終わりだ」

 それを合図に、大柄な男子生徒の手はシャロンの肩を掴んだ。手足は自由だが、もう逃げられない。
 周りでその様を見ているだけの生徒も身動き出来ないその体を舐め回すように眺める。

「散々、手間を掛けさせやがって」
「っ!?」

 リーダー格の男子生徒がシャロンの頬を平手打ちする。
 驚いて目を見開いた。ジンジンと熱を持った頬が痛んだが、それよりも今自分が置かれている立場を理解して、震えが止まらなくなる。
 抵抗しようにも男が複数人相手では何もできない。

「恐いかぁ?恐いよなぁ?今からナニされるか……キミわかってるー?」
 
 取り巻きの1人が下衆な笑いをしながら首元を嗅ぎ、舌で舐める。今まで走って来たからか身体は汗だらけだった。それなのにその男は……。

「運動した後の汗は嫌いじゃあないぜ?もっと俺たちと汗だくになろうや……」

 別の男も胸を触る。大きな手でわし掴むと上に持ち上げては無造作に揺らした。

「い、たい……やめて……」

 抵抗しようと、掴まれた腕を引き離そうとするが無力。
 我慢していたはずが、痛みと感じたことの無い感覚、そして恐怖にぽろぽろと涙が出てきた。

「やめて……やめてよぉ……」
「あーあ。泣くの早くなぁい?」
「やめてほしいかぁ?じゃあ俺達の言うことを聞けよ。さっさと終わらせてやるからよぉ」

 圧があった手は離され、シャロンの体が自由になる。それでもまだ、注がれてる視線は粘着質でどこを見ているのかわからない。
 胸を揉んでいた男子生徒はシャロンのことを見ながら手のひらを舐めていた。

「……」

 悪寒がした。

 気持ち悪い……。

 自分はどこに視線を向ければ良いのかわからない。わからなくて、自分の足元を見つめる。せめて下衆な彼らに泣いている顔を見せないよう。下品な彼らに視線を合わせないよう。
 そんなシャロンの心情をわかっていてか、リーダー格の男子生徒が愉快そうな顔で指示をする。
 
「自分でスカートを持ち上げろ」
「えっ?」

 合わせたくなかったのに、視線を彼に向けてしまった。ニヤリと笑う、その顔と。

「俺達に見せるんだよ。さっさと終わらせたいんだろぉ?」

 震えが止まらない。でも、それをすれば解放してくれる?いや、おかしい。そんな、こんなことは、はいわかりましたでやるものでは無い。
 でも――
 
「み……見せる……だけで良いのよね?」

 早く、無事に帰りたい。この場を、切り抜けたい。
 心も追い詰められていた。判断力がおかしくなっている。
 手を、制服のスカートへ。
 
「さぁ、知らねぇな」

 自分がスカートの中を晒しても、この人達が解放してくれるなんて正直、微塵も思っていなかった。
 しかし、今この状況を拒めば次は何をされるのか。モタモタして、いらないことをされることよりかは、従順に言うことを聞いた方がまだマシかもしれない……。
 シャロンは自分自身でも恐怖のあまり、判断力が低くなっていることがよくわかった。

「……。わ、わかった、から……」

 
 シャロンは意を決し、涙を腕で拭ってから相手を睨みつけると、スルスルとスカートの前を持ち上げる。

「よく見えねぇなぁ?もっと上げられるだろ?」
「っ……。こ、これで……!」

 明らかな挑発に乗ってしまい、スカートを更に持ち上げた。
 ショーツはおろか、ヘソが見えるまで持ち上げる。
 変な感覚。足が空気に触れて寒気を感じた。
 いや、視線による悪寒。そして視線による熱も帯びる。

「こ、これなら、これなら良いでしょ……!」

 自暴自棄になっていた。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
 肌色が薄らと見える白のストッキングに白のガーターベルト。ピンクと白を基調にし、サテンのリボンとレース、フリルがたくさん使われたショーツは男から見ても可愛らしいものだった。

「うは、絶景じゃん」
「っていうかマジか!本当に自分でやるとか痴女かよ!」

 手を叩きながらゲラゲラと笑い、辱められる。

「……っ!!」

 手を、強く握りしめた。悔しくて、悔しくて仕方がない。
 スカートを持ち上げる前に止めたはずの涙がまた溢れてきた。

「はっ、随分と高級そうなモンを履いてんなぁ?俺達のために選んだ……ってかぁ?」

 嘲笑う。女子は14歳を迎えると派手な下着を身につけ始める風習がエーデルシュタインにはある。子どもだった女の子が女性らしく、見えないところでもお洒落をするということ。……建前は。

「あー、やば。やっぱ我慢できねぇよ!」

 取り巻きの男子生徒がシャロンの足元に膝をつくと腕を広げて縋り付いてきた。太ももに頬擦りをし、鼻を擦り付ける。

「ひっ!?」
「あーすっげぇ良い匂いする……」
「あ!お前ズリぃぞ!」

 太ももを撫でられる。くすぐったいとはまた別の。不愉快な感覚。ぞわぞわと体中を走る感覚。
 初めて人前に晒されたうえに触れられる。ばくばくと心臓の音がうるさい。

「……んで……」
「ああん?なにか言ったかぁ?」
「なんで……こんな……。え、えっちなお店とか行ってすればいいじゃない……」

 涙声で、涙と同じくポロポロと溢れる言葉。
 自分でも何を言っているのかわからなかった。
 つい先程まで、従わないと、と思っていた自分がバカバカしくなる。
 逃げ切れるはずも無いのに、1人でここまで逃げてきた自分がバカみたい。
 たくさんの後悔でいっぱいだった。
 
「はぁ?……ぷっ、くくくく……ははははははは!!なにを言うかと思えば……はっ。金なんて払わなくてもよぉ、男が5人いれば女1人なんて簡単に捕まえられる。……なにより、嫌がる女を犯す方が唆るだろうが」
「ひどいよ!そんなのってないよ!!」
「お、イイネ〜!そういう顔だよ。俺達を喜ばせる方法がわかってきたか〜?」

 リーダー格の彼は下品な笑みで返す。
 頬擦りをやめない男子生徒が膝を着いたまま、モゾモゾと体勢を変えるとシャロンの脚を股間に押し付けた。

「っ!?」

 ヒュ……。と、喉が鳴る。絶句だった。脚に伝わる熱が嫌なくらいにわかる。それがなんなのか、なにをどうしてそうなったのか。

「やべぇ、上がってキた……」
「今すぐ下を脱がしてブチ込みてぇところだが我慢だお前ら。まだメインのこっちが残っているだろう?」

 リーダー格の彼は、自分では何もせず、後ろでその様を見ていた。
 言葉が出ないシャロンなんて気にせず、男子生徒は服の上から胸に触れる。優しくソコに触れたことは無いのだろう、乱暴に、無責任に掴んだ。

「さーて。ご自慢のデカ乳を見せてくれよ〜」
「あ……!ダメ!!」

 ブラウスに手をかけようとした瞬間、全力で暴れだす。その行動は反射的に動いたものだった。
 誰にも言えない、胸を見せられない秘密が彼女にはある。
 ブラウスのボタンを外そうとした手を押し退け、誰も胸に触れさせないよう腕で隠した。

「おい暴れんじゃねぇ!お前らも押さえろ!」

 後ろにいるリーダー格の彼がイラついた声色で強く言い放つ。
 他の男子生徒達もシャロンを囲んでは腕を、体を掴んで拘束した。残った手がブラウスへと伸びる。

「ダメ!違うの!そこは……!!」
 
 シャロンのその声は彼等への警告だった。しかし、そんなことは誰もわからない。ただのありふれた抵抗にしか見えなかった。
 ボタンを外し、シャロンの胸元を明かす。ショーツとお揃いの可愛らしい下着から溢れそうな乳房が姿を現した。
 男子生徒達が目の色を変える……と思いきや、そんな展開は無く。

「は?」
 
 男子生徒達は唖然とした……否、恐怖。怯えた声色で目の前にあるソレに言及した。

「……な、なんだよ……お前……」

 美しい乳房の上に埋め込まれたソレ。歪に浮き出た血管。まるで心臓のように露出されているソレ。
 光を反射して輝くダイヤモンドのような宝石が胸に埋まっている。

「あ……ああっ……!見ないでぇ……見ないでよぉ」

 隠していたモノ。誰にも見せたくなかったソレ。
 腕を拘束されているため胸元を隠すことができない。絞り出すように、声を上げる。
 しかし、その声を聞いてではなかったが、自然と男子生徒達の手も彼女から離れていった。体が解放されると、シャロンは強く自分の体を抱いて胸を隠す。
 男子生徒達は恐る恐ると後退り、何か恐ろしいモノを見るようにソレを見た。
 彼らは目が離せない。否、目を離すことを許されない。

「おい、どけ」
「え」

 振り向く間も無く、先程までシャロンのブラウスに手を掛けていた男子生徒の首には折りたたみ式のナイフが刺さっていた。
 吹き溢れる赤。萎むように力無く倒れる男子生徒を、リーダー格の男子が蹴り飛ばす。
 荒い呼吸で、ギラついた目でシャロンの胸元を見た。

「そうか……これが……!」

 ニヤリと三日月のように弧を描く口。美味そうな獲物を見つけたときの肉食獣のように舌舐めずりをした。

「ひぃ!!おい!お前どうしちまったんだよ!」
「やべぇぞやべぇ!!あいつイカれちまった!!」
「この女もやべぇし、逃げようぜ!」

 シャロンを押さえつけていた者、取り巻きがこぞって逃げ出す。
 拘束する者、視姦する者がいない今、自由になった身体だったが人が殺されたという光景を目にして身体が動かない。

 前にも似たようなことがあったような気がする。

 幼い頃の記憶が過ぎる。初めてではない、この感覚。
 意識が戻ったのも束の間、目の前にいたリーダー格の男子生徒が腕を掴んでシャロンへと覆いかぶさった。

「妖精王が宿る妖精石。噂通り存在した!あのガキが言った通り……!俺は、この宝石都市の、国の宝を手に入れたんだ!!」

 興奮気味のまま掴みかかった手には力が入り、シャロンの胸元に顔を埋めて妖精石と呼ばれたその宝石を舐める。

「ああっ!!」

 びくん。ぬるりとした不快な感覚。
 逃げようと身じろぐが、身体を押さえつけられているためびくともしない。
 先程、押さえつけていた男子生徒の力とは段違いだった。

「やだ……」

 目の前にいるリーダー格の男子はシャロンのブラウスを握り締める。胸元だけ開き、中途半端にボタンが留められていたが、力任せに無理矢理両手で引きちぎった。
 ビリビリと布が裂かれる音。

「女ァ……」

 彼と目が合う。
 この状況には覚えがあった。
 リディという少女がシャロンの妖精石を見て豹変し、自分を追ってはたくさんの人を殺したこと。

「……妖精さん」

 彼女の目には何かが写っている。しかし、逃げる瞬間に起こった突風や奇跡が起こることは無かった。

「そんな……」
 
 死。
 今、死が最も近いとき。
 自分はここで死ぬのだと。それが妖精の導きなのだと。頭の中で過り、埋め尽くした。

「……これが……妖精さんのお導きならば」

 祈りの言葉。それは、生き延びるための祈りでは無い。
 救いとは運命を受け入れること。
 自分は妖精さんの言葉を聞き、導きを信じて生きてきた。どんな迷いや悲しみ、受け入れ難いことでも。それが妖精さんの導きなのだからいつも救われてきた。
 その導きを、わたし達、愛しき妖精の子らは必ず受け入れなければならない。
 例えそれが、死でも。生でも。

「……っ!」

 受け入れなければ。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん……」
 
 あの日のことを思い出す。その日も同じだった。受け入れる祈りの言葉を、わたしはまだ意味を知らないで祈っていた。
 今ならわかる。死を受け入れれば何も怖く無いのだと。

「わたし……妖精さんのことを信じているから!」

 震える声。

「だから……!受け入れれば、怖くなんて……!」

 すり潰すような悲痛な決意。しかし、その刹那に現れたのは──

「オラァアアッ!!」

 横から勢い良く飛び蹴りを食らわせる。
 同じ学園の制服、サファイアの髪、覚えがあった。
 覆いかぶさっていたリーダー格の男子生徒は衝撃に耐えきれずに吹っ飛ばされて行く。

「キミ!大丈夫?」
「ここは俺達に任せてクリソベリル区へ逃げろ!」

 エルネストとジョシュア。
 彼らがそこにいた。
 シャロンは解放されると咄嗟に、自分の胸元を手で覆い隠す。彼らを見て、安堵と驚きが隠せない。

「なんで……キミ達が……」
「さっさと行け」

 エルネストはシャロンのことを見ずにそのまま言い放つ。冷たく突き飛ばすような態度だったが、早くこの場から逃げるように促すための方便。

「逃さねぇぞ……逃さねぇ……ふ、ククククク」
「え……?」

 吹き飛ばされたリーダー格の男子生徒はゆっくりと体勢を正して立ち上がる。
 突如笑い出した不可解なその人物は蹴られても尚、エルネスト達には目もくれずにシャロンのことだけを見ていた。

「お前を……アイツらの元へ差し出せば大金が手に入る……一生遊んで暮らせる金だ。欲しいモノはなんでも手に入る。それほどの……!」

 焦点があっていない瞳。血走った目。口からは獲物を目の前にした獣のように涎を垂らしている。

「こ、この人おかしいの!……さっきとまるで様子が違くて。キミ達も逃げて!」

 彼はもう異常だった。次に何が起こるのかわからない。そのためエルネスト達に警告を出したつもりだったが、彼ら2人が答えるよりも先に男子生徒は懐から赤い宝石のような杭を取り出す。
 アレがもし本当に宝石だとするのならばいったいどれほどの価値がつくのだろうか。
 先が鋭く尖った杭。それを男子生徒は振り上げる。

「なんだ、あれ」

 禍々しく、美しく、毒々しく、艶やかに。
 天に掲げられた杭は煌めいた。

「願い給え!聞き給え!我らが讃えし妖精王よ!強欲なる宝杭、触媒となりて迷えし者の運命を導き給えぇええええ!!」

 狂気。まさに狂気のソレを振り下ろす。自らの胸に目掛けて。

絶対的欲求デザイアサクリファ!!」

 耳にした者の頭を刺すようなその声。
 ぱたた……と、地面に鮮血が散った。

「おいお前!」
「こいつ、なにして……!?」

 男子生徒の胸から血と共に宝石の杭が溢れていく。
 カチン、カチン。パキパキとガラスを割るような音。
 その度にミシミシと身体が軋む音を立ててビクビクと痙攣をする。
 植物が成長するように胸から生える宝石は、ぼたぼたと滴る血と同じく真っ赤で黒い。不穏な色をしていた。

「ぐっ……っあ゛!あ゛あ゛あ゛ーーーッッ!!」

 背中から6本の宝石が肌を突き破る。虫の脚のようにも見えるそれは羽を広げるように開いた。
 酷く醜い断末魔。生かさず殺さず。
 強烈な熱と痛みのあまり、胸を掻きむしろうとする。手は尖った宝石に傷付けられ、爪は宝石に傷ひとつも付けられずにボロボロになる。

 バギンッ。

 大きな音が最後、それと共に動きが止まる。まるで死んだのか、脱力した上半身をぶらりと垂らして。

「おご……ゴボ……」

 ビクン。口から血と黒い液体を吐き出しながら体を跳ね上げる。
 ギョロリと、左右があっていなかった目が、突如として目の前を見定めた。
 
「おいおいおいなんだよあれ!?」
強制犠牲者サクリファイス

 動揺するジョシュアに対してシャロンが口を開く。辿々しい口調で答えた。

異端者ヘレティックじゃない人間が一瞬で……強制的に犠牲者ビクティムになるの……」

 強制犠牲者サクリファイス
 そして犠牲者ビクティムとは。
 異端者ヘレティックの突然変異体である。
 犠牲者ビクティムは自我を失い、ただ欲望のままに動かされて破壊、殺害衝動が抑えきれなくなり、身体から宝石と同じ結晶を生成……支配された者のことを言う。
 本来ならばそれは必ず異端者ヘレティック犠牲者ビクティムに成り果てるモノだが、最近では異端者ヘレティックではない一般人でさえも、あの怪しい道具を使用して強制的に犠牲者ビクティムになることができるという。
 そして犠牲者ビクティムになった者は、生きたまま人間に戻ることは無い。
 
「道具使って即席で犠牲者ビクティムになるってことか?ならやることはひとつだな。ジョシュア!」
「おうよ!」

 2人はお互いに目で合図をした。

「死神が相手してやるよ!プロバティオ・ディアボリカ!」
「レクイエム・エテルナム!」

 眩く白い光。形を成し、妖精の影と呼ばれる蝶の形をした光を纏いながらそれは姿を現す。
 プロバディオ・ディアブロア。海のように深く、紺碧の夜空をも想像させるサファイアのような輝き。その姿は死神を思わせる大鎌へと形を現した。
 そしてレクイエム・エテルナム。暖かなその色は、輝く太陽を想像させるアンバーのような輝き。その姿は勇者を思わせる剣へと形を現す。

覚醒異端者フェイターだったの……!?」
「へへ、かっこいいだろっ?」
「あとは俺たちに任せろ。すぐに終わらせてやる」

 覚醒異端者フェイター
 異端者の瞳ヘレサイトの他に異端者の灰フェイトと呼ばれた、言わば武器を呼び出すことができる者をそう呼ぶ。
 異端者ヘレティックの中でも極一部にしかその力は現れず、どのような条件でなぜ彼らが選ばれているのかは全てが謎。
 ディアマントロード達が使用する銀の銃弾以外で犠牲者ビクティムに対抗できる力である。

「その鎌……ひひひ、不殺の死神ってぇのはお前、か」
「よく知ってんなぁクズ。そうだ、お前らクズ共の間では有名らしいな」

 不殺の死神。
 エルネストの通り名。大鎌を扱い、犠牲者ビクティムを一刀両断する姿は魂を狩る死神の様。彼を恐れた人々は死神と呼んだが、彼の異端者の灰フェイト犠牲者ビクティムを殺さない。
 通常、犠牲者ビクティムになっただけで死体と表現をするが、何故かエルネストが彼らにトドメを刺すと、体を支配する宝石は全て砕けて生き残ることができるという。
 ただし、命が無事だったとしても病室で目を覚ますか、そのまま死ぬかは本人の心次第。

「意外と気に入ってんだ、この呼び名はよぉ。さ、テメェに死よりも深い地獄を味あわせてやるぜ……死んで楽になるとは思わねぇことだな!」

 大鎌を構えて犠牲者ビクティムへ飛び出す。大きく振りかぶり、風を斬れば、犠牲者ビクティムは侵食された宝石の手で受け止めた。
 弾ける金属音。異端者の灰フェイトからはキラキラと宝石の欠片が散り、妖精の影が映る。

「っ……」

 シャロンはその瞬間から目が離せなかった。さらさらと、ゆっくりと空気に溶けていく宝石の欠片と妖精の影。
 そして、その光景を見ていたのはシャロンだけではなかった。

 ――――――

「あーあー。こんなところで使っちゃってさ……まぁいいや」

 エルネスト達と犠牲者ビクティムの抗争が繰り広げられている場所から少し離れた屋根の上。
 オペラグラスを外して、うんざりと首を振る青年。
 深いマラカイトの髪が風に揺れ、シトリンの瞳がゆっくりと瞬く。
 彼が手にしていた宝石は犠牲者ビクティムと成り果てた男子生徒が持っていた物と同じだった。黒く、禍々しい赤の色。
 青年は彼が犠牲者ビクティムに成る様を見届けると怪しく微笑み、口を開く。

「キミのその欲、僕が手を貸してあげる。……欲求承認サティスファイ……!」

 その言葉と同時に手にしていた宝石は割れ、破片は全て空気に溶けてゆく。黒く、ドロドロに溶けて、まるでインクを水に溶かすように。

「イマイチわからないんだよねぇ。こんな恥ずかしい言葉を言わされてさ……。ほんとに普通より強くなってんの?」

 自分で言ったにも関わらず、その言葉の意味と効果をなにも理解していなかった。
 つまらなさそうに、気怠そうに頭を掻く青年は屋根の上で脚を組み直して彼らを監視する。

「まぁ、今回のこれで監視の仕事は終わりだし別に良いっかなぁ。適当に報告内容書いてそれで──」
「もう、エドガーったら!お兄さまの大切な作品なんだからムダにしないでっ!アレにはたくさんのお金と資源とお兄さまの熱意がこもっているのよ!」

 身の丈と同じくらいか、それ以上の銃器……ライフルを携えた少女が彼に問い詰めた。
 アメジストの髪色に、オプシディアンの真っ黒な瞳。光が無いその瞳はどこか人形的。

「お金っていうか……盗んだり詐欺で巻き上げたお金、資源っていうか誘拐してきた人間、お兄さまの熱意っていうか……変態性癖?」
「そうとも言うわね」

 少女は納得をする。愛しき自分の兄への扱いがソレで良いのか。
 少女はエドガーと呼んだ彼の隣へ座るとライフルを構えた。何処を見ているのかわからない真っ黒な瞳でスコープを覗き、エルネストとジョシュア、シャロンの姿を確認した。

「……そう。今日が……」

 少女は呟く。誰に向けてでも無く、その言葉はエドガーには聞こえずに虚空へ消えた。

「ほら、よく見てごらん?いつもの2人組の男の子。とくに死神くんの方は厄介だ。犠牲者ビクティムを生かしておくことができるのだろう?欲望で動く、僕たち犯罪者にとって大きな脅威だねー。無事生き残れた彼がディアマントロード達に何を言うか……」

 再びオペラグラスを覗き込みながらどうでも良さそうなため息を吐く。そう、彼にはどうでも良いことだった。

「僕は男の子2人よりも、あの金髪の女の子が気になるな〜。いくらで買わせてくれるのだろう」

 ゾクゾクと微かに震わせた声はどこか興奮気味だった。
 興味があるのは別の意味でシャロンの方。エドガーのその発言に対して、今度は隣にいるアリスがため息を吐く。

「もー!エドガーにはアリスがいるでしょっ?」

 アリスが頬を膨らませながらエドガーの腕にしがみ付いた。オペラグラスを覗いていた腕が引っ張られて覗くどころでは無い。
 
「はいはい。アリス、彼らの監視を続けるよ」
「わかったわ、エドガー!」

 アリスと呼ばれた少女がニッコリとエドガーに笑い掛ける。ライフルを背負いながら、彼女はシャロンのいる方へ目を向けた。

「やっと再会できたわ。巫女様……」


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