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妖精事件は夜霧の中で ~【1話】【運命劇】うんめい‐げき


【運命劇】うんめい‐げき
 個人の意志と運命の力の戦い。あるいは運命に翻弄される人々の姿を題材とした演劇。または劇文学。
 多くは主人公を破滅させ、悲惨な結末を示す。
 しかし、それでも。主人公は運命を否定する。


 月夜に躍る影。夜霧の中を揺らぐ人影。 軽い足音。騒がしい足音。忙しない足音がその場を支配する。

「また殺人?今週に入ってもう3件よね?」
「女が野郎に殺されたってよー。浮気とかそういうのじゃねーか?」
「まだ犯人は捕まってないんだって」

 ごくありふれた殺人現場。なにも不思議では無いいつもの光景。つまり日常。噂をする者もいれば怖がる者もいる。しかしその日常のあまり何とも思わない者もいるもの。

「邪魔だからさっさと撤収してくんねーかな」

 心の無い言葉。被害者も加害者も関係の無い言葉は虚空に消えて行く。

 宝石都市エーデルシュタイン。国から採れる宝石と貿易で財を成し、その加工技術、宝飾技術は世界一。エーデルシュタインに来れば欲しい宝石は必ず手に入ると言われている大都市。しかし、綺麗なものに価値があるのはいつだって近くに汚いものが存在するとき。
 宝石都市、またの名を犯罪都市エーデルシュタイン。詐欺、殺人、窃盗、強姦……犯罪はエーデルシュタインでは日常の一部。民衆の間では1つの文化であり、娯楽だった。月夜を背に闇夜を駆ける怪盗に夢見る者、相手を騙して全てをいただく詐欺師に憧れる者、民衆を恐怖に陥れる殺人鬼に刺激を求める者。対して犯罪に立ち向かう部隊ディアマントロード。そして、妖精犯罪に立ち向かう"この世から見放された者達"。

「これは酷い……。どうか、死者にも妖精様のご加護がありますように」

 死体の横で膝を付いて祈るディアマントロードの1人。
 
 エーデルシュタインでは妖精が信仰されている。大昔に妖精が人間に幸福をもたらした伝説が元らしい。
 幸福。それは人生においての運命の1つである。
 運命を司る妖精のお導きとあらばどんな迷いや悲しみ、受け入れ難いことでも妖精の愛しきエーデルシュタインの子らは必ず受け入れなければならない。それが自分達に与えられた答えであり、幸福、運命。
 例えそれが、死でも。生でも。

「ギャレット博士、手掛かりになりそうな物を鑑識から借りてきました」
「ありがとな。なんだこれ、鏡の……破片か?」

 白い手拭い越しに破片を手に取る。キラキラと輝くそれは凶器にもなり得るだろう。眉をひそめて唸る。ギャレット博士と呼ばれた男性は白衣をだらし無く羽織る。青緑色のトルマリンのような髪を1つに結い、同じ色の瞳は機嫌が悪そうだった。いや、そういう顔なのである。

「はい。どうやら被害者の女性が愛用していた手鏡の一部だそうです」
「思い出の品?……どうだ?エルネスト。できそうか?」

 ギャレットが後ろに控えていた少年2人に鏡を差し出す。

「当たり前だろ。こんなの簡単すぎる」

 深い、夜の深海のようなサファイアの青色。その青の瞳は鏡を見据える。瞳と同じ色の髪が鏡に映し出されると、隣にいた太陽のように明るいオレンジ色の、アンバーのような髪も鏡の中に映し出された。トパーズの黄色い瞳がキラキラと輝く。

「エルの得意分野だな!っていうか指先切れそー……気をつけてやれよ?エル」
「そんな鈍臭いわけがないだろ」

 エルネストは鏡を手拭いのまま受け取るとガス灯の灯りにかざした。キラキラと輝いて辺りを反射する様子は宝石のようにも思える。

「エルネストだけを呼んだつもりだったが……ジョシュアまで現場に来なくたって良かったんだぞ」
「なにを言ってるんですかギャレット先生!?おれとエルは大の親友!そして相棒ですよ!!……それに、こいつ1人だと色々と心配で」
「納得」
「おい聞こえてんぞ」

 勝手なことを言っている親友と即答した教師に一言。

 確かに。今回の仕事は自分だけで十分な内容ではあった。それが声を掛ける訳でも無く、いつも当たり前のように着いてくる……いや、一緒に行動している親友のジョシュアからして見れば「来るな」と言っても着いて来るだろう。

 そしてエルネストは宣言をした。

「ジョシュア、ギャレット先生。今から俺の"異端者の瞳ヘレサイト"を使う」

 その言葉にジョシュアは自信あり気に頷き、ギャレットもまた頷く。
 少し離れた場所にいるディアマントロード達もエルネスト達の様子を見てはひそひそと、そわそわとし始めた。

「おいあれ……」
異端者ヘレティックだ。うわ……」

 異端者ヘレティック。彼らは例の如く異端者である。
 妖精に愛されなかったが故に、願ってもいない異能力、異端者の瞳ヘレサイトを得た。
 その力は他者を傷つけ、自分でさえも不幸に陥れる。それ故に犯罪行為に走る者も多い。むしろ、エーデルシュタインで起こる事件の多くは異端者ヘレティックが起こしているという情報も。
 犯罪者で無くとも、異端者ヘレティックであることが罪であり、不幸。そして犯罪者予備軍とも後ろ指を指され続ける。
 それが彼らの、妖精に見放されし異端者ヘレティックの運命なのだから。しかし、それでも。不確かで曖昧な存在、妖精が彼らを否定しても。運命に抗い続ける異端者ヘレティック達は存在する。

「物の記憶を辿る」

 エルネストの異端者の瞳ヘレサイトは"触れた物の記憶を辿ること"。目を閉じ、黒の手袋をしたまま鏡の破片に指先から触れる。

「ここだな」

 目を開く。青い瞳が一層深く青く、鮮やかに輝く。鏡に触れた指も先からぼんやりと青い光を放ち、そのまま指を移動させながら鏡の記憶を辿る。

「どうやら男と口論をしているな。内容は女の浮気だ。5股していたらしい」
「うわぁ」
「殺人犯は……その男なのか?……何か心配?訴えているようにも聞こえるが」
「どんな内容か聞こえるか?」
 
 ギャレットが隣にいるディアマントロードに小さな声で「よく記録しておけよ」と一言。

「金の話だ。……なるほど、この女は金が必要で複数の男から金を巻き上げていたらしい。それを犯人が止めに来たと」
「で?その犯人は誰なんだ?」
「……わからない。女とお揃いの鳥のカメオをしているが……」

 その記憶を辿り、光景が見聞きできるのは使用者であるエルネストだけ。
 言葉、音を聞き。映る視覚情報を交えながら考える。それを他と会話しながら推理して伝えるのは至難の業。

「激情して……どこかへ行った?……ナイフ?にしては大きいな」
「うーん?よくわからないけどキッチンから包丁を取り出したんじゃないか?」

 エルネストの言葉をもとに現場を想像するジョシュア。

「ああ。女はエプロンをしている。料理中だったのか?こんな時間に?」
「夜分遅くに訪問してきた犯人に振る舞おうとしたか……」

 ギャレットが唸る。エルネストが指を下にずらした。その瞬間。エルネストが声を荒げる。

「来た!時計がちょうど見える!被害者の女は22時16分に死亡!凶器は料理で使用する包丁!女は殺された!!」

 殺された。その言葉に、現場にいた者たちは一同にエルネストに振り返った。ギャレットの隣に立つディマントロードの1人もメモに書き留める。

「男は包丁をそのまま放り投げてドアから外に出て行ったぞ……かなり動揺している!慌てていたからかコートも荷物も証拠も!そのままにして逃亡!」

 ディアマントロードがメモを書き終えるとギャレットへ視線を向ける。そして応えるように頷いた。

「まだ近くにいるぞ。全員に知らせろ」
「「承知致しました!」」

 ギャレットの声を合図にディアマントロード達は走り去り、待機していた仲間達へ伝える姿をギャレットは後ろから確認をするとまだ鏡の破片に指を当てては興奮気味に記憶を辿るエルネストを見てはため息を吐いた。

「犯人はまだ、現場の近くにい──」
「あ」

 ぷつり。と。黒の手袋を突き破いて鏡の鋭い部分が指に刺さる。全身を青系の容姿でいる彼にとって血の赤はとても目立つ色。

「あーあーほら危ない」
「……」

 やれやれと首を振るジョシュアはエルネストの手首を掴み、もう片方の手を指に当てた。

「こんなん舐めときゃ治る」
「わ!不衛生!せっかく治癒の異端者の瞳ヘレサイトを使うおれがいるんだからさ」

 ジョシュアの瞳が一層鮮やかに輝くと傷に手を当てていた指先も仄かに光り出す。その温かな柔らかい光が消え、指を退かすと傷は跡形も無くなっていた。
 
「すげーな。お前の」
「だろー?」

 こいつのこの力が、悪用されなきゃ良いが。

 そうどこか心配をするエルネストのことなど知らず、親友に褒められて満面の笑みを零すジョシュア。
 2人がそんなやり取りをしていると、微かに聞こえるくらいの声量でディアマントロードがチラチラとこちらを見ていた。

異端者の瞳ヘレサイトじゃね?こわ……」
「邪魔だから早く帰ってくんねーかな」

 サボり。なのか。本来なら現場の検証などを行うはずが手と足を止めてお喋りをしている。

「……えー、エル?」

 何かジョシュアが察し、声を掛ける。が、エルネストがその言葉に反応することは無かった。ディアマントロードの方を睨み付け、今にも手と足が出そうになる。

「ディアマントロードに手を貸している奴の2人だろ?勝手に人の記憶を辿る奴と命の前借りをさせられているんじゃないかって噂の治癒能力だっけか!」
「最悪かよ。あいつらもどうせいつかはあっち側の人間なんだろ?だったら今のうちに逮捕した方が――」
「おい!そこのクソザコロード……」
「ひっ!?」

 いつものことでもあるため、ギャレットはエルネストを止めるために肩を掴んだがすでに遅かった。
 
「女は殺されている。お前らが到着したのは何時だぁ?22時46分。わかるよな?20分も遅れている。おっせぇなぁ?おっせぇ。おっせぇんだよ!!」
「おい馬鹿。やめろエルネスト!」
「ああ゛ッ!?先に手ぇ出したのは俺じゃねぇーだろうが!?」
「そういうことじゃあない!!あー、お前らも。こんなとこで油売ってねぇでさっさと犯人の捜索に行け!」

 嫌味を言っていた2人はぎこちない敬礼をすると散るようにして走り去って行った。

「離せ!一発ぶん殴らねぇと気が収まらねんだよ!」
 
 離せと言わんばかりに掴まれた肩を振り払おうとする。しかし、払うどころかジョシュアまでもエルネストの肩を叩いてニコニコと笑った。

「まぁーまぁ落ち着けよって。おれは気にしてないから。な?」

 その言葉を聞いてエルネストは舌打ちをすると少しだけ落ち着きを取り戻す。殴り掛かろうとする衝動は消えたものの、機嫌は悪いままだった。

「はぁ……あいつらの言うことなんざ聞かなくて良い」

 ギャレットがエルネストとジョシュアの肩を抱く。
 
「うお」
「元々聞いてねーし」
「だったらああやって喧嘩を売るんじゃねぇ馬鹿。エルネスト、お前にはジョシュアも俺だっている。仲間はいるんだ。気にするな」

 肩を抱く力をぎゅっと強くしてから背中を音が出るくらいに強く叩いた。

「った!」
「……」
「じゃ、先生はこれから最後の捜査に入る……。明日の授業に備えてさっさと帰れ」
「はぁあ!?俺も犯人捕まえに──いてっ!」

 大声を出して抗議をするエルネストの頭を小突く。頭を押さえて睨みつけるものの、先程までの嫌な空気は無かった。
 
「か、え、れ」
「先生、おれ達も犯人捕まえるのに協力しますよ」
「いや。ロード達で十分だ。なんせ、犯人と言えど今回はただの人間。これが異端者ヘレティックとかならお前ら2人の協力も仰ぎたいものだが……」

 犯人はただの人間。
 なぜそう断言できるのか。最近では現場検証の際、異端者ヘレティックがいたかどうかを判断する装置があるらしい。
 国家レベルの機密情報であるため明かされてはいないが、どうもキナ臭い。しかし、その装置の判断が外れたことは一度も無いという。
 
「ともかく。こっちは大丈夫だ。今日のことは気にしないで帰って寝ろ寝ろー」
「チッ……帰るぞジョシュア」
「おうよ!じゃあまた明日!ギャレット先生!」

 早々と立ち去るエルネストと手を大きく振りながら去るジョシュア。
 
「おう、明日な」

 性格が真逆な2人を見送る。2人の姿が小さくなる頃、ギャレットはため息を吐いては残っている仕事を片付けるために歩き出した。

「口は悪いし、手が出るのも早い。自分が言われた時は何もしないでいるのに、ジョシュアや他の異端者ヘレティックが文句言われたときにだけ凶暴になりやがって。……どこか不良には成りきれてないんだよなぁエルネストは」


 現場の隅。辺りでディアマントロード達が出入りをする横で優雅に行われているお茶会があった。

「クレア・ガルシア。29歳、カフェの店員、仕事が無い時間は体を使ってお金を稼いでいたみたい。まるで娼婦ね」

 少女はティーカップを片手に呟く。

「アンソニー・マクリトック。25歳、靴職人、13回。ジスラン・ロッシュ。32歳、新聞配達員、7回。……ダニエル・ブラウン。43歳、宝石商ね。27回……。すごいわね。しかもいちばん回数が多いのが宝石商だなんて。他の靴職人や新聞配達員とは大違い」
「玉の輿を狙っていたのでしょうか」

 用意された簡易的なラウンドテーブルに椅子。おまけに真っ白なテーブルクロス。
 ティーカップを待った少女と傍に立つ執事は現場の状況とは異質で優雅。異様な光景である。

「カイル、次に行くわよ」
「はい。ソフィお嬢様」

 ソフィお嬢様と呼ばれた少女は空のティーカップをカイルという執事へ差し出す。
 カイルはティーポットを取るとティーカップに紅茶らしきものを注いだ。

「これで3杯目ですね」
「っはぁー。さすがに吐きそうよ」
「それは仕方ないですね。重要な情報がなかなか出てこないみたいですから」
「どれもこれもダメ。犯人らしき人物の情報が無い……早く終わらせたいのに」

 項垂れたところを偶然、エルネストとジョシュアが通りかかった。

「行き詰まってんなぁ?」
「あら、誰かと思えば……誰だったかしら」

 わざとらしく首を傾げて考えるフリをする。

「良い挨拶じゃねぇか」

 負けじとエルネストも返す。少女は鼻でエルネストを笑うと肩をすくめてはティーカップに口をつけて仕事を続けた。

「……あとはもう最初の方に出てきた家族の情報しか読めないわね。もう出せる情報は全て出たってこと?」
「犯人の情報探してんのか?」
「ええそうよ。……って、なに?まだいたの?」

 嫌そうな顔で視線をエルネストに向ける。

「おもしれぇ顔してたから」
「ムカつく」
「エルネスト様、ソフィお嬢様は仕事中なのでできればそっとしておいていただけませんか?面白い顔をしていますが、フ、フフ、行き詰まっているので」

 ソフィは傍にいた執事までも笑うのを見て怒りを露わにする。ギロリと音が出そうなくらいの視線をカイルへ向けた。

「もう、犯人と被害者の関係がわかれば良いだけよ」

 ソフィはぶつくさ言いながらカイルが書き留めているメモを1枚1枚捲る。

「気になっていたんだけどよ。その、さっきの27回とか……なんだそれ」

 ちょうど通りかかったときに聞こえたフレーズ。前後がわからないエルネストにとって何を意味する数字かわからずそのまま聞いたが、場が凍りつく話題だとは思いもしていなかった。

「一生わからなくて良いわ」
「暴言だけで無くセクハラ発言も行うとは。恐れ入りますね」
「は、はは……」
「あ゛?っていうか、なんでジョシュアまで黙るんだよ」

 カイルの発言も気になるが、目を合わせようとしない親友が気になる。口元が変に緩んでいて気持ちが悪い。
 
「まぁエルは知っても知らなくても――いへへ!ほっへひっはるらよぉ!……後で!後で教えるからさ!この話はやめよう!!」

 引っ張られた頬を摩るジョシュア。モヤモヤしたまま、強制的に話を終わらせられてしまい、どこか納得がいかない。
 
「?……わっかんねーな」
「そんなバカみたいな話はいいわ。貴方達は?もう仕事は終わったの?なら、帰りなさい。仕事の邪魔よ」
「はー?優雅にお茶を飲んでいるようにしか見えねーが?」
「そう。なら一緒にお茶をしても良いのよ」

 ソフィがティーカップの中をエルネスト達に見せた。真っ赤な色の紅茶……にしては色がおかしい。香りも良いものでは無く、むせ返るような酷いものだった。

「あ。ああ……そういう」

 察したジョシュアは鼻を押さえて顔を顰めながら目を背ける。

「被害者の、女の血か」
「そうよ。忘れたかしら?私の異端者の瞳ヘレサイトは血の情報を得ること。人物の個人情報が全てわかってしまうのよ。……前も話したような気がするのだけど?」
「いや、そうやって血を飲んでいたのかは知らなかったからな。てっきり、吸血鬼みてぇに直接死体から吸うのかと思ってたぜ」
「そんな気持ち悪いことしないわよ。ただでさえ好きで血を飲んでいるわけでもないのに」

 ティーカップに口を付けようとする。さっさとこの場を去ってほしいように冷ややかな目でエルネストにもう一度忠告をした。

「私達はまだ仕事中なの。邪魔をするならさっさと消えてもらえるかしら?」
「仕事が遅いお嬢様のお手伝いをしてやっても良いんだぜ?」
 
 お互いがお互いに文句を良い、悪態をつく。

「仲悪いなぁほんとに……」
「ええ、本当に」

 ジョシュアが項垂れる。カイルはくつくつと笑い、満更でもなさそうだった。
 負けず劣らず。エルネストとソフィは同じ舞台に上がることが多かった。
 同い年で同じ学園。成績は優秀。そして同じく異端者ヘレティックであり、事件の捜査に協力していること。
 それになにより、性格が似ていること。
 
「貴方みたいに物を触って終わるような異端者の瞳ヘレサイトじゃないの。しかも、なに?見てたわよ。指を怪我したのでしょう?ふふ」
「血はやらねーぞ」
「だぁれが、貴方みたいなクズ野郎の血なんか飲むのよ!汚い……!」
「んだとクソ女ァ!」
「ひ、ひえー!エルやめなよ!ソフィちゃんも煽らないで……!」

 慌ててジョシュアが二人の間に入り止めたが、ソフィの氷のように冷ややかで尖った視線はジョシュアの心臓をブッ刺した。
 
「ソフィ、ちゃん……?ジョシュア、貴方にそういう風に言われる筋合いはないのだけど?いつから私とそんな仲になったと思っているの?」
「は、はひ……すみません……フレーザーさん……」

 一瞬にしてエルネストの後ろに隠れる。怖かったのか震えていた。

「俺の相棒をどうしてくれんだよぉ!?」
「なってないわねぇ!?犬の躾くらい、飼い主がしっかりなさい?」
「生憎、ジョシュアは立派な犬っころで――」
「こらエル!よそ様に迷惑かけない!!」
「飼い主お前かよッ!」

 やいのやいの。ぎゃーすかぎゃーすか。
 同レベルの争いが続く。
 笑って見ていたカイルもさすがに顔が引き攣り始めた。無言で執事服に隠し持っている銃を取り出すと、星々が煌めく夜空に向かって2発。撃った。

「そろそろ落ち着きませんか?皆様」
「「はい」」

 カイルの声のトーンはいつも通りだった。顔もいつも通り。ニコニコしていて優しい声。そう、表向きは。
 
「お嬢様はまだお仕事中です。私達も貴方方と同じく、明日は学園なので早く終わらせないといけませんので……」

 申し訳なさそうにお辞儀をしているが、手には煙が出ている銃を持っている。先ほどの銃の扱いからして相当キレているようだった。
 庭先の薔薇の手入れが似合うような男だが、実際には殺した人間の血で薔薇を染め上げてそうな男。

「ああ、そうだ」
「まだなにか?」

 エルネストが思い出したように口を開いた途端、カイルが銃口を口の中に捩じ込んで来た。

「おわー!?ごめんなさい!ごめんなさい!」

 ジョシュアは悲鳴を上げながらエルネストを引き剥がして後ろへ突き飛ばす。
 べしゃ。と、転んだエルネストだったが、すぐに立ち直って思わず両手を上に上げた。

「もう何もしねーから!しかもまだ何も言ってねーだろうが!」
「失礼致しました。つい……」

 悲しそうな困り顔で銃口を拭うとそのまま懐へしまった。もう何もしませんと言わんばかりに両手を広げる。
 
「ん……さっき異端者の瞳ヘレサイトを使ったときに引っかかるもんが見えて……鳥のカメオって聞いて何かわかるか?」
「鳥のカメオ……被害者のクレア・ガルシアが大切にしていた物ね。病弱な親が自分達兄妹にって贈り物をしたらしいわよ。それが?」
「兄妹……それだ!」

 被害者と犯人がお揃いで持っていた鳥の彫刻が施されたカメオ。なぜ同じ物を持っていたのか話が繋がる。
 
「犯人はクレアの兄だ!」
「……!なるほど……じゃあ彼女がお金を必要にしていたのは……」
「「親の治療費を稼ぐため!」」

 エルネストとソフィ。互いに目を合わせて大声を出す。

「嬉しそうですね。お二人とも」

 二人は大変仲が悪い。それは舞台が常に同じだから。ということもあるが、なにより似ているからだ。
 視覚の情報を辿るエルネストと個人の情報を辿るソフィ。見方、見える場所が違うからこそ互いの情報が必要なときもある。
 
「でも、そんな殺さなくても……」
「そこからは本人の話を聞くしか無さそうね。ま、簡単に口を割ってくれれば良いのだけど。……じゃないとまた私が血を飲むハメになるんだから……」
「では、ギャレット先生に報告して早く帰りましょうお嬢様」
「ええ」

 カイルが空のティーカップを拭うと、別のティーポットから口直しのための水を注いだ。

「俺らも帰る。ありがとなソフィ、お陰でスッキリしたぜ」
「またねー!」

 エルネストとジョシュアはそう言うと手を振ってその場を後にした。先程まで文句を互いに言い合っていたその男はどこか晴れやかな顔だったようにも見えた。とか。

「くっ……」

 口直しで飲んでいた水を飲み干すと、音を立ててティーカップをソーサーへ置く。

「おやおやどうしましたか?カップとソーサーが壊れてしまいますよ」
「く……くや゛しい゛〜!」

 悔しい。エルネストにヒントを出されたこと、そしてなにより……

「なによ最後の!あの顔!ムカつくわ……!」
「ただ礼を言っただけではありませんか」

 あんなに文句を言い合っていたのにそういうときにだけ素直に物が言える。エルネストのそこが大嫌いらしい。

「はぁ……同族嫌悪、かと思えば……。どうやらお嬢様の方が頑固で天邪鬼ですよねぇ」
「なにか言ったかしら?」

 鬼のような形相でカイルを見上げる。

「いいえ、なにも。さ、帰られたらお口直しにジェラートをご用意致しましょう」

 執事は扱い難いお嬢様を宥めながら、帰り支度をするのであった。


「フレーザーさんも大変だね。あの量の血を飲み続けなきゃいけないとか……うぷ、想像しただけで吐きそう」
「その隣で、何食わぬ顔で笑っている執事も気味が悪い。あいつも嫌味っぽいし……っていうか執事の方は名前ぐらいしかなんも知らねーな。あとなんか……物騒。ジョシュアはなんか知っているか?」
「え?うーん……」

 ソフィについてはよく会話(喧嘩)をするからかある程度は知っている。しかし、その隣に付き従う彼女の執事については知らないことばかりだった。

「カイルも異端者ヘレティックなのかな?」
「いきなり銃をブッ放つし、異端者っていうか……異常者?」
「あー……」

 大変失礼だが納得。そう思いながら帰りの路地を歩いていると向かいから全速力で走ってくるローブの人物がいた。フードも深く被り、体格もわからなければ男か女かさえわからない。
 ジョシュアがその人物に気がつき、エルネストに声をかけようとしたがすでに遅かった。
 
「うわっ!!」
「いてて……おい、気をつけ――」

 避ける間も無くぶつかる。その刹那、エルネストは不意に異端者の瞳を発動させてしまった。
 相手のフードの裾が微かに手に触れる。

 あ――

 見える光景。ゴポゴポと漂う泡の音。暗がりの中で発光する大きい水槽。
 その水槽の中にはたくさんの管に繋がれた少女の姿。シトリンの、金色に輝く髪が水の中で漂い、服を纏わず、ただ、その中で光の無いエメラルドの瞳と目が合う。

 なんだよ、これ――

 病院?研究所?わからない。
 そう思うと今度は背後から男の声が聞こえた。

「おーやおやおやおや……大変、大掛かりな健康診断デスねぇ」

 記憶の主が男へ振り向こうとした瞬間。

「エル!!」
「っは!?」

 ジョシュアの声で意識が戻る。どうやら異端者の瞳ヘレサイトを誤って発動した勢いで一瞬だけ気が遠くなっていたらしい。
 ジョシュアが言うには勢いよくぶつかったが、フードの人物は振り返りも謝ることも無くそのまま消えて行ったそうな。

「思わず、謝れよーとか言っちゃった。大丈夫か?立てる?」
「あ、ああ」

 差し伸べられた手を、一瞬だけ拒んだ。しかしそれを見逃さなかったジョシュアは無理矢理エルネストの手を握りしめると引っ張り上げる。

「珍しいな。誤発」
「ん……」
「またギャレット先生に見てもらうか?」
「健康診断……」
「はぇ?」
「いや、なんでもない。ジョシュア、誤発したことは黙ってろ。いいな?」

 構わずエルネストが歩き出すと、ジョシュアは何にも理解していない顔のまま首を傾げて、彼の後を追った。

「お?おー。わかった」

 前を歩く彼を追いかけて、二人は家を目指した。


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