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ある米軍戦車大隊長のLorraineの記憶

アメリカ軍第四機甲師団『コンバットコマンドA』第三十七戦車大隊を指揮する中佐殿はLorraineの戦い一番の激戦であったArracourtの戦いを以下のように記憶している。

「激戦だった。劇的だった。この話を何度したことかな」
「まず(9月18日の)夜に、敵の戦車が動いているのが聞こえたんだ。たぶん、後方の集結地点から前に出てきたんだろうなと思って、ベラルド少尉を徒歩で偵察に出した。道に履帯後がついてて、思った通りだった。」
「あの時、大隊は本隊から離れていて、支援を受けられそうもなかったんだ。だから夜のうちに警戒線を前に出して、部隊を全周防御へ移行するよう命令を出したね。」

しかし、朝が来ると、敵戦車より先に濃い霧がやってきた。
「視界は75ヤード(70メートル)ほどかな。敵戦車が動いているのはずっと聞こえていたんだが、最初は見えなかったな。」
姿を表さない敵にヤキモキする中、警戒線に配置された軍曹が報告を入れる。
「敵戦車、道路進軍中!」
聞こえるや否や、一台目のパンター戦車の姿がおぼろげながら見え始めた。
中佐殿は命令を下す。
「まだ発砲するな。引き付けろ」
律儀に道路を一列に並んで行軍している彼らは、中佐殿の二台のシャーマンへ側面を晒していることに気づいていないようであった。
二台、三台と増えていき、十台目にて敵の最後尾が見えると、中佐は発砲命令を下す。
二台のシャーマンは矢次に敵を撃破し、七台を破壊、残りのパンターは後退する羽目になった。

この事について、中佐は語る。
「特になにもない日の朝は、日々の訓練教育として、いろいろな事を話すんだ。あるときはカモフラージだったり、あるときは警戒任務だったり。あとは、視界が悪いときの戦闘法なんかだったり。で、ここにそれをちゃんと覚えていた士官と兵がいて、この戦果ができたんだ。特に警戒任務の軍曹はよくやってくれたよ。」
そして、戦果にジョークも添える。
「まさか朝食より先に戦車を食う羽目になるとは思わなかったな」

そこから中佐は指揮に専念する。C中隊が苦戦しているとの報を受けた中佐は、B中隊を救援に向かわせる。その途上、B中隊長戦車が敵の対戦車砲に撃破されると、大隊長である中佐自ら前進し、その対戦車砲を撃破し、B中隊の指揮を取った。また、B、C中隊が迂回され、側面攻撃を受けると、その側面攻撃を行う戦車隊に対し、中佐がこの戦車隊への側面攻撃を敢行し、B、C中隊が再編成する時間を稼いだ。シャーマン戦車は正面戦闘では、ドイツ軍のパンター戦車やタイガー戦車に対し不利であったが、機動し、側面や背面を取ることができれば、彼らに対し優位に立つことが出来た。

日が落ち始めると、中佐は仕上げとばかりにC中隊の一部を後退する敵戦車隊の後方に進出させ、逃げるパンターの横から後ろから攻撃を浴びせる。夜の訪れにより、戦いは中断されざるをえなかったが、もし継続していれば、後退する敵戦車により多くの損害を与えられただろう。この日、9月19日に始まり、22日に終了した四日間の戦いにて、米軍は五十五台の敵戦車を撃破する一方、十四台の戦車しか失わなかった。

戦闘は、大枠の上では米軍の大勝利に見えた。また、中佐が好んで語る逸話も英雄譚の部類である。しかし、好んで語られる話があるということは、語られない、より苦しみに満ちた話もあるということである。

その一部が、中佐の手紙における感情の吐露からも見て取れる。
「妻よ。俺は無事で、生きている。」
「ただ、俺の心は無茶苦茶になっちまった。失ったものに、間違えたことに、憤りに…とにかく無茶苦茶で、だから、しばらく手紙を書けてなかったんだ。」
「つらい日々が続いている。敵は熱狂的に攻撃してくる。この週は特に疲れる。服を脱ぐ暇もない。ほとんど雨に打たれ続けてる。寒い。短い昼寝以外は寝れてない。食べる暇もなければ、考える暇もない。攻撃、攻撃、攻撃だ…だから最近手紙を書けてなかったんだ。だから休んでなくて、疲れて、疲弊して…いろいろなことがどうでもよくなるんだ。」
「そういう時でも、そういう時だからこそ、兵士たちは誰かに導かれなければいけない…誰か、前向きで、自信があって、頭がいい誰かに。誰かがやらねばらないんだ。」

「お前が、俺と、普通の世界の、最後のつながりなんだ。全部をひっくるめて考えると、家と家族しか大切じゃないんだ。」
彼は、心の底から、打ちのめされていた。

彼が語った『憤り』の一つが、米軍戦車の能力不足にあったことは、想像に難しくない。戦闘後、この大戦闘の評価を行うため、陸軍武器科の士官が第三十七戦車大隊を訪れた。陸軍武器科の士官は直ぐ様、大隊の戦車に幾つか規定違反の改造が成されていることに気づく。
「この.50Calは空軍用のものじゃないか」
「こちらの方が発射レートが高いんだ」
武器科の士官は不機嫌になった。
「それは弾薬の消耗量が増えるじゃないか」
しかし、激戦を経験したばかりの中佐殿も譲らない。
「ならシャーマンの主砲に、十分な初速が出て敵戦車を貫通できる砲をくれよ」
士官は呆れたように返す。
「砲身寿命が短くなるだろうが」
中佐は、激怒する。
「その砲身の代わりに、戦車を失うことになるんだぞ!」

陸軍武器科の杜撰な対応に腹を立てたこの中佐は、偉くなろうと決意する。そして、暁には、二度と米軍の戦車兵が敵戦車に対し遅れをとることがないことを誓う。

第三十七戦車大隊を指揮した、この中佐の名はクレイトン・エイブラムスと言い、後のアメリカ陸軍参謀総長である。彼は任期中、米軍次期主力戦車M1の開発に中心的な役割を果たすことになる。

そして、あなたはこの物語の続きを知っている。


参考文献
Sorley, Lewis, "Thunderbolt: General Creighton Abrams and the Army of His Time", 1992, p60-64
Cole, Hugh, "The Lorraine Campaign", 1949, p222-233
物語性の為、一人称化など、一部、改変・脚色あり。

表紙画像
4th Armored Division, Combat Command A on advance.
Cole, Hugh, "The Lorraine Campaign", 1949, p523, Public Domain.

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