見出し画像

孝明天皇が宮中秘伝「切紙神示」(紙切り神示)で最後に受け取った予言とは!

美しい地球に住む親愛なる皆さんへ
いつも「Pneuma」のブログをご覧いただきありがとうございます。

「切紙神示」は、天皇が神掛かりになって、神霊に導かれるまにまに紙片を並び替え神示を乞う、天皇家に伝わってきた秘術です。

佐藤紋次郎が口述した『たまほこのひ可里』によると、幕末の天皇である孝明天皇は切紙神示を用いて、立替えのために社会の争乱や飢饉・疫病や天変地異、さらに日本対世界の大戦がおこり、地球の大掃除があったのち、新世界が出現するといったことや、綾部に大本が出現することや、米国の侵略から日本を救うのは出口王仁三郎だと予言していた。

孝明天皇はそれを切紙神示を、「皇国の神術」または「神国の秘法」と呼んでいた。

孝明天皇が宮中秘伝「切紙神示」(紙切り神示)で最後に受け取った予言とは!

千百年ものあいだ日本の都だった平安京の、最後の天皇となった孝明天皇は、次の新しいミレニアムの幕開けを切紙神示によって覚(さと)ったのだ。
しかしそれは順風な幕開けではなかった。
切紙神示は次のように日本の未来を警告した。

「日本のミ九サ(三種)の神タカラ(宝)とヒノマルのミハタ(御旗)をベーコク(米国)はウバウタクミ(奪う謀み)、ユダンスルナ」

「日米戦の状態は天はヒコーキ、ヒコー千(飛行船)、バクダン、地は旭のミハタ、大ホ(大砲)、タン九、ウミヲクグルマノフネ(海を潜る魔の船=潜水艦)」

惨憺たる日本の将来に孝明天皇は震撼とした。
そして、神武建国以来、日本を統治してきた天皇は日本を護るために意を決して立ち上がったのだ。

「ヲーワニ神のオヤク(御役)、二千六百年で七十のトシ(歳)、神が見止めて神が守る」

「出口ナクセバ日本はホロブ」

ヲーワニとは出口王仁三郎のことである。
王仁三郎は俗に王仁(わに)三郎とも呼ばれ、皇紀二六〇〇年(昭和十五年)に七十歳となる。 
孝明天皇は数十年後に出口王仁三郎なる人物が丹波の綾部に出現することを切紙神示によって知った。
そして彼を「みろくの大神」と呼んだ。
孝明天皇は日本を救う「みろくの大神」=出口王仁三郎の登場を待ち望んだのである。

禁門の変の激しい戦いで、宮中(皇居)の中にも銃弾が飛び込んできた。 
孝明天皇は死を覚悟して「遺勅(いちょく)」(天皇の遺言となる勅命)を書き、最も信頼できる部下にそれを託した。
そして皇紀二六〇〇年になったら70歳になる「みろくの大神」に渡すよう命じた。
その遺勅は、敬神尊皇の熱い心を持つ旭型亀太郎と佐藤紋次郎という二人の男によって大切に守られ続け、昭和十七年に出口王仁三郎のもとに届けられた。

ここに王仁三郎は一つの仕組を施した。
自分が昇天してから五十年後に、孝明天皇の遺勅が表に出るようにしたのである。

そして平成十年(一九九八)一月十九日、王仁三郎の五十年目の命日に、封じられていた仕組の「玉手箱」が開いた。
『たまほこのひ可里』が「熊野館(くまのやかた)」で見つかったのである。

出口王仁三郎といえば、一宗教(大本)の教祖に過ぎないと思っている人が多いかも知れませんが、孝明天皇の「皇国の神術」、切紙神示で予言されていたということを知るだけでも、出口王仁三郎に対する見方が変わると思います。

次のブログでは、出口王仁三郎が予言した日本と世界の立て替え・立て直しの予言について書きたいと思います。
出口王仁三郎の予言は100%の的中率だと言われています。
この予言を事前に知っておくことは重要です。
もし予言通りのことが起きたときには、どのように行動すべきかの指針にもなると思います。


皆様に沢山の幸せが訪れますように。

「Pneuma」無料メルマガ
「Pneuma」の無料メルマガはブログでも書かないような、メルマガ読者だけの情報も発信しています。

無料メルマガの登録は、ここをクリックして「Pneuma」ショップのメルマガからご登録ください。

「Pneuma」 YouTube公式チャンネル
超瞑想 人類最高の叡智 Pneuma
瞑想タイマー動画、誘導瞑想、金運アップのサブリミナル音源、クリスタルボウル演奏動画などをアップしています。

「Pneuma」スピリチュアルショップ https://omamori.shop-pro.jp


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?