謙虚さに関する私見

「謙虚さ」には種類があると思う。
一つは、自己肯定感の低さに伴うもの。あまりいいことではない気がしてしまう。
もう一つは、自分の立ち位置を客観的に観測したうえで発生する、理想と現実のギャップに基づくもの。
向上心ともいうべきか?

ここで思い出した作品がある。
中島敦作『山月記』では、李徴は「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」のもとに、虎と化した。「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。」という節で言及されているのは、今見ればソクラテスのいうところの「御者」に当たるものなのだろうか。

イラストレーションも資格学習も語学学習も総じて、年齢を重ねて改めて見つめることで、根底から見えてくることが多々あり、学びが益々楽しい日々である。ただ、なぜ学ぶのかと人に問われたならば、私はこう答えるのだろう。
「理想を見失いたくないから。」

結局私はソクラテス信者で、ルソー信者だったな、と再確認して筆を置く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?