初めてパチンコに行った話

先日、友人に案内してもらいながら初めてパチンコを経験した。

「絶対ハマるからやらない」と思っていて20数年が経ったし、今後もやるつもりもなかったが、このまま経験せずに死ぬのももったいないと思ったのが、きっかけ。

それに加えて、近年のパチンコは比較的快適環境にも変化しているらしい。ご時世というのにも後押しされ、全席禁煙になったり、換気が徹底されていたり、かつては考えられないほど改善されているそう。確かにパチンコというと、非常に騒BGMが煩く、暗くてタバコ吸いながら、目が死んだ大人たちが朝から晩まで打ち続けている印象があった。その印象は覆された。掃除が行き届いているのか綺麗で、籠もった匂いもなく、初々しいカップルとかもいた。それだけで行った甲斐はあったよ。

肝心のパチンコだけど、遊んだ感想は「よくできてるなあ」ということだった。ある程度ぼーっと眺めるだけなんだけど、ちょっとは操作しないといけない。左打ちのときに右打ちにならないように気をつけたり、穴に入れるためにコントローラーの捻り具合を変えたり、仮抽選の玉が3つから4つになるくらいになったら、打ち出しをやめたり、要所要所に、ちょっとした気遣いが必要な部分が多い。

この気遣いが重要だと思う。多分すべて全自動だと飽きそうだしなあ。基本的に眺めているだけで、玉が入って抽選が開始されるのを待つだけなんだけど、時々自分の操作が入るからいい塩梅に緊張感が残ってる。その緊張感のおかげ(?)で長い間遊べるんだろうなぁとか思ったりする。

この中で特に「ナルホド!」って思ったギミックが、右打ちと左打ちの概念。レバーを弱くひねるとパチンコ玉があまり強く弾かれないので、左側のレーンに入る。一方、レバーを強くひねると、パチンコ玉が強く弾かれて右側のレーンに入るような仕組み。パチンコは基本的に左打ちが中心で、左打ちによってあたりが出たときなど、特定のタイミングだけ右打ちになる。

これが良くできてて、ぼーーっとみてると、レバーを回す力が入っちゃって左打ちをすべきなのに、右打ちになるときがある。左打ちの場面で右打ちをしてしまうと、すべて全く意味のない玉となってしまう。つまり右側に行くだけ、僕たちは損をしてしまう。

ということもあって、基本的には左打ちになるようにレバーを握っておく必要があるのだけど、このギミックのせい(おかげ)で、プレイに緊張感が生まれる。この緊張感がパチンコの面白さに起因してそうだと思う。

漫才では、「緊張と緩和」が重要などというが、パチンコにも当てはまるんじゃないかと思うこともある。基本的にレバーを握っている間は「緊張」。その後大当たりなどを引いて玉を打つ必要がなくなった場面は「緩和」。この繰り返しが快感を生んでるのかもなあ。とパチンコを打っている時、一人で納得していた。

んで、座ってある程度使い方を覚え、玉を撃ち続けること数分、すぐにあたりが!あたりのギミックえげつない!ひかるし、なんか落ちてくるし、よくわからんパーツが回るし、ボタンを押せとか言われるし、すごくバタバタしてた。

パチンコには「継続」というのがあるという。大当たりが出た後に、再度大当たりが継続するかどうかを占うものだ。それが50%だったり、60%だったり色々あるそうなのだが、この「継続」が続くと大きく勝つことができる。

僕が直後に大当たりを引いた後の継続結果は・・・「継続なし」となった。まあそんな世の中うまくいかないよね。結局最初の一回を除いて大当たりは全く出ず、追加で数千円入れてもリーチすらかかることがなかった。まあ負けてよかったのかもしれない。買っていたら一人でふらっとパチンコに繰り返し足を運んでいた可能性も否めない。最初の大当たりが忘れられずに、その日は何度もお金を入れてしまったのだから。

パチンコ体験は以上。怖い部分もあるけど、間違いなく楽しい部分も多いと思う。また行きたいなあと思うことも多々あるが、一人で行くとガチハマりしそうなので、また友人といきたいものだ。