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安田洋祐氏と考える、経済的視点から見るルールメイキングとは〜【PMI Bureaucracy Community】

1. はじめに

PMI Bureaucrat Communityでは、国家公務員メンバーを中心に定期的な勉強会を行っております。

今回は、大阪大学教授の安田洋祐先生をお招きし、「市場とルールメイキングを考える」をテーマとしたイベントを開催しました。

イベントでは、「ルールメイキングにおいて、経済学モデル(市場)を取り入れることでどのように法規制の在り方を改善できるか」について、安田先生から知見を得るとともに、参加者の皆様を交え、議論を深めていきました。

2. イベント概要

■ 開催日時:2022年8月8日(月)20:00 〜 22:00
■ タイムライン:
①安田先生のご講演
②ディスカッション
- ディスカッションテーマ①:ラディカル・マーケット内で提案されている二次の投票(QV)の実装について
- ディスカッションテーマ②:マーケットデザインによるルールメイクと、法規制・規範によるルールメイクとの役割分担
■ スピーカー:大阪大学教授 安田洋祐先生

3. 講演内容

① 安田先生ご講演

<なぜ政治や経済の仕組みのアップデートが必要なのか?>
安田先生
 
最近、民主主義はうまく機能していないかもしれない。コロナ禍の対応だったり、この10年20年の経済成長で見ると「民主主義に比べて権威主義的あるいは独裁政治的な方がパフォーマンスが良いのではないか」ということがミクロなエビデンスに基づいて実証されつつあります。

民主主義 X 資本主義」というのはかつてはゴールドスタンダードだと考えられていたけれど、例えば、経済の仕組みは市場主義、資本主義を使うんだけれども政治に関してはより機動性を発揮できる権威的なものを取るという組み合わせが再注目されています。代表的な国家像としては中国だったりシンガポールだったり、そういった国ですね。

<各システムが直面する”制約”>
安田先生  
各々の政治や経済体制でのメリットデメリットをもう少し考えていきます。

各システムが直面する"制約"

民主政治:制約がある。
政策を実施していく上で、政治的権限を握るため「選挙に勝たなきゃいけない」「支持率を気にしないといけない」といった制約
国家プロジェクトなどをやるために、基本的人権などの諸々の制約

独裁型・権威主義型政治:制約はない。
しかし、選挙や支持率を気にしなくていいので、民意や世論を拾いにくくなっていく。経済学の言葉で言えば、情報の非対称性に直面している。
政権交代がないため、試行錯誤がない。

市場経済:制約がある。
組織が生き残るため、「一定程度の利益を上げる必要がある」といった制約。株主が重要で、それがないとマーケットシェアが小さくなってしまう、もしくは市場から駆逐される。
私有財産を保有しなければいけないので、この範囲の中でしか自由な経済活動ができないといった制約

計画経済:制約はない。
しかし、権威主義型の政治が抱えているのと同じように、情報の非対称性に直面政府が作ったものが本当に良いのかわからないイノベーションが起こりにくい。試行錯誤が促しにくいので、いろんなものを試していって失敗するといった新陳代謝を人工的に作るのは難しいのではないか。

安田先生講演より

<手段(選挙・利益)の目的化>
安田先生 
日本などの民主主義的な諸先進国が苦戦しているのは何故か。一言で言うと、手段と目的が逆転しているのではないか
制約条件として民主政治であれば、選挙に勝つ・支持率を維持する。経済で言えば、組織が存続していく上での利益や株主への価値想像が必要になってくる。こういう仕組みが回り出すと、当初制約だったものが目的化してくる。

経済でも似たようなことが起きていて、利益は我々の生活を豊かにするためのものだったが、利益を増やすための仕組みを強固するといったように目的と手段の逆転みたいなことが起きてくる。それを解消するための取り組みとして、新しい資本主義と言っている風にも解釈できるんですね。

<なぜ格差は政治で解決できないのか?>
安田先生 
経済的な問題でわかりやすいのが、多くの国で苦しんでいる格差の問題があります。1人勝ちしてしまいやすい構造だったり、今の税制だったら、資本主義が格差を増長してしまうのは、不思議ではないと思います。

政治はどうか。経済が暴走した時に歯止めをかけられる存在の1つが政治になります。経済はある意味お金の力で物事が決まっていくプラットフォームに対して、政治は政治的意思決定が1人1票なので、経済における1円1票・1ドル1票みたいな世界の歪みを政治で取り戻すのは自然な発想です。そのメカニズムを専門用語っぽく表したのが、中位投票者定理です。

中位投票者定理:
多数決投票における均衡に関する定理の一つ。 中位投票者とは、各投票者の選好に基づいた各人にとっての最適点を一直線に並べたとき中央値となるような最適点を持つ投票者のことである。

安田先生講演より

しかし、こうした格差の問題は現実的に、政治では解決できていない。その理由として考えられるのが、政治の投資理論になります。

政治の投資理論:
政治のシステムにおいて、ビジネスエリート等の裕福な人々が政治に影響を与えることを示した理論。従来の中位投票者定理に代わって提供されたモデル。

安田先生講演より

資本主義の世界を正すための政治だったはずが、政治の投資理論もかなりお金の力が働いてしまうのではないか。経済の歪みを直してくれるもののはずが、結果、どちらも機能しておらず、1人1票の古めかしい投票の仕方をアップデートする余地があるのではないか。

<ガバナンスと最適化問題>
安田先生 

少し経済の話を戻すと、企業は、営利企業と公的企業に分けられると思います。

営利企業
- 目的:利潤の最大化で制約条件は特にない。
- 問題点:短期的に社会課題解決はできないかもしれない。

公的企業
- 目的:社会的価値の最大化を原理的にはできる。税金など採算が確保されている土壌で事業を展開できるケースも少なくないので制約条件はそんなにない。
- 問題点:競争力がないので非常に非効率なことをやってしまう可能性はある。

安田先生講演より

これからの企業像として語られるのはSDGs型とパーパス型の2つ類型化があると思っています。SDGs型は受け入れやすく、大半の企業はSDGs型だと思います。パーパス経営型はちょっとハードルが高くて、目的と制約をガラッと入れ替えないといけないので、上手くガバナンスを効かさないと次のような問題も出てきます。

"新しい"資本主義?
これからの企業の課題

時間の関係で、COSTの方は説明を省きますが、Common Commitmentを見て行きましょう。

<Common Commitment ジレンマの解決ー新しいタダ乗り防止策?>
安田先生

共同コミット:Common Commitment
各参加者が社会課題の取り組みを数値で表現し、最小(もしくは最大)の値を最低限守らなければいけない数値として設定

例1)炭素価格
パリ協定では炭素排出量をどうやって減らすかが問題でした。
(各国は自国の炭素排出量は減らしたくないが、他国には減らして欲しいとタダ乗りインセンティブな状況)
炭素価格を一国あたりいくらCarbon pricingを行うか数値で表明し、その数値はその国が実行可能な値の上限だと解釈する。
「1トン当たり50ドル」それをその国の意思表示とする。3ヵ国参加者がいて、それぞれ「3000円、2500円、3500円」だとすると、最小の数値を全員に適用する。この場合は、 2500円の carbon pricing に3カ国がコミットする。「3000円、3500円」と表明した国も「3000円以下、3500円以下であれば受け入れられる」ので2500円は問題なく受け入れられるため、各国は正直に実行可能な上限額を意思表示することができる。

例2)女性の社会進出
「取締役の何割を女性にするか」というクオーター制の数値を考える。同業種の中で割合を聞くと、ある企業は3割、4割、5割という値が出てくる。採用される数字は、クオーター制の数値を表明した企業の中の最も小さい数字になる。(3割を設定)

安田先生講演より

従来の各国ごとに数値を決めるコミットでは、どうしてもフリーライドしたくなってきます。過少申告してしまったり、自社としても推進したいが、よその企業の動向を気にしたり。

コモンコミットの場合は、最終的に実行されるのは全体の中で1番小さい数字になるので、自分だけが割を食うという心配がありません。自分だけフリーライドして安い金額を申告する理由がない。逆に、自分が低い数値を出してしまうと、自分の都合だけで数値目標を下げることになります。また舞台裏で公開されると、後ろ向きなコミットだとバレるので、高い数値に積極的にコミットしやすいかもしれません。

共同コミットを通じてゲームチェンジをすることができます。今までは、個別コミットメントしか思考されてこなかったんですけれども、共同コミットのルールを入れてあげると、炭素排出量を減らすといった国際交渉でも使えるかもしれないし、企業のSGDsに関連する意思決定の場でもひょっとすると使えるかもしれないという学問的な知見の話になります。

Q. コミットメントをどう担保するのかという最大の問題は理論的には解消できないと思うのですが、最近はそこに進歩があるのでしょうか。
ー A. そこは難しいですよね。違反者に対してどうやった形でペナルティを課すことができるか。ペナルティじゃないにしてもどれくらい行動を制限できるのか、エンフォースメントの部分は学問的にはタッチしにくいのですが、国際交渉の場でいうと、全ての交渉がオープンになっていることを前提にすると、違反した時のレピュテーションリスクがそれなりに高い状況であれば一定程度、エンフォースメントにつながるのではないかと思います。
あとはこれから先、スマートコントラクトがかけるブロックチェーンを活用した事業であったり、最近流行りのWeb3であったり、新しいタイプの組織体はこう言ったものとの親和性は高そうですよね。ルール実行に関してのコミットメントと言うのはスマートコントラクトを書いた時点では保証されている。そういった意味での実行のしやすさは、領域によっては今後どんどん広まっていくのではないかと個人的に思っています。

イベント内QA

② ディスカッション

<テーマ① 国会とQV(二次の投票)>

第2章:QV(二次の投票)の導入

ディスカッションでは、安田先生が訳された『ラディカル・マーケット』に登場するQV(二次の投票)の概念を、実際に政治の場でどう活用できるのかを論点とし、まず国会運営、特に法案審議の対象とする法案の選定にQVを導入したらどうなるのかを考えてみました。

ディスカッション①:国会とQV(二次の投票)

ー (安田先生)国会が主体になって制度を入れるのは1つのアプローチですが、政党がやってもいいですよね。新しい学問的な知見を取り入れて、今国民に真剣に議論してほしいアジェンダはこれで、国会とのギャップはどれくらいあるのかを分析すれば、支持率が上がってもおかしくないと思います。日本の政治を変えていく場で実装していく時にトップダウンで国が1つの場を借りて試験的にやっていくのも良いですが、政党がしていくのも面白いのではないでしょうか。

ー (参加者)PoliPoliというプラットフォームがすでにあるので、そういった場でQVを活用しても面白いかもしれないですね。

ー (安田先生)アカウント情報を1アカウント1回の参加に紐づけて、QVの仕方を取り入れると、プラス(=支持・賛成)の意思表示もマイナス(=不支持・反対)の意思表示も行えます。大手のプラットフォームがQVを取り入れて、マスコミ報道とは随分違ったアンケート結果を見える化して注目を集めると、政党や国会運営全体でも影響力を持ち始めるかもしれません。簡単な成功事例ができれば、若い世代が抵抗感なくQVに手を出すと、おじさん世代も無視できなくなってくる気がしますね。

ー (安田先生)デジタルネイティブの世論が反映されやすくなるかもしれないですね。

ー (参加者)トップダウンでいきなり全体に導入しようとすると、デジタルの壁があってシニア層が使い方がわからない、スマホがないと投票しにくいなど、やる前から反発にあう可能性があると思うので、その部分を毛嫌いされずにしれっと始めて成功事例を作っていけるかが重要かなっていう気がします。

ー(安田先生)若者層は親和性が確かに高いですよね。若者が投票に行かない現状に対してもアプローチできるのではないでしょうか。

ー(安田先生)関連する話として、選挙自体をどうするか。我々に身近な政治的意思決定は選挙です。今行われている1人1票の多数決とは違うやり方を突然国政選挙に入れようとすると、反感を持たれるリスクが高いと思うんですよ。だけどボルダルールやいくつか提案されている単純な多数決に代わる仕組みは使ってみると普段の多数決より全然公平じゃないか、問題が少ないのではないかとわかる人にはわかります。そうなると活躍の場が広がる。問題はどういう場で食わず嫌い的に拒否感を持たれずに、しれっと試行錯誤してみることができるかです。それ自体はやってみると違和感ない。今まで候補者の方にしてもらっていたやり方をすぐに変えるのは、反発を買うかもしれないのでそれも含めて考慮することが必要。

イベント内ディスカッションより

上記の議論を踏まえて、まずはQV自体を政治の場に限らず様々な場でトライして浸透させていくのが大事かもしれない、と考え始めました。そこで、政治に限らず、もっと広い活用方法がないかについても議論しました。

ー(安田先生)国政で始めるのではなく、地方でまずはトライしてみるのもありかもしれない。

ー(参加者)卑近な例だが、飲食店のメニュー刷新の時にもQVは活用できそう。幅広い人気があるわけではないが、コアファンがついている商品なんかは、メニュー刷新時に多数決で考えると削除されてしまうかもしないが、QVであればコアファンが強い選好を示すことができるので、そういった商品が残るかもしれない。

ー(安田先生)面白いですね。特に、国会や省庁の食堂のメニュー選考で実際にQVを使えば、国会議員や霞が関の職員に疑似体験してもらえる。まずは、QVを体験してみることが大切。

ー(参加者)新しい事業を始めるときに、どの事業を始めるのか社内で投票するときもQVが使えそう。

ー(参加者)自治体の新規事業の採択などにも使えると思います。全ての予算の使い道となると広すぎるが、ある程度範囲が決まっていて、既得権に影響を与えない新しいものであればフラットに投票できる。

ー(安田先生)アジェンダやメニューなどの絞り込みの決定に使えるのがQVなんですね。

イベント内ディスカッションより

テーマ② 経済学の知見を社会に還元

ー(参加者)上手く小さく試すために、どういう人と協力したら良いのか。どういった発想をすれば良いのか、こういうアイデアを起こしていってほしいなど、最後に安田先生から官僚メンバーへのメッセージをいただけたらと思います。

ー (安田先生)「PMIみたいな省庁を超えて若手の官僚の方が集まったり、組織を超えた集まりは決定的に重要だと思います。僕の出身が東大で同級生で官僚になった方はたくさんいます。彼らと再会した時、政策論議に花が咲くこともあるが、皆さん制度論的知識などたくさん持っている。でもなんとなくの印象ですが、自分の所属している組織が所管している議題に関しては切れ味が悪い。なので、自分たちの役所で固まらずに、役所を横断的に、辞めた人も含めて話すと良いのではないかと思っていた。ただ普段は忙しいので、よその人と定期的に会うプラットフォームがないと。今まさにPMIが集う場を創っているので、ここから更に組織を超えた集まりを拡大させていくことが遠回りのようで1番の近道なんじゃないかなと思うんですよ。だからこれを実践していくことが大事だと思います。あとは、アカデミアの人や民間で事業を立ち上げている実務家、起業家のような霞ヶ関とは少し違う形式の人を適切に組み合わせていく。けれども、動く主体としては、ポリシーメーカーの人たちが動いていく。このままの取り組みで良いのではないかと思います。辞めた人を温かく迎えることも大事になってくるのではないかと感じています。」

ー(参加者)非常に励みになるエールをありがとうございました!

イベント内ディスカッションより

4. 終わりに

イベントレポートには、ディスカッションの一部を執筆させていただきましたが、ここに記載した以上に、ディスカッションの場を通じて安田先生や参加者の皆様が意見やアイデアを出し合い、非常に濃密な時間となりました。
PMI Bureaucrat Communityでは、今後も学び合える勉強会を行い、現代社会の現実や本質を見抜く思考力・教養を深め、あるべき未来を共に抗争するコミュニティを目指していきます。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。

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PMI Bureaucrat Community 運営メンバーのインタビュー記事もぜひご覧ください。

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