見出し画像

ギターが欲しいと入院してた。-治験DAYS-

タイトルどおりである。

まだ20代の頃、ギターが欲しくなると入院していた。1回の治験に参加すると謝礼金として15〜20万円くらいもらえたからだ。

きっかけは高校の同級生Hからの誘いだった。Hの通っていた大学関連での治験情報である。

世の中にそういう新薬人体実験的なものがあること自体は知っていた。が、いかんせんそこに辿り着くツテを、当時のオレは持っていなかった。まだインターネットが一般化する前の時代である。

よってオレにとって治験というのは、例の「死体を洗う仕事」並みに都市伝説化していたのだ。単に物を知らないだけとも言えるが。

治験のメニューを簡単に説明すると……

1. 治験の斡旋業者のところに行って登録
2. 健康診断を受ける
3. 健康診断の結果選ばれし10人ほどが指定の病院に集められる(2名補欠)
4. 今回我々が摂取する薬剤についての説明、治験の社会的意義などの説明を受ける
5. 契約書的なモノにサイン。今回の治験の結果、体に異常があった場合、指定以外の病院にかからないこと、薬剤名などに対する守秘義務的な内容。
6. 一晩入院(三食昼寝付き)
7. 翌朝の体調等で実際に入院する8名が決定する
8. 一日何もせずにダラダラ過ごす(三食昼寝付き)
9. 入院二日目の朝10:00、投薬
10. ここから2時間は15分置きに採血スタート
11. 次の1時間は30分置きに採血
12. 次の……どんどん採血の間隔は長くなっていく
13. 二日目終了
14. 三日目、朝から採血。それ以外はダラダラ過ごす。
15. 四日目、10:00チェックア……退院
16. 2週間後、6〜15を繰り返して完全終了

これはあくまでオレが何度か治験参加した際のスケジュールであり、摂取する薬剤の内容によっては、当然スケジュールや内容は異なるだろう。パッチテストと呼ばれる塗り薬の治験なんかだと、スケジュールは大幅に短縮されるし、入院だってしないケースもある。その分、謝礼金も低いのだけれど。

オレ自身を知っている方にしてみると意外に思われそうだが、オレ基本は健康なのだ。免疫力とかが低いだけで。どうしてそんなことを言い始めたのかというと、上のメニューの3.健康診断である。ここで健康じゃない人間は落とされる!! オレを誘ったHも落とされた。オレは数回の治験入院をしているが、この段階で落とされたことは一度もない

治験メニュー4.の説明パートも中々に趣深い。製薬会社の方が言葉を尽くして「如何に今回の薬剤が医療発展のために意義があるのか」を語ってくれる。正直、その意義には一切興味がないのだが、持ち上げられていることはわかる。しかし、その直後に医師が「今回の薬が動物実験を経て安全性を確認された上で、我々が摂取することになった」話をしてくれる。

さっきまで医療の発展のための英雄(人身御供)だったはずの我々は、一気に

マウス < も少し大きな動物 < 我々 < 人間様

というヒエラルキーの中にいることを思い知らされる。そっかぁ……サル以上、人間様以下かぁ……オレたち。。。ま、金もらえるんでいいんですけどね!!

そんな感じなので、集められた我々被験者はオレを含めてどいつもこいつも、一人二人世の中からいなくなっても問題なさそうなクズ揃いだった。そもそも、親からもらった健康な身体を実験に使って金をせしめようという者が、クズでない理由があるだろうか。

パチプロ、ヒモ、バンドマン、アングラ劇団員、何となくフリーター、無職……。オレはオレの偏見で物を言うが、見事に人間社会に何一つ貢献していない奴らの集合体、人生限界集落!! せめて人間様のために生命散らしてお役に立ちやがれ!!

さて、治験メニュー9.薬剤摂取なのだが、実は8名の被験者のうち、実際の薬を飲むのは確か6名だけである。二重盲検法といって、我々も医師も看護師も製薬会社の人も、誰が本物の薬を飲んだのかは知らされない仕組みになっている。

問題はメニュー10.採血地獄である。15分置きに採血されるとどうなるか? 針を刺す場所が無くなるのだ。オレは「いい血管出てますねー」とよく言われるほどの優良血管の持ち主なのだが、そんなオレでも針を刺せる場所が無くなってくる。その日の晩にはもちろん両腕の血管を使い切っている。映画で見る重度の薬物依存者の腕だ、これは。

ただし、それ以外に辛いことは何一つない。あとはダラダラを時間を過ごすだけである。ちなみにどこの病院でも、治験の行われるフロアには大量の漫画が収められた本棚がある。おかげで沈黙の艦隊を読破してしまった。

そう言えば、携帯電話は退院時まで没収されていた。当時はSNSなんて無かったが、情報漏洩を防ぐためには必要だろう。

3泊4日を2回で15〜20万円。採血地獄を除けば、食べて寝ていれば金が手に入る。まさにクズにうってつけ。本当にオレは欲しいギターがあると治験に参加していた。確か4回か5回は参加している。


治験に参加しなくなった原因についても記載しておく。

オレにとって最後の治験参加の際に、薬を飲んだ日の夜中、隣のベッドの大学生が発熱した。

たいそう苦しそうにあえぐ彼のもとに数名の医師が駆け付け、何人もの看護師が医師の指示を受けてやたらテキパキと動いていた。

彼はベッドごと別室へと連れて行かれた。翌日の朝になっても、彼は戻って来ないまま。

そして退院日、彼の姿はなかった。

病院の玄関でオレたち被験者7名は顔を見合わせた。全員の脳裏に『……アイツは?』という疑問が浮かんでいたと思うが、誰一人、それを口には出さなかった。

入院時に携帯電話を没収されているオレたちは、彼の連絡先も知らない。だから、彼がその後どうなったのかは、本当にわからないままだった。

さすがにオレも彼が亡くなっただとか、そこまでのことは考えていない。考えてはいないが、「マジか……」というのが正直な気持ちだった。人間が想像し得ることの殆どは、実現も可能だ、というどこかのSF作家が言った言葉を、何だか違う意味で実感してしまった。


これまでの人生で「治験に参加した」という人と出会って話をしたことがある。が、こういうアクシデントに遭遇したという話を聞いたことがない。だから、かなりレアなケースなのではないかと思う。

あれから20年以上経つ。さすがに定職がある身では治験参加もできないし、何より年齢制限で引っかかるだろう。

当時のオレは最後の治験で出会った事件にビビり、その後治験に参加することを辞めた。クズでも生命は惜しかったのか。そういうところ小者だぞ。

どう話を締めくくったらいいのか、わからなくなってしまったが、世の中にはそういうこともあるのだ、という話である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?