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食糧危機と食糧廃棄の矛盾

矛盾する煽りの存在

メディア等の情報発信では「地球上の人口増加により食糧不足になる!だから昆虫食など新たな食材の研究開発を!」というのがあり、
その一方で「地球上で何万トンもの食糧廃棄があるのは損失だから削減しよう!」という発信も見たり聞いたりすることはありますよね。

個別にみると色々難しい問題だとか壮大な問題だなとか色々あるわけですが、多分小さいお子さんあたりにこの二つをいっぺんに聞かせると
「じゃあ、その捨ててる食糧を足りない人にあげたら昆虫とか僕が食べなくてもいいんじゃないかな」という事で両方の問題が一気に解決するような事案ではありませんか?

それにも関わらずメディアでは閲覧数等の競争の為かある意味過激な煽り文句をつけてはせっせと数字稼ぎ。
情報発信者はその数字を稼ぐのが仕事なわけですから致し方ありませんが、
それを受け取る側もそれを鵜呑みにせずに色々と咀嚼して理解する必要はありそうです。

2つの課題を結びつける存在

一緒の話でありそうながら情報の分断で別々の案件に位置づけられてる、食糧危機と食糧廃棄。
しかし、この2つを結び付けているような事例は既に日本に存在しているのです。

おてらおやつクラブ
お供え物を一定期間お供えした後ってお寺では廃棄されてそうですよね。
誰かが勝手に食べていたらクレームになりそうなわけですからお坊さんがわざわざそうする理由はありません。
しかし、これを一人親家庭などで食べ物が少ないというお子さんの為におすそわけするとなると意味合いが変わってくるのではないでしょうか。
夏休みは学校給食が無いので食べる物が少ないという児童・・・
お盆のお供えでお寺に多くの食物のお供えがあって廃棄になるなら
そういった児童の元にいけば良さそうですよね。

これこそが食糧危機と食糧廃棄を結びつけるやり方の一つだと思います。
メディアはこういった事例を昆虫食の開発よりも報じるべきだとは思うのですが、なんでしょうかね。
センセーショナルでアクセス数が稼げる記事になりそうなのは結局昆虫食の記事のほう、となるんでしょう。

報じる側がそうであるならば、受け手である側が積極的に情報収集するしかないと思います。
情報化社会なんでしょ?検索したら色々わかる世の中なんでしょ?
だったら調べましょうよ。
おてらおやつクラブは全国にネットワークを広げる規模の事例です。
プラスフードみたいに札幌だけで運営しているのとはわけが違います。
こういう事例、探そうとすると他にも幾つか出てくるものと思います。

プラスフードが考えている事

プラスフードは現状、「食事に困っている人」よりは「欲しいと行動する人」にシェアするシステム設計になってはいます。
しかし、おてらおやつクラブさんがフードバンクや子ども食堂さんに回すネットワークを構築しているなら、その供給元となるのはお寺のみならずプラスフードに加盟しているお店さんだって別に構わない筈です。
そういう意味では、二重のマッチングシステムに改造する事もアリなのかなとも思っています。

加盟店さんはまず、子ども食堂さん向けに出品をします。
そこでマッチングすぐ決まればそれはおてらおやつクラブさんのようなサイクルになります。
しかし、そこでマッチングしなかったものは一定時間後に一般ユーザーさんが誰でも取れる公開状態になって皆さんが普通に獲得できる。
例えば1時間の出品時間のうえで最初の30分はシークレット状態でユーザーさんに見えずに子ども食堂さんユーザーだけに見える。
30分経過して残り30分となった時点でシークレット状態からオープン状態になって誰でも取れるようになる・・・そういう二重のマッチングシステム。

懸念点

ちょっと懸念点があるのは子ども食堂さんとかはこのシステム、必要としてくれるかどうか
今の状況でも少数のユーザーさんが子ども食堂さんの運営の一員として獲得してはいますが、それは子ども食堂さんの中でも少数派。
多くの子ども食堂さんはプラスフードでの獲得は嫌がる現状があります。

あと、もう一つは本当に活動ちゃんとしている所が来るかどうか
たまに連絡があるんです。
「子ども食堂の運営とかをしているんですが、余剰分をわけてもらえませんか?」
しかしその食堂の名前で検索しても活動実績が2年前等でとてもじゃないけど今活動しているようには見えません。
そしてユーザーの会費を払う事も嫌がって0円での獲得にこだわります。
正直、違和感しかありません
プラスフードのユーザーであればライトでも8割引き相当です。
スタンダードだと86%引きぐらいになります。
しかもその払った費用は出したお店や札幌市役所への寄付にも繋がる話。
こういった所に感謝の費用を出すことすらできずにどうやってお子さん達を救おうと出来るのか・・・。
子ども食堂として本気で困っているお子さんを救おうとするなら、自分自身に他人を助けられる余力がないと厳しい筈です。
自分が今にも倒れそうで0円で恵んでもらえないといけないというなら、思い切って子ども食堂以外の人助けを模索したほうが良いのではないか?と考えます。

という事で、食糧危機と食糧廃棄が何故別々に論じられているか。
それが一挙に解決の方向への事例はあるのか。
それに対してプラスフードはどう考えているのか。
こういった事を表明させていただきました。
目を通していただき有り難う御座います。

調べると牛丼の吉野家さんの事例とか、色々廃棄を活かした事例がありますよね。
昆虫食などの研究を意味がないと論じる意図はありませんが
優先順位としてこっちをフィーチャーすべき事だとは思いますが皆さんは如何でしょうか。


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