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2023年5月28日 渋谷

渋谷が苦手だ。
18歳で上京した当時から苦手だった。
四国の片田舎出身のお前が来るような
所じゃないよ、と言われてる気がしてた。
随分と歳を重ねても精神年齢は18歳のまま。
未だに「そうだ渋谷行こう」なんて
思った試しが無い。
なのに2023年5月28日、僕は渋谷に居た。

改札を出ると人で溢れ返っている。
目的地の道玄坂に向かう。
こちらもすごい人の波だった。
(鹿児島おはら祭というイベントでした)
地図アプリにナビゲートしてもらい
目的地に到着。

「WOMB」
店舗面積としては日本最大級のクラブ。
今夜ここで行われるライブを観るため
やって来たのだ。
入り口にポスターが貼ってある。

『ぴにょ1stワンマンLive UP DATE』

最愛の、最推しのベーシストが初めて
ファンの前に姿を見せる記念すべき日。
入り口付近には既に十人弱並んでいる。
ライブグッズの先行販売のためだ。
恐る恐る最後尾に並ぶと、声を掛けられた。
並んでいたのは、よく知っているけれど
よく知らない人たちだった。
酒気隊。
ぴにょを推す者たちのファンネーム。
素顔はおろか、本名すら知らない人たち。
でも、「ぴにょ」っていう共通項があれば
打ち解けるのに時間は掛からなかった。
(え?打ち解けてない?思い込み?)

閑話休題。
一時間ほど並んで15時半、いよいよグッズ
先行販売が始まった。
思っていたより、小さなスペース。
売り子さんと会計さんがひとりづつ。
買い手もひとりづつの誘導だった。
今日はオールスタンディングというのもあり
荷物を最小限にしてきた為にまず買うのは
ステッカー2種とアクリルキーホルダー。
そして一番欲しかったランダムチェキだ。
嵩張ると思い、Tシャツは終演後に買う事に
した。(これが誤算だった)
入場開始まで少し時間がある。
再合流した酒気隊のみんなと時間を
潰す為にファミレスへ。
なんやかんやで開場時間が迫ってきた。
再びWOMBへ向かうと、多くの人が開場を
待っていた。

そして17:30、開場。

まずは待機場に通される。
さほど広くない上に空調も効いてない。
お客さんの熱気で室温はグングン上がる。
チケットに記された整理番号順にフロアへ。
「Aの200番台」というなんとも微妙な
順番でフロアに。
ブルーの照明が浮ついた心を少しだけ
クールダウンしてくれた気がした。
メインフロアも想像したほど広くはなかった。
だがもう半分は埋まっている。
もっと前で観たかったが、それでもステージは
わずか5、6m先。
ステージに向かって左手に位置取った。
改めて周りを見渡してみる。
ステージ上には、ギター、ドラム、アンプ、
マイクスタンド、さまざま並んで音を発する
刻を待っているようだ。
そしてステージ中央に鎮座するベース。
ナチュラルウッドカラーの、画面越しに
何度も何度も何度も何度も見た、ベース。
それだけで涙ぐんでしまった。
ぴにょ本人より前にベース見て泣く奴いる?

そしてフロア後方右手3階に全面ガラスで
カーテンの閉まった部屋があり、誰かが
カーテンの隙間から下を見ていた。
あそこが控え室で、ぴにょが様子見してる?
オペラグラスを持ってくるか、せめて眼鏡の
度を調整しとけば良かったなぁと後悔。

18:00。
フロアの照明が落ちる。
ステージに複数の人影。
...始まる!
最後の一人が、ベースを手に取る。
あっあれが、と思った瞬間スポットライトが
中央を照らす。
真っ白なシャツに黒いネクタイ、
黒いパンツスタイル、ゆるやかにウェーヴする
長い髪。
ああ、ぴにょだ...
ホントにいるんだ...
なにか喋るのかな...
それともいきなり曲始まるのかな...
いきなり曲だあああああああっ!
「KICK BACK」だっ!!
どデカいアンプから重低音で殴られる。
スマホの小さいスピーカーや小さな
イヤホンというフィルターを通して
聴いていた「音」が、今は直接、乱暴に
しかし、正確なリズムで鼓膜を揺らす。
「予備の鼓膜忘れたなー」なんて考えてる間に
「紅蓮華」に移る。
何十何百と聴き込んだ2曲で否が応でも
テンションは上がっていく。
手を振り上げる観客。
皆、思い思いに身体を揺らし手を叩き
ぴにょの音に乗っていく。

さあ、次の曲は?
んん?ぴにょがステージ袖に引っ込んだ。
もう衣装チェンジかな?なんて考えてると
ステージ後ろの大きなスクリーンに
映し出される見慣れた部屋の真っ白な壁紙。
撮り下ろしムービーだった。
今まで公開してきたベースカバー動画で
披露してきたコスチュームを着たぴにょが
次々現れる。
おっプラグスーツ!
鬼殺隊!
レールガン!
釘崎コスもあったな〜
うまぴょいの、えーっと誰だっけ?
あっ犯人出てきたぞ!またベース盗んだ!
この楽しいムービー、一人で撮って着替えて
撮って着替えてってやってたのかなって
微笑ましくなってしまった。

再びステージにぴにょ登場。
ピンクのジャージーにスカート。
ぼっちちゃんキターーーー!
おっギター!?
しかも黒のレスポール!?
ヘッドにはカスタムマークがある!
(ギブソンかエピフォンかは不明)
拘ってるなあ。
フロアのあちこちから「かわいい!」と
歓声が上がる。
ぴにょは嬉しそうに「かわいい?」と聞く。
また「かわいい!」と声が上がる。
「ええ〜、かわいい?」ってまた聞く。
生まれてしまう、承認欲求モンスター!
ここから
「ギターと孤独と蒼い惑星」
「ジャンキーナイトタウンオーケストラ」
「ダーリンダンス」
「フォニィ」
と、おとなしく聴いていられない曲の
乱れ撃ち!
ここ、黙ってじっと立ってられるヤツいる?
自然と身体は揺れ、足はリズムを取り
拳を振り上げる。
鳩尾の奥にまで響く重低音。
軽やかな左手の運指。
力強い右手のスラップ。
ずっとこの音の洪水に浸っていたい。

うっすら汗ばんできた額を手で拭う。
ステージ上にはイスが用意されている。
弾き語りタイムだ。
照明も落ち着いた光に変わった。
ぴにょが歌う際にはマスクを外している。
でもマイクの前にポップガード(ノイズ等が
はいらないようにする網状のアレ)があって
うまい具合に顔を隠すようになっている。
考えやがったな?
もう素顔全部曝け出しちゃえばいいのに。
でもちょいちょい見えるお顔は想像通りに
可愛かった...好き...

弾き語り一曲目、「夜明けと蛍」。
さっきまでベースで重低音ブインブイン
言わせてたのと同じ人?ってくらい
優しいギターの爪弾き。
耳をくすぐる声。
ぴにょの魅力って様々あれど、僕は一番は
この「声」だと思っている。
第一回目のニコ生で第一声を聴いた時に
みんな衝撃を受けたんじゃないかな。
優しさに溢れる声。
切ない歌詞が更に切なく聴こえる声。
自然と涙ぐんでしまう。
弾き語り二曲目、「天ノ弱」
サビのハイトーンボイスが会場に響く。
こんなの泣くに決まってる、人前で泣くの
恥ずかしいなぁって思ってたら...

「歌詞飛んじゃったあ〜!ごめーん」
涙引っ込んだ。
でもこの場所にいる人で怒る人なんて
一人もいない。
みんな微笑んでる。
見慣れた光景だからね。
むしろオープニングからずっとカンペも
無しにやってたんだって感心した。
一番のサビからやり直し、歌い切った。
こういうトコも魅力だよな。

サポートメンバーの皆さんが再登場して
バンド体制に戻った一曲目はオリジナルの
「alone night」
オリジナル曲まで作っちゃうんだから
すごいよなあ。
もっと増やしてオリジナル曲のみで
ライブするようになるのかなあ。
「ベノム」
「夜に駆ける」
引いた汗が再び噴き出るほどの
グルーヴィーなベースプレイ。
ステージを右へ左へと移動するぴにょ。
「今、目が合った!」と、フロアの全員が
思ったに違いない。
しかしステージからオーディエンスの顔って
見えているのだろうか?
約600人の笑顔が見えただろうか?

始まったら終わりがくる。
全ての演奏が終わってしまった。
何度も何度も「ありがとう」を繰り返して
ステージ袖にぴにょは消えて行った。
体感5分。
驚くほどあっという間に終わった。
まだ観たい、観ていたい。
一瞬の静寂。
どこからか手拍子が上がる。
アンコール!
アンコール!

来た!
さあ次は何を聴かせてくれる?
「グッズ紹介してもいいですか!」
そう来たか。
ライブTシャツ、ステッカー、キーホルダー、
そして今回のライブグッズの目玉、ランダムで20種もあるチェキをコンプしろ、と無茶を
言うぴにょ。
(本当にコンプしてしまう人が僕の周りに
2名もいるのだが、それはまた別のお話)
そして、終演後、物販スペースにぴにょが
立つ!というお知らせ!
ニコ生でも「物販立つかも〜」と発表が
あったが、僕は正直否定的だった。
そんなの誰でもぴにょと直接やり取りしたいに
決まってる。
それ故に、人が押し寄せ、混雑し、順番が
どうのとあちこちで諍いが発生し、混乱し
地方から来て、終演後にとんぼ返りの人も
いるだろう。時間が無くてグッズを諦める
人もいるだろう。阿鼻叫喚になるぞ、と
思っていた。
「時間的にお話はできないけど、グッズの
お渡しはぴにょがやります!」
との事だった。
ますます混むじゃないか。

ぴにょが喋りだした。
今日のライブに来てくれた事への感謝。
嫌な事があってもぴにょの動画を見て
忘れてほしい、と。
(ここでTwitterアカウント乗っ取られという
自虐ネタを持ってくるぴにょ)
ライブ中の暖かい声援が嬉しかった事、
改めて、ライブに来てくれた事への感謝。
感極まったのか、少し涙声になった。
「泣いちゃうよぅ」
ここでこっちまで涙が出てきた。

そして、やりたい事にはぜひチャレンジを
してほしいというメッセージ。
ああ去年の2月、唐突な活動休止宣言の時も
Twitterでこんな事言ってたっけ。

そして正真正銘のラスト。
「ロキ」
ぴにょが初めてYouTubeにベース動画を
投稿した記念の曲。
思い入れが強いのだろう。
残る力をこの曲にぶつけてくるようだった。

“さあ目の前のあの子を撃ち抜いてみせろよ”
撃ち抜かれました、見事に。

...終わってしまった。
全ての演者がステージを降りた。
スクリーンの「PINYO」の文字だけ残して。
いや、まだ終わらない!
ぴにょが物販スペースに立っているところを
見てみたい。
人が集中して見えないかもしれないけど。

スタッフの指示により、グッズを買う人と
退場する人で分けられる。
フロアに入る手前の待機場にまた集められる。
列が動き出すが随分ゆっくりだ。
どうやら一人ずつの対応のようだ。
えっ?一人ずつ...?えっ?
スタッフが待機場に来て
「Tシャツ全て売り切れでーす」
と無慈悲な通告。
マジか。
最初に買っとくべきだった...
しょうがない、追いチェキしとくか。
「ランダムチェキ完売でーす」
無慈悲な通告再び。
買うモノが無くなってしまった。
そうこうしている内に順番が回ってくる。
途端に跳ね上がる心臓。
手前の男性スタッフに商品名を告げて清算。
隣りの女性スタッフが商品をピックアップして
最奥のぴにょに渡すシステムだった。
予備のためにステッカー2種を買った。
ぴにょの手に渡る。
震える脚でぴにょの前へ...!
さっきまでステージにいた、5、6m先にいた
ぴにょが目の前に...いる!!!
長机ひとつ挟んで立つ彼女は思ったより
小柄だった。
大きな目で見つめてくる。
「今日はありがとうございます」
とステッカーを差し出してくる。
何か話さないと何か何か何か何か何か
名前、名乗らないと名前名前いや待て。
今日着てきたTシャツを見せた。
2020年、ニコ生のハロウィン配信の為に
僕が描いたオバケのイラストをTシャツに
したもので、同じ物をぴにょにも贈った。
すぐに気付いてくれたようで、
「えっ、梅ちゃん!?」
推しから発せられた音が空気を伝わり
外耳道を通って鼓膜を揺らす。
その振動が内耳の蝸牛のリンパ液を
揺らして電気信号に変換され大脳に
伝わる(この間0.003秒)。

推しがががががががが名前ををををををを
呼んだああああああああああああああああ
危うく天に召されるところだった。
何か話さないと焦って出た言葉が
「ライブ最高だった!」だった。
もっと気の利いた事言えよな。
「じゃあ、またね」と言って手を振ると
ぴにょも手を振り返してくれた。

ひとりひとりにグッズを手渡して
一言二言交わすだけでも、あの人数だ、
時間が掛かっただろう。
さっきまでベース弾いて歌って疲れて
いるだろうに、ファンに接してくれる。
本人が優しいからファンも優しくなれるんだ。

外に出た。
ほんの少し冷たい風が火照る顔を冷ます。
道の先に何人かの人影がある。
酒気隊のみんなだ。
合流。
各々ライブの感想やこの後の予定なんかを
話し合い、ダブったチェキの交換会など
穏やかな時が流れる。
みんな笑顔だ。

「渋谷も悪くないな」なんて考えながら
駅に向かい歩いた。

フロアの熱気を
額から頬に流れた汗を
鼓膜を揺らした音を
新しい出会いを
忘れてしまわないように
大事に心に仕舞い込んで
電車に乗った。

「また明日から仕事かあ」

ー完ー




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