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さざなみ書評『マンガと音楽の甘い関係』

 お久しぶりです! 突然ですが、みなさんは「音楽マンガ」といわれたらどんな作品を思い浮かべますか? いろんなものがありそうですが、『のだめカンタービレ』(以下『のだめ』)や『四月は君の嘘』あたりなら多くの人にうなずいていただける気がしますが、いかがでしょう?

 『のだめ』といえば、1990年代に生まれた私にとってはまさに世代で、ちょうど吹奏楽部に入ったころに毎週ドラマを楽しみにしていました。のだめと千秋をはじめとする愉快な音大生たちがオーケストラをとおして心をひとつにしていく過程にとてもワクワクして、演奏会本番シーンでは初めてふれるクラシック音楽にうっとりしていたことをよく覚えています。あれからもう10年以上か…。(遠い目)

 さて、ドラマなら映像にくわえて音も伝えられるわけですが、『のだめ』はもともとマンガ原作。「目に見えない音を、絵と言葉だけで描く」というのはとても難しそうですよね。そう考えると、なぜマンガ家は音楽をマンガで表現しようとするのか、不思議に思えてきませんか? もっといえば、私たち読者はなぜ、音のない音楽表現に感動してしまうのでしょう?

 今回は、そんな疑問を解いてくれるステキな本を紹介いたします。

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 『マンガと音楽の甘い関係』は、まず見た目がとてもオシャレ。なにやら特別な関係性をにおわせるチェリストと画家の表紙があって、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」の譜面が随所にあしらわれている、甘~い雰囲気がただよう装丁が施されています。

 著者の高野麻衣さんは、クラシック音楽を中心分野とする文筆家。

 ”目に見えない音楽を、あえて描くマンガ家たち。 その裏にはどんな物語が、思いが、こめられているのだろう。”

 この問いについて、幼少期からの音楽愛・マンガ愛で、文筆業を仕事にした高野さんが、深くていねいに考えます。

 本書には、マンガのコマと解説がたくさんあります。こまかい話は後回しにして、まずはちょっと、それをじっくり味わってみましょう。

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本書p22より

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本書p64より

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本書p96より

 『花より男子』の花沢類から『ベルサイユのバラ』(以下『ベルばら』)のオスカル、そして「少女マンガと音楽というキーワードで思い起こす人物」としてあげるヴァイオリニスト響谷薫まで。描かれた年代も時代設定も異なるキャラクターですが、ヴァイオリンがもたらす雰囲気と相まって、高貴なエリート感が表れています。

 私は響谷薫というキャラクターを本書で初めて知ったのですが、この幻想的な絵だけで、いたく感動してしまいます。同じ男として生きててスミマセンでしたと言いたくなるレベルです。

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(本書p43より)

 『坂道のアポロン』の西見薫は、育ちがよさそうだけど神経質そうな、ショパンを彷彿とさせるピアノ王子といった出で立ちです。本書では、ショパン的な「王子」、リスト的な「王」の対比もていねいになされます。


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(本書p60より)

 そして『のだめ』の千秋真一。オケを束ねる漆黒の王。渋くてカッコいい玉木宏がハマリ役でした。

 『マンガと音楽の甘い関係』の見所は、音楽とマンガについて考える上でおさえておきたいマンガを一通り知ることができるところです。クラシック音楽の専門知識をもち、筋金入りのマンガ愛好家でもある高野さんがチョイスした重要なマンガを、実際にマンガのコマをみながら知ることができるのです。

 くわえて、各作品についての興味深い考察が、膨大な知識をもとにして加えられます。『ベルばら』の時代におけるモーツァルトは、現代におけるロックのような位置づけ。オスカルはそれを聴くのに何故マリーアントワネットは聴かないのか? そんな考察や解説がとても充実しているので、勉強になりますし、気になるマンガがいくつも見つかります。

 もうひとつの見所は、「なぜマンガで音楽を表すのか?」という問いをていねいに考えることで、いろいろなことが見えてくるところです。

 「音楽マンガ」とはそもそも何なのか?
 なぜマンガに音楽が登場するのか?
 なぜ私たちは音楽マンガに感動するのか?

 そうした哲学的な問いについて、実際にマンガをみながら丁寧に考えることで、、一見相性の悪そうな「マンガ」と「音楽」がなぜ「甘い関係」にあるのかが、みえてくるんです。

 一例として、「ときめき」や「あこがれ」についての考察を紹介させてください。

 たとえばクラスメイトが実はピアノを弾けるとか、好きな人に好きな曲のCDを貸したり、イヤホンを片方ずつわけて音楽を聞くというシチュエーションにはキュンとするものです。

 そんな物語を読んでいると、そのキャラクターと同じときめきを感じてしまうものですし、「そこから関係が進展する」というのは現実世界でもありえる展開でしょう。もっというと、マンガ編集者的には少女マンガでキャラクターたちの関係を進展させるための鉄板の方法でもあるそうです。

(本書には作家や編集者の目線での解説もたくさんあるので、出版社サイドの物の見方にも詳しくなれちゃいます。)

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(本書p116より)

 もちろん、「共演」というかたちのトキメキもあります。この『3ーTHREE-』は、相手の才能にあこがれると同時に、自分の才能のなさと比べて絶望してしまう少女の音楽活動を描いた作品。高野さんが「しのぎをけずること」の大切さを実感したという本作のように、甘いだけではない、苦さも伴った「ときめき」も、関係に変化を起こさせるエネルギーであることがうかがえます。じっさいに音楽が聞こえなくても、人物の「情動」を克明に表現できるのはマンガの持ち味といえるでしょう。『マンガと音楽の甘い関係』には、その熱源である「ときめき」のバリエーションが多数紹介されていて、マンガだからこそ描ける音楽物語というものを見せつけられます。

 そして、多くの人が抱く音楽への「あこがれ」とは、楽器が弾けることだけでなく、未知の世界へと導いてくれる曲へのあこがれや、音符や楽譜、音楽用語といったカタチや知識へのあこがれなど、音楽にまつわる要素すべてにわたるものです。「マンガで音楽を表現する」ということを考えるうえでは、演奏シーンや人物描写だけでなく、こうした要素すべてが重要だということが、本書を読むとわかってきます。

 「あこがれ」の大切さは、本書で何度も作品が紹介される、勝田文(かつたぶん)先生のインタビューを読むととてもよくわかります。フェティシズムと呼べるほど「音符」や「音」にこだわるマンガ家が表現する音符やオノマトペには、言葉では言い表せない魅力がつまっているのです。

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本書p149より


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本書p156より


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本書p159より

 ちなみに私は、本書で紹介されたコマ絵のなかで勝田先生のものがいちばん好きになりました。小さな音符や星、空間の人物がかもしだす独特のかわいらしい雰囲気が魅力的です。作品ごとに絵柄がちがっていて、そこからイメージされる音にも、ちがいが自然と現れる気がします。

 本書には、勝田先生のほかにも『失恋ショコラティエ』の水城せとな先生や、『違国日記』のヤマシタトモコ先生といった人気作家へのインタビューが収録されていて、幼少期からの音楽経歴や、マンガ家としての音楽との向き合い方を赤裸々に語っています。音楽のプロとマンガのプロの対談は、マンガや音楽を鑑賞するための感受性を豊かにしてくれるアドバイスのような、とても読み応えのある内容でした。

 『マンガと音楽の甘い関係』は、私たちがマンガの中の音楽に感動することのメカニズムそして神秘性について、膨大な知識と作品例と並々ならぬ「愛」をもって探求した道すじの記録です。私にとっては、読んだことのない作品ばかりでしたが、コマと解説をみればそのマンガの見所がわかるうえ、実際に読んでみたくなるものばかり。ですので、新しい音楽マンガと出会うためのガイドブックのような一冊だったともいえます。

 「甘い関係」というだけあって、コンクール勝ち抜きマンガといった向きの作品はきほん収録されていません。著者の高野さんはあくまで「音楽」を、キャラクターの愛しいポイントを、そして「マンガで音楽を表現する」というそのこと自体への愛を、ラブレターのように情熱的につづっていきます。

 「女性向けの本かな?」と思われたかもしれませんが、男性にもオススメです。『SLAM DUNK』の流川楓をはじめとする天才肌のイケメンは、イヤフォンで何を聴いているのか? という、同性なら素通りしてしまうような問いや、少女マンガにしかない耽美な表現を目の当たりにすると、いままで塞がっていた思考回路が開通するような体験が味わえます。

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(本書p103より)

 今回はちょっとエレガントな本だったので、思わず敬語で書いてしまいました。いつものジュディチのようないぶし銀なかんじが抜けて(何様だ)、アマデイの小曲が似合う洒脱な文章になったでしょうか?

 そんなふうに「言葉」と「音楽」は密接に関係しているわけですが、そう考えると「歌詞」ってとても奥が深そうじゃないですか? なんたって、音楽のために書かれた言葉なわけですから。歌詞の書き手のさまざまな工夫や、音楽となったときの言葉にできない神秘がありそうな気がしませんか?

 その秘密に迫るべく、次回は『うたのしくみ』という本を紹介したいと思います。旋律・和声・リズムという音楽の基本要素はもちろん、楽曲構造や時代性にまで注目したすばらしい音楽エッセイです。さまざまなジャンルの音楽を取り上げますので、なにか発見が得られるかもしれません。

【PR】東海を代表する企業であるプレクトラム結社は、公演にラップを取り入れる先進性をもっています。来年度の活動にもご期待ください。

 脱稿が遅れたので、これから広報部長にしぼられてきます。

 ではまた次回。プレクトラ~ム!

(文責:モラトリくん)

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