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【LoveRescue】1994⑤

駅ですれ違う女性の服の色が秋色に変わり、俺が22歳になっても社長からは連絡がなかった。別に積極的に会いたいわけでもなかったけど、恩があるので気になっていた。

19歳になったミナはすっかり元気を取り戻していた。たまにやっぱりワガママを言う時もあるけど、真面目に仕事をして毎日同じ生活を繰り返していた。もともと痩せているのに夏よりもさらに2キロ痩せてしまい、そのまま戻らないのを気にしていた。痩せてもおっぱいだけは小さくならないのが19歳だった。
妊娠してもおかしくないほど、毎日やりまくっていた。避妊なんて言葉は2人にはなく。

その時期、俺が住んでいた部屋の近くには私立の大学があった。俺は時間があるとそこの図書館に通っていた。学生のための図書館なんだけど昔の話なのでIDカードがあるわけでもなく、年頃的に俺がいても不自然じゃなかったから。ただ、髪は金色なんだけどね。別に優秀な大学ではないので、そんな学生もいるだろう。

仕事では立場のある女性が多かったから、彼女たちを少しでも理解するために俺は図書館で数日分まとめて新聞を読むのが習慣だった。普通の図書館と違って、全国紙だけじゃなくいくつかの地方紙も置いていたんだ。地方紙は数日遅れだったけど。経済の記事は必死に追いかけていた。

そんなある日のこと。

ある日の北海道の新聞を読んでびっくりした。

あの社長が摘発されたという数行の小さな記事だった。

脱税らしい。詳しいことは何も書いてないけれど、マセラティに乗ってあれだけ派手に遊んでいれば、辻褄が合わなくなるのかもしれない。あの1000万円はやっぱりそういうカネだったんだろうな。刑務所ということはないだろうけど、しばらく会えなくなるだろうと思った。

社長は、返さなくていいと言ったものをやっぱり返してなんて言う人間じゃない。でも、今後お金に困ることがあればすぐに返済したい。然るべき利息をつけて。だから準備は早くしておくことにした。

しかしその後、社長からの連絡は途絶えた。会社はまだ存続しているかどうかも分からない。名前を変えたのかもしれない。

仕事に来る女たちが洒落たストールを巻き出す季節。ミナから話があると言われて、会った。

もう三週間も会ってなかったから、要件は想像がついた。

「好きな人ができたの」と。だからもう会えない、と。

ショックを受けた。想定はしていたことでも、ミナが俺の人生から消えると聞いて、俺は無表情のまま固まってしまった。

貸した金の話をミナがしようとしたが、俺が遮った。
いや、返す必要はないから。

ミナがどんな表情をしていたかは、見なかった。新宿にあった安っぽいカフェだった。こんな場所に呼び出すくらい、ミナにとっての俺の価値が低いことにまたショックを受けた。

じゃあ、元気でね。ミナは立ち上がり店を出て行った。俺は返事をしなかった。
俺は手をつけてないままぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して、手帳を取り出した。

年末にミナと遊びにいくはずだった沖縄のホテルをキャンセルしなきゃならない。明日になったら、ホテルに電話する。赤い革の手帳にメモしておいた。

店を出て呆然と歩いた。ミナと歩きながらふざけて笑った路地を歩くと、上手く歩けなくなった。

こういう痛みには慣れてる。この東京の街で、こんな気持ちで夜の雑踏を歩くなんて慣れっこだ。でも。泣いた。たった数ヶ月の付き合いだけど、毎日いたんだ。夏を丸ごと一緒に過ごしたんだ。21歳から22歳になる夏を。朝までベッドで泣いた。

それでも、ミナにまだしてやれたことがあるんじゃないかって、悔やんだ。悲惨な育ちをしてきたミナを幸せにできないことに、心が軋んだ。

そこから何週間も落ち込んでいた。

憔悴し切った俺を心配した女友達が、来週用事で実家のある札幌に帰るんだけど、一緒にいかないかと誘ってくれた。用事はすぐ済むから、そしたら札幌案内するよって。ほら、時計台ってあるじゃない?あれって実際見ると小さくてびっくりするんだよ、とか何とか。

彼女は同じ年の夜の女だけど、素は普通の優しい女だった。歯科医の娘だった彼女は、ブランドとか派手に着飾ることに興味がなかった。
ただ、参ってしまってる俺を放って置けなかったんだろう。
彼女には年上の彼氏がいたんだけどね。
感謝して、それを楽しみにしようとしてる俺がいた。

札幌で泊まったのは、あの例のホテル。

そこで歯医者の優しい娘とセックスした。ミナのことが頭から離れないまま。それからなぜか両親にまで会い、お土産をいただいた。育ちが良くて、豪邸が実家で。

でも俺はその新しい恋愛の始まりに集中できず、疎遠にしてしまった。


ミナのその後について、俺が30歳の時に知ることになった。

別れて8年後、彼女は27歳で亡くなった。男に殺され、男はその場で自殺した。ミナはそいつの愛人だったらしい。亡くなったとき、ミナはずいぶんと太っていたらしい。

1000万円を俺から借りた理由も人から聞いた話で見当がついた。あの頃、ミナの母親が破産し福岡の自宅の権利を失ったらしい。ロクでもない母親でも、ミナは実家が拠り所だったんだろう。あのときミナが家を買い戻していた。安いボロ屋なのに、かなり不利な取引だっただろう。

生まれの福岡について、あんなに素敵に教えてくれたミナにとって、実家が無くなってしまうことに焦ったのかもしれない。

遺品の中に、「アキラ」と書かれた封筒があった。

それを俺に渡してくれた人がいた。
中には、彼女が18歳の時に俺と行ったプラネタリウムの半券があった。大事そうに持っていたのが分かった。ポケットに入れたらきっと無くなってしまうような紙切れなのに。

俺はまた泣いた。もっとしてあげられることがあったんだ。
絶対別れない、そう言ったあの日のミナを、俺がもっと知るべきだったんだ。

30歳になっていた俺は、またベッドに突っ伏して泣いていた。

22歳のあの頃、恋愛は後悔ばかりだった。

登場人物がまだ存命であるため、時系列を変更し事実関係を脚色してあります。

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