夢を追う必要はあるのか(2011年)
2011/08/25 19:03
夢を持つことを美化され過ぎていると思う。
俺は、人が誰でも夢を持つべきだとは思っていない。
夢を持たなくて済むなら、その人生でもいいのではないかと。
俺自身はずっと夢のようなものを追いかけてきたような気がするけれど、それが正しいことだったのかは甚だ疑問だ。
夢はきれいに聞こえるが、諸刃の剣みたいなものであなたから普通の人生を奪い去る。
良くも悪くも。
どんなに真摯に夢を追いかけても、人より失敗の多い人生が待っている。
どんなに頑張っても、人よりもストレスの多い人生が待っている。
失敗だらけの深い森に迷い込み、それを抜け出し成功と言う名の太陽を浴びるのは、一体何年後か分からない。残念ながら一生うだつが上がらないまま死ぬ確率の方が高い。
夢が叶わないというのは、欲しかったワンピースが買えなかったということとは違う。人生の貴重な時間を明らかに浪費したということだ。
時間だけではない。金、社会的信用、一般的な価値観の家庭生活も縁遠くなるかもしれない。
例え成功できたとしてもそれが48歳だった場合、もうすでに手に入らないことが沢山あることに気づくだろう。
48歳で成功したら遅咲きだが金銭的には世間一般の基準をすぐに追い越すことが出来る。しかしいくらお金があっても結婚はまた別問題となるだろう。年齢という壁は確実にあるからだ。
もし結婚していて子供がいたとして、成人してから金銭的に成功しても幼い頃にひもじい思いをさせたその罪は挽回が難しい。
会社員では叶えられない夢を持つ人間は会社員以下の生活に耐えなければならない時がある。
それが現実だ。
もし夢を持たなければ、人並みの生活はできるよ。少なくとも失敗の数は減る。惨めさの数も種類も減る。退屈な人生だけどね。でもそれはそれで価値がある。
俺が仲間を誘う時、夢を追うことの代償の話は必ずする。成功が遅れたら、この仕事はあなたの人生にとって毒になる。あなたの人生をぶち壊す。
でも夢を叶えなけれえばならない人がそれでもいる。
それはきっと「夢」ではない。
人生を変えたいということ。
夢を叶えて、やっと普通になれる者たち。
悲しいことかもしれない、苦しいことかもしれない。でも夢を自分に対して義務にしなければ、もしかしたら死んでしまうかもしれない人間だけが、夢を持てばいい。
夢ってそういう苦しい戦いなんだよ。
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