見出し画像

他人と自分の許し方

長い夢を見た。
23時にベッドに入り、寝転んで本を読んでいたがいつのまにか寝てしまった。
暖房をつけっぱなしで、ベッドわきの読書灯も消していなかったらしい。

古いビジネスホテルのような生ぬるい空気の部屋で、俺は寝苦しさを感じながら長い夢を見ていた。

夢に出てきたのは、何年も前に別れた古い恋人だった。
別れる時に遺恨を残した関係だった。

恋人は20歳以上も年が離れていたけれど、頭が良く、天真爛漫でお喋り上手。そんな人だった。
当時は寝る前に1時間ほど電話をしていた。毎日、毎日、飽きることもなく。
電話に出てくれる時の声は俺の人生で聞いたことがないほど明るかった。そして頭のいい人が平凡な話をするときの独特の楽しさがあった。4年ほど付き合って、電話をしなかった日は数日しかなかったと思う。

しかし、別れる直前はあまりいい関係ではなくなってしまった。

俺は自分の家族の中で大きなトラブルを抱えていた(彼女には最後まで言わなかった)。そして強いストレスからか俺自身の病気が重くなり、幻聴と幻覚、妄想に襲われる日が増えていた。
俺といるのは負担だろう、そう何度も思った。俺といるべきではない、そうも考えていた。

彼女自身の中でも変化がいくつもあったと思う。2人の間に流れる白けてチクチクしたムードに耐えかねて、ある日、突然別れてしまった。そして一切の連絡を断った。
俺には死ぬほど辛いことだった。残念ながらこの別れはお互いに遺恨を残したと思う。

別れる直前のことはよく覚えていない。別れてから1年くらいは俺も闘病していたし、家族のトラブルでも何度も傷ついていた。当時とても親身になってくれていたカウンセラーの女性の部屋にも通えなくなり不義理を働いたりした。
別れたとたんに何人もの女性と出会うことになった。ぼんやりした脳みそを抱えながら、また毎日のように違う人とセックスする生活に戻った。むろん、彼女たちはセフレなどではない。みんな俺のことを心配してくれたり、支えてくれた人ばかりだったが、当時の俺はセフレ扱いしか出来なかったのだ。
本当にいろんな人に申し訳ないことをしていたと思う。

話が遠回りになったが、そんな風に別れてしまった恋人が夢に現れたのだ。

夢の中では、遠い昔、まだ仲が良く毎日電話をしていた頃の二人だった。

「あ、○○ちゃん、ひさしぶりだね」と彼女は笑顔で俺に声をかけてくれた。
「ほんとだね、いま頑張ってるの?」と俺が言う。
懐かしい明るい雰囲気。
彼女は近況を言う。その内容はとてもリアルなものに聞こえた。

俺は、ずっと懸念していた彼女のお金や仕事の問題、家族関係の問題などを質問した。
夢のことだから何を言っているのか分からなかったが、俺は初めてしっかり答えを聞いたような気がした。

あと、ご飯はちゃんと食べられているのかとか、部屋の掃除はしているのかとか、そんなこと。もちろんれっきとした社会人だから心配なんて要らないのだが。

そして最後に訊いた。
「寂しくはないのか」と。

今の恋人と仲良くやれているのか、幸せなのか、とそういう意味で質問したのだ。

その答えは「幸せにしているよ」だった。

「そうか、よかったよ。」

俺はそう言った。幸せになっているなら本当に良かった。

そして昔、二人で歩いた住宅街の路地にいた。彼女は前を歩いていて、
立ち止まって後ろの俺を見た。「早く。遅いよ。」
俺が何か冗談を言ったのだろう。
二人で大声で笑った。
「また来てね、本当に。」
彼女がそう言って、消えた。

そして俺は夢から目が覚めた。

読書灯が点いているし、部屋がひどく乾燥していた。枕元のiPhoneを見ると5時だった。

「そうか・・・良かったよ」
夢だと分かった俺は、そう口に出して言った。 

何故だか泣きそうになった。

不思議なことに、何年も抱えていた心の奥底の遺恨のようなものがすっかり消えているのが分かった。自分の罪悪感も、彼女への恨みのような気持ちも、すっと消えていた。
今になってようやく素直に、君といられて4年間幸せだったよと思えるようになった。

本当にありがとう、君の幸せを願っているよ、と。

自分を許す、相手を許す。
それは「人生とはすばらしいものだ」と毎日思い続ける信仰のような努力の末に、何か不思議な存在の声を聴くということなのかもしれない。

人生に恨みを持ってはいけない。恨みを手放す努力をしなければいけない。
その先に必ず大きな癒しがある。

彼女ともしどこかで会うことがあったら、きっと思い切り楽しい時間にできると思う。
そして今日もまた、人生は素晴らしいものだと思い続けている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?