見出し画像

記憶がない時代(2017年)

それが病気のせいだったのかは分からない。

 

俺の人生で記憶がほとんどない時期がある。断片的なイメージはあるが、具体的にどこで何をしていたのか、思い出すことがとても難しい。

 

25歳くらいから29歳くらいまでの間。


20代の初めに悲しい出来事があった。そこをきっかけに記憶がぼやけている。

自営業として仕事をしてとても苦労した。それは知っている。風俗の仕事もした、それも知っている。乗っていた車も、覚えている。

でも毎日毎日、本当に何をしていたのか細かいことはいまいち思い出せない。

 

不思議なのだが、記憶が全くないのとは違う。

何かの拍子に思い出すことがある。

最近、東急目黒線で不動前で降りた。駅前の商店街を歩いていると、突然吐き気に襲われた。足が震えはじめ、立っていられなくなった。

そして気づいた。

ここに来たことがある。

初めて降りる駅だと思っていたが、きっと20代後半の、記憶のないあの時期に来たことがある。心のどこかでブリキ板のへこみみたいに残っている。

何があったのかは分からない。とにかくここは嫌だと思った。冬のことだったけれど、なぜか下半身にだけ冷や汗が噴出した。ウールのパンツが汗で濡れてしまい気持ち悪くなった。

駅前の路地の商店街の喫茶店で俺は何か嫌なことがあったということを思い出した。誰と何をしたのかは分からない。狭い店だったと思う。誰かと小さなテーブルを挟んで対峙した気がする。

苦しかったのだろう。心が悲鳴を上げていたのだろう。

 
23歳までの出来事はラブレスキューに書けるほど詳細に覚えているというのに。

 

記憶がはっきりと戻るのは、30歳になる少し前のこと。
 

忘れるわけがないのだと自分でも思う。

しっかり覚えているはずなんだ。でも、思い出すことを脳が全力で阻止している。

 

覚えているんだ、本当は。

沢山の死んだ人たち。俺が救えなかった人たち。

俺の孤独。疎外。惨めな生活。

韓国生まれの美しく気性の激しい恋人。

お金がなかったこと。

病気で苦しんだけれど病院に行くお金がなかったこと。

お金がなくて失った人間関係と信頼。

 

27歳。人生が苦しかった。生きるのが苦しかった。

忘れたかった。生まれてきたことを呪うほどだった。

 

不動前の喫茶店で何があったのかって。

これを書きながら思い出そうとしていたら、脳幹が痺れる感じがずっとしてやっぱり思い出さないほうがいいみたいだ。

でも、怒りと孤独を感覚として思い出す。死にたくなるほどの辛さを感じたんだと思う。

 

この時代のことを文章にするのは、ちょっとまだ難しいみたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?