【LoveRescue】色が無くなるほどの速さで②(菜摘の場合#1)
アキラという男と出会ったのは、1992年の10月。
わたしが働いていた店の女の子の友達だった。ホストをしている男の子がいるんだけど、面白いから一緒に会わない?って誘われた。
ホスト?おじさんみたいだね?ってわたしは笑った。アキラという男の子はまだ20歳で肌の色が真っ白なんだよって教えてくれた。その店の女の子はアキラというその男のことが気になってるようだった。二人きりでは会ったことはないけど、菜摘も一緒ならきっと会ってくれるとわたしに言った。
協力してよとわたしに懇願したのは、深夜2時すぎの歌舞伎町。その子は自転車に乗って大久保の方に走っていった。彼氏と一緒に部屋を借りていたんだけど、彼氏が女を作って逃げてしまい一人で住んでるんだと言っていたけど、本当かどうかは分からない。
西新宿の実家に住む私は、いつも歩いて帰っていた。ネオンが少し落ち始めた街をすり抜けて、高層ビルを横目にどんどん暗い住宅街のほうに歩いていく。
アキラという男と会うのは面倒だから、当日キャンセルしようと思っていた。そうすればあの子は二人きりになれる。そのままホテルにでも行けばいいでしょ。
でも実際のところ、当日になってキャンセルしたのはその子の方だった。出ていった彼氏が突然復縁したいと言ってきたと聞いた。何度か拒否したけれど、やっぱり好きで付き合っていた彼氏だしと言って、彼氏と2人で部屋にいるよとわたしに言った。だからアキラとは菜摘が会って、と。
それを聞いたのは約束の時間の30分前。わたしは断るすきも与えられなくて、約束通り待ち合わせ場所の伊勢丹の前に向かった。そこでアキラはすぐに分かった。高い身長、マッチ棒にように細い体、色が抜けた白い髪、白くて細いパンツ。全体的に白い人間がそこにいた。
「白いね、きみ」それがわたしが最初にアキラと話した第一声。
一緒に来るはずだったお店の子が来れなくなったことを告げると、ああ、よかったと安心したみたいだった。
「焼き鳥屋予約してるからね」とアキラに言われ、一緒に歩いて向かった。見た目と違ってアキラはおっとりした口調でよく喋る人だった。ところどころイントネーションが変わっていたので、出身を訊くと「青森」と言ったので納得した。
カッコつけた人が来るはずとわたしは思っていたので、拍子抜けをした。たしかにカッコつけていたのは服装だけで、話をすると無邪気というか、子供っぽいところが目立つなと思った。
ただ、一つ気になったのは、この人の寂しげなところはなぜなんだろうってこと。
そして、もっと大きなことを隠しているんじゃないのかなって思わせるところ。
ビールを飲んでくすくすって笑った次の瞬間、この人の表情は「ゼロ」に戻る。
まるで、サインペンを使うごとにキャップをするサイン会のようなもの。書いたらキャップを戻し、そしてまた外して書くの繰り返し。
ちょっと怖い人かな。
そういう印象が次第に膨らみながらも、目の前で話していることはとても幼い感じで、わたしに大笑いすることを許してくれる。一緒にいて笑顔で顔が疲れたくらい。
焼き鳥屋とバーで話をすると、0時が迫っていた。そろそろ帰ろうかっていうことになって、わたしがいつも歩いて帰ることを言うと、「家まで送っていくよ」とアキラが言った。
家に着くまで、きっとわたしは夢中で喋っていた。
学生時代の同級生には一人もいなかったような、不思議な人。
家についてじゃあねって言った後で、ふと思った。
あの人はどこに帰るつもりなんだろう。どこに家があるんだろう。もう電車もないしどうやって帰るんだろうってこと。
そして連絡先を聞くのを忘れてた。
次の日、来るはずだった店の子に連絡先を教えてもらおうと思った。
もう一度会ってみたい、そう思った。
そのときは、私の中の何かが壊れる恋愛になるとは想像もついてなかったけれど。
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