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使命を果たす人への感謝

20代のはじめ、会社員をしていた。

自分で言うのもなんだが、それなりに順調な会社員生活をしていたと思う。昇進も早かったし、役員からも今後のキャリアについてそれとなく話を受けていた。

過酷な夜の世界でサバイバルしてきた後だったから、昼の仕事はその場のルールに順応できれば楽なものだった。

給料が安いのが気になったが、来月も同じ額をもらえるというのはとても快適だった。

その会社員時代、その後の俺の感受性というか、仕事の在り方を決定づける出来事があった。

秋のはじめ。

俺は法人顧客から注文を受けていた商品を倉庫でまとめ、明日から順番に納品していく段取りを決めて19時半ころ仕事を終えた。

その日の夜は当日付き合っていた女性と待ち合わせして、一緒にジムに行こうという約束をしていた。20時に待ち合わせ場所で落ち合い俺の車に乗って出発したころ、夜空に雷のような光が広がり次の瞬間、大きな地震が来た。

とても大きな地震だった。

俺は倉庫にまとめていた法人向けの荷物がどうなっているのか不安になった。明日納品なのに、無事なのかと。

彼女にちょっとまた会社に行ってくるよと言った。

「うん、そうだね、頑張って」と彼女は言い、俺は会社に戻った。

携帯電話は持っていたものの、普及していない時代。会社から呼び出しの連絡をもらう術がない。

職場の様子を不安に思い会社に集まるなど、本当に自分の意志だけだった。

会社に戻ると、目を疑った。倉庫の中で商品の入った箱はカゴ台車ごと崩れ、割れた容器から液体を床一面にぶちまけるありさま。割れずに残っているものも、中で泡立っていてもう使えない。

上司がやってきて俺に言った。

「もう納品は無理だから、今夜中に電話して遅れるって言っとけ」

しかし、次にいつ商品が入るのか分からない。

「うちから納品できないなら、取引先はほかの会社に頼めばいいだけ。」

そう上司は言った。

取引先がそれでいいなら俺は何も言うことはないんだが、この商品はすべて俺が頑張ってセールスして受注したもの。でも歩合制の仕事じゃないし、いいか・・・と思うことも出来たんだが、俺にはちょっとそれはないなと考え直した。

思い出したのは昔働いていた夜の店でのこと。

当時の社長が怒鳴った日があった。業者が物品を納める前に、不良品があって納期が遅れていると連絡があったせいだった。仕事で使う機材だったか設備だったかと記憶している。それがなくても別に今すぐ困らないようなものだったような。

急いでないし、遅れるなら仕方ないだろとガキの俺でも思ったが、社長はそうじゃなかった。

「お宅らは物を納めて商売完結だろうが!それもしないなら仕事をしてねえってことだ!〇すぞ!」と怒り心頭。

いまならさながらモンスタークレーマーだろう。

見た目が完全にヤクザで業界も業界だったので、業者は震え上がった。結局物は納められず、業者の担当者がどうなったかは知らない。たぶん〇されてはいないがひどいことにはなったと思う。

そうだよな、と俺は思った。納めてこそ俺の商売が完結するわけで、地震で壊れました納期遅れますごめんなさいで済むわけがねえんだよなと。地震は言い訳にはなるが、実際のところ言い訳にもならないんだよな。

結局、俺は業者に納期が遅れる旨の電話はせず、問屋やメーカーに電話をしまくった。どこも在庫は豊富ではない。足りない分は恥を忍んで競合他社にまで電話をかけて譲ってもらうように懇願した。かなり笑われたけど、相手は根負けしていくつか譲ってくれることになった。

もう21時を過ぎたころだ。今思うとひどく迷惑なガキだ。

今すぐ取りにいかなければならかったが、時間外のため自社のバンを動かすことができず、自分が乗っていた中古のVWゴルフで何往復もしてあちこちから運び入れた。

上司がそれを見て怒った。

「ひとりよがりはやめろ、社長に恥をかかせるな。」

確かにそう見えるかもしれない。

でも、納期を守らず簡単にギブアップする人間など、あの世界だったら〇されかねなかった。だから筋を通さないといけない。

「いいからやめろ!ひとりよがりな残業はやめて帰れ!」

しかし俺は帰らず、上司は不機嫌そうに帰宅していった。タイムカードはついてから残業しろよと言い残し。

大地震があった夜だということすら忘れ、明け方にはなんとか商品をすべて確保できた。23歳には上出来だろう。取引先を含め深夜まで寝ずに働く人が多かった時代だからという幸運もある。もっとやり方があっただろうが、当時の俺にはそれしか分からなかった。

結局、翌朝になってそのまま商品を届けることができた。そんな苦労があったなんて客は知らない。次回もよろしくねーとかそれだけ言われ、空の営業バンでまた戻ってきた。

翌日も上司は怒っている。会社員にあるまじき行為だと言う。同業他社から買って利益なんてないし、笑われただけだ。お前の人件費だって会社は払ってんだと。

それはもう罵詈雑言ですごかった。その気持ちも分かるし否定できないけれど。独りよがりなのは間違いない。

仕事頑張ったつもりなんだけどなー・・・とか言いたくもなった。人件費だってタイムカードをついた後なんだし。車だって私用車を使ったわけで。

上司は営業担当役員に相談をしたらしい。職場のモラルを脅かす不良社員だとか。電話をかけているのを聞いていた同僚が、俺にそう教えてくれた。

営業担当役員が俺のところにやってきて、言った。

「寝てないんだろ?お疲れ様だったね」

満面の笑顔だった。当時役員は60歳手前の白髪頭の紳士だった。グレーフランネルの高級そうなスーツを着ていた。

「アキラ君、使命を果たしてくれてありがとう。」そう言ってくれた。

それだけ言って、帰っていった。

上司がまた俺のところにやってきて、「お前、なんて言われて怒られたんだ?」と訊いていた。

「あ、まあ・・・」

俺はそう言ってしょんぼりした顔の演技をしてみせた。

上司はほくそ笑んだ。

ああ、そうかと思った。

使命なんてかっこいいものではないけれど、夜の世界でずっと守ってきた「筋を通す」という仕事の仕方を、昼の世界では「使命」と呼ぶのかと。

そして、そんな褒め方ってあるんだなと。

のちに会社をやめ自営業者となり、若い女性たちをスタッフとして働くようになってから、褒めるときにはいつも真似をするようになった。

筋を通そうと頑張る子には、使命を果たしてくれてありがとうな、と言った。

会社や俺にとってありがとう、じゃないんだよね。

使命を果たし客を守ったその心意気とご苦労に対して、ありがとうと言う。

客の立場になって、ありがとうと言う。

そして最後に、俺も会社も助かるよと付け加えるけれど。

彼女たちもいま40代になって、その言い方を真似してるよと教えてくれる時がある。

旦那さんが仕事を頑張って帰りが遅い時、「家族のためにありがとう」と言う前に、「あなたの使命を果たしてくれてありがとう」と言うのだと。

家族のためにあなたを応援する、だけじゃない。仕事の使命のために生きていることをまず応援するという気持ちを込めて。

(ちなみに仕事をする奥さんにこれを言う時には、ありがとうだけでは怒らせてしまうので、頑張ったエピソードを語ってもらうように促してから、ありがとうと言うといいです。)

筋とか使命とか言っていると、当時の上司のように「きれいごと言うんじゃねえ」と怒る人もいるだろう。あの上司は今は70代だろうが、もしかしたら現代の会社員の割り切り方と処世マインドがあったと思う。会社員として安全に生きるためにはそっちが正しいのだろう。実際、俺は会社員を定年退職まで続けられる能力がなかったとも言えるわけで。

俺もきれいごとを言いたいわけでも、カッコつけたいわけでもない。

ただ、仕事をするからには納期や契約という筋を通さなければならない、それだけのこと。

部下や配偶者の仕事を褒めるときには、顧客にとって素晴らしいことをしたね、使命を果たしたね、という意味で、ありがとうと言った方がいいよ。

筋を通そうと頑張っている人が、この現代の若い子でもいるから。

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