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うつくしいもの(10)「成長していく少女のうつくしさ」【岩橋由莉連載エッセイ】

母の日に、妹と姪っ子がやってきた。
姪っ子は中学二年生。ふた月くらい会わないうちにまた背が伸びた気がする。
図書館も開いてないし学校にも行けないので読む本が全くないという。
わたしの二階の書庫に上がってくる。
伯母としてはここはひとつ、おお! と思われる本を渡したい気がするが、趣味を押し付けてはいけないといましめ、冷静に彼女の今の好みを聞いて、何冊か渡し、選んでもらう。

部屋を整理している中で昔の写真がたくさん出てきた。それに目を留める姪っ子。
嬉しくなってわたしの赤ちゃんの頃の写真を見せるが、「今のゆりちゃんと全くつながらない」と興味なさそうにいう。
その代わり二十代の頃の写真に食いついてきた。
大体が旅の写真なのだが、どこに行ったか、何をしたかをやたらと聞いてくる。
妹とスーツ姿で写真館で撮ったものは「リアル富ヶ丘高校」と笑う。
彼女の赤ちゃんの頃の写真もたくさん出てきた。この子はとにかくシャッターを切るたびに全く違う顔になった。ある時は大人のような顔、ある時は赤ちゃんの顔。ある時は少女のような顔。それが不思議でおもしろくて何枚も撮ったのだ。
こんなにかわいかったんやな、というと「おぼえてない」とキョトンとする。
この世に生まれて十四年。
赤ちゃんの頃に想いを馳せるよりも六年後には成人する自分の未来像に興味があるのは当然なのかもしれない。

お昼はハンバーグが食べたいというので作る。
いつもは妹のご飯なので味付けも違うだろうね。よく食べてくれる。
でも痩せたいらしい。そんなにお腹ぺちゃんこなのに。

食後に一時間、散歩がてら二人で買い物に出る。
まずは近くの神社に行く。わたしはご挨拶と呼んでいる。
「まずはご挨拶に行こう」というと何も言わずについてきた。
ここの神社は境内の中に末社がいくつもある。うっそうとした森のような場所で車の音も急に聞こえなくなる。さらに今は隣にある学校もお休みなのでとても静かだ。
何も言わなくても二礼二拍手のタイミングをこちらにあわせてくれる。
小さい頃から姪っ子が来た時には、できるだけこの神社にお参りするようにしている。
あまり理由はない。なんとなくそういう習慣なのだ。
つい五、六年前には妖怪を探しに一緒にこの森に来たこともあった。散歩に行こうというと嫌がったけど「妖怪を探しに行こう」というと「行こう!」と目をキラキラさせてたっけ。
今は、親から怒られてラインを制限させられたと携帯を見せる。ふてくされるわけでもなく、なんだか楽しそうに話す。

それから最近のわたしの散歩ルートに案内する。何も言わずについてくる。
中二になってから一度も授業をしていないそうだ。
その代わり山のように宿題が出ているらしい。
今の今まで全く手をつけずにゲームをしたりテレビを見ていたそうだ。
全ての科目の宿題内容を詳しく教えてくれる。
木曜日に登校日だけどその日に全部を提出するならば、一日十時間やっても足りない。だからほんとは今日ここに来たくなかったのだと。
そっか、でも母の日だからと無理やり連れてこられたんだね。というとうなずく。
木曜日に何を提出するのかな、まだ学校から連絡は来ていないからドキドキする。
そんな話を延々とする。

どんなテレビをみているか、という話になる。
わたしと彼女が共通してみているのは「恋つづ」わたしはどうしても「恋づつ」と言ってしまい、その度に「恋つづね」と直される。
月曜日には何をみて、火曜には何をみて……
ほぼわたしがみたことないものばかりなので番組の解説をしてくれる。
ジャニーズのツートップについての話をしてくれる。名前も聞いたが、全然わからない。

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スーパーにたどり着いた。
住んでいる大阪では今、小麦粉が全く手に入らないという。
妹に言われて小麦粉、果物、野菜の葉ものなど大阪市内では手に入りにくいものを購入。わたしは牛乳と豆乳の二本。家で食べる大きな柑橘類もたくさん買った。
「重いものはわたしが持つから。なんでも買っていいよ。筋肉のためやから」
そういって両手いっぱいに荷物を持ってなんでもなさそうに歩く。

帰り道、NHKでやっている筋肉体操の話でもりあがる。
そこに出てくる体操している人の名前の横に「俳優」「弁護士」「庭師」と肩書きがあるのがシュールで笑えるね、という話になる。
ああ、そうか、そこがおもしろいねという会話もできるようになったのか
とちょっとしみじみする。

たぶん久しぶりに会ったおばちゃんに話を合わせてくれてるんだとも思う
この子は小さい頃からそんなふうに人の気持ちを慮って動く癖がある。
人の出す感情を敏感にキャッチしてしまうのだ。
どうしたら相手が話しやすくなるのかを先に考えて、コミュニケーションの軸を相手に持っていってやりとりをすることがうまい。小学生からそんなことがうまくなくていいよ、とわたしは昔からよく彼女にけんかをふっかけて何かと理不尽なふるまいをするよう心がけていた。

荷物を持つ手が白くなるほど重いはずなのに、何でもないような顔をして何度も握り直すその姿に「あんたはえらいなあ」と思わず言った。

すると急に顔をわたしの顔にグッと近づけて
「わたしの裏の顔は誰も知らんからね」とニヤッと笑って急に走って行ってしまった。
あっけにとられた。
笑った顔は成熟した女性のようだったけど、荷物を持って走る後ろ姿は小さい子どものようで、なんだかひどくバランスが悪い思いがした。
ストレートの髪がキラキラ光ってきれいだった。

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あとがき

今年の1月8日から始まった連載もおかげさまで無事に終了です〜! パチ! パチ! パチ!
9回目の投稿でも書きましたが、「うつくしいもの」に対する文章は当初楽勝だと思っていました。日常美しいものであふれているではないか、何話でも書ける!
ところが、違うことを書いているつもりでも最後はいつのまにか似たようなことを言う結論になっていたり、目まぐるしい変化に心が少し固くなっていたり
とにかく後半はもうずっともがいていました。
さらに、企画・編集のくじらちゃんは容赦はありませんでした。
その言葉でいいのか、もう少し疑ってみてください、とか、最後があともう一歩言葉が足りません、とか、とかく最後の締め方で注文が出されることが多く、それをどこまで果たせたかは別として、わたしとしてはすごく勉強になりました。
もうだめだ、と思った時に「いいですね!」と言ってくれたり、書けた!と思う時には案外反応が薄かったりと、最後まで何がいいのかよくわかりませんでした。
後半は、せめて素直に思っていることを書こう、自分の中にある真に近づいてみよう、という試みをやっていました。

なによりも、10回続けて来れたのは読んでくれた方たちがいたからでした。
ありがとうございました。終えることができてすごく嬉しいです!

しんどかったですが、できれば不定期に今後もやってみたい!そう思えるようになりました。

交互に書いていた羽地さんもずいぶん変化されたようです。最初は役に立つコラムを目指しているようでしたが、いつの間にかとっても素敵なエッセイを読ませてもらっていました。

世の中がどんどん変化して、これからのことはどうなるかわかりません。
でもせめて、あー、おもしろかった!と最後までいえる日々を過ごしたい
今はそう思っています。

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(岩橋由莉)

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