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鉄の月

若き友人 ー と言っても40いくつだが ー からアメブロにいっぱいコメント頂いたので本日は、彼も大好きなブランキー関係。

自分は最近、丸山真男にハマっている。『超国家主義の論理と心理』(岩波文庫)や『日本の思想』(岩波新書)。一見難しそうで、まあ難しい部分もあるが、講演録もあり存外ポップ。
氏の専攻は政治「思想」。思想なので人間の心に立ち入る。「おまえら、実はこうなんでしょ?」って。これが的を射て面白い。

例えば自称リアリスト。これはいわゆる保守に多いが、それって結局、現実追随論者じゃん。
俺が中高時分から思っていたことを、丸山真男東大名誉教授が。

今、韓国政府と仲が悪いといふ事がある。中国共産党は一帯一路で進出しておる。「一帯一路」って実は軍事的なものというより複合的な経済構想なんだが、とまれ我が国に脅威的だったりする。そう思う勢力がある。
ここで自称リアリストは叫ぶ。「直ちに軍備増強し、なんなら先制攻撃せよ!」と。

馬鹿である。

韓国中国北朝鮮を攻撃したら、直ちに倍返し。9条を戴く日本国憲法があろうとなかろうと、日本の被害は阪神淡路や東日本大震災の比ではない。
ここのところが自称保守・リアリストは全くわからない。そういえば、かつて

「拉致被害者を救出するために、憲法改正すべし」

と、俺のブログに突貫してきた友人の友人がいたな。彼女いわく「憲法改正し自衛隊を国軍と成し、北朝鮮に突撃せよ」。

ほーん。まずもって、北朝鮮の何処に拉致被害者がいるんだよ。平壌? 威興? その何処に? 軍事的な手立てを講じるなら、ピンスポットで居場所が分からなきゃ話にならない。
※北朝鮮全体を殲滅するなら別だが、まず金一家とは関係のない無辜の民を殺すし、上記のとおり、報復攻撃は熾烈を極めるだろう。また、背後にいる中国もちろん国際社会が黙っちゃいない。
そして拉致被害者の居場所を知る手立ては? 米国? 中国?

仕事の手順というものをまるで分かっていない彼女をこのように、俺は即座に撃退した。

要は君たち、ただイキリたいだけでしょ? これぞまさに心性であるが、実際、ガチで殴り殴られたことのない者こそ大きなことを言う。
こういうのは全くリアリストでも何でもなく、であるならば我々は現実をよく見てよく知り、どうすれば(あるいはせざるか)を考えることだ。
これをこそ「リアリスト」という。そして、その背後には必ず「目標」といふものがある。
脅威をいかにして除去するか。拉致被害者をどうやって救出するか。これらはもちろん大事だが、もっと言うなら世界平和や人類の理想、人間そのものなら「高潔」であるとか「品位」であるとか、意識はそこにまで及ぶ。

丸山真男には、こんな「背後」がある。人間の心性に立ち入り指摘した彼の著作は、だからこそ面白い。
※翻っていうなら、リヴァイアサン(国家権力)とリバティ(日本語訳では“自由“だが、実は個人の内面的規範)を峻別し、前者が後者に立ち入ってはならないと規定したのだ。

丸山先生は荻生徂徠や本居宣長ら日本の思想家も分析し、ー この点俺と非常に志向が近い ー また文学や経済学・哲学などを「政治学に近接する」とし、人文科学、社会科学を学際的に勉強する必要性を訴えた。
だって人間がわからないと政治も経済も分かんないもんね。で、氏は

「ユニバーシティって言うでしょ? 東大とか京大とか早慶とか、いろんな学部を備えた大学のことを」
「でもそれって、ただ単に同じキャンパスにあるってことなんだよね。政治学の教授と経済学の教授さえ、ひとつの言葉の定義からして全く違っている。ましてや文学部の教授なんて」

彼はかくなる状況を「タコツボ型」と批判した。
これは今も続いているのではないか。我が母校でも〝国際教養学部〝なんてものが出来、そのネーミングからは何の勉強しているのかさっぱり想像すらできないが、こんなネーミングセンスからして、どうせいかがわしいに違いない。
国際だの教養だの、ホンッとにいかがわしい。

さて本題(えっ?)

丸山真男先生は大正期に生まれ、必然的に兵隊にとられた。
赤紙が来た時点で、氏は東京帝国大学政治学部助教授。これが一兵卒で入隊したから、やっかみもあって馬鹿に散々殴られた。
帝国陸軍も海軍も、殴る蹴るは当たり前。それにしたって大学の助教授が。

現在とは異なり、当時の学卒ですらエリート中のエリート。しかも帝国大学助教授だぜ?
丸山真男が「これはいったい何か。連中の心理心性の根底には、いったいどんなものが潜んでいるのか」、そう考えたのは無理もなかろう。
復員後、専攻たるの政治思想に関連し、彼はだからこそ「人間の心性とその集積たる政治」を追求したのではないか。
映画『東京裁判』の拙感想文は未完ながら、東京裁判のあれこれにも氏は言及している。『超国家主義の論理と“心理“』。

赤木智弘とかいうライターが、20年近く前、『丸山真男をひっぱたきたい ー 31歳フリーター、希望は、戦争』を朝日の総合誌『論座』に書いた。自分は未だ読んでいないが、論旨は、

「召集され軍隊に入ると、平時の位地は直ちに消滅す。自分は31歳にしてフリーターも、大学の大先生たる丸山真男をぶん殴られる、そんな戦争こそ希望」

とか。

背景にはもちろん不況や就職氷河期といふ事があるのだろうし、これはある種の価値破壊・価値転換でもあるんだろう。
読んでないから文脈が分からない。取り急ぎ、福島みずほ他が批判したようではあるが、『論座』に載ったのが面白い。朝日としては警鐘を鳴らしたつもりだったのか、どうだか。

しかしかくなる言は、今に続く厳しい社会状況を背景としつつも、非常にサブカル的な論だとは思う。赤木氏自身の意識はともかく結果的には、とにかく突出しちゃえ、言いたいことを言ったもん勝ち、みたいな。

衝撃を受ける朝日や福島みずほらの大人も如何なものかと思うが、とまれかくなるサブカル的というか漫画的というか、こんな心性は、現今のネオリベ維新冷笑系に直結しているのではなかろうか。
そこには ー いかに苦しかろうとも ー 高潔であるとか品位であるとか、理想といった、人間の目標は見受けられない。
読んでないけど。

俺はむしろ、コーマック・マッカーシーやベンジーのような、反民主主義だが人間を深掘りした作品を愛す。
直ちに状況に脊髄反射するのではないこれらは、丸山真男とも「人間の心性」という一点で共通していると思う。

◆鉄の月

https://youtu.be/2SCL0ryBKU0

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