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香り - 離れていても


初めての抱擁

嗅いだことのない香り

彼女の手首から漂うその香り

彼女の首すじから漂うその香り

僕は新たな香りを彼女から知った


ハンカチにも、脱ぎたてのスプリングコートにも

その香りは漂い、僕の頭は完全にその香りに支配されていた

シャワーを浴びた後でさえ、その香りは僕の鼻から離れない

濡れた髪の香りも、ベッドのシーツの香りも感じない

彼女の大きな胸元から、微かに香るあの初めての香り

翌朝、クロワッサンと紅茶で朝食をともにした

伏し目がちでうつむく彼女から、またあの香り



僕らは離れて暮らしていたから、離れていても彼女を感じていたかった

その香りの正体を彼女に聞いて、僕も同じ香りを身をまとった

これでいつもいっしょだね・・・そう言って僕らはふたり微笑んだ


以来、僕はシトラスの香りを捨てた

彼女の香りを薄く身にまとい、仕事をした

辛いときは手首に鼻をあてた

寂しい時も手首の香りを嗅いだ

あの子と同じ香りがした

どんな時でもいっしょだね・・・

僕はこころの中でそうつぶやいた


ふたりで逢ったとき、新たな香りをさがしたこともあった

北国の大きな街の、大きなデパートをともにさがした

でも、やっぱり僕は最初のあの香りが好きだった

「このままでいいよ」「そうだね」ふたりは笑った

そして、また新しい「その香り」を2つ買って、1つずつ分け合った


帰る時、空港はラベンダーの香りが激しく漂っていた

「僕たち」の香りはラベンダーに隠れて香らなかった

離陸の時間が近づいた頃、僕らはお互いを強く抱きしめた

「僕たち」の、あのやさしい香りがした

帰りの飛行機で、僕の鼻は涙の匂いがした

そして手首に鼻を近づけた

そこには彼女の香りがした


羽田空港に着いてまもなく、携帯電話が鳴った

涙声の彼女は帰りの高速バスの中で手首に鼻をあてたと言った

あなたのにおいがした、彼女はそう言った

僕も機内で同じことをしたよ、泣きながら僕もそう伝えた



ふたりは遠く離れていても香りでつながっていた


#詩



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