新月の夜更けに

夜中、目が醒めてしまった僕は、口寂しいため缶コーヒーを買いに
100円玉を持って外に出た。辺りは夜明けまで2時間ほどの静寂。
空が暗い。「そうか、今は新月か・・・月が見えないわけだ・・・」
心の中でそうつぶやき、やたらと明るい街灯に照らされながら
自販機に向かった。暖かいコーヒーも今月いっぱいで終わりか?
そんなことを考えながら、100円で買える自販機の前に立った。
このコーヒーにしよう、カフェオレを選択し100円玉を入れて
ボタンを押す。ガタン!と大きな音が響く。僕はおもむろに取出口から
缶コーヒーを手に取り、暖かさを感じた。昼間と違って、この時間は
とても涼しい。静かにゆっくりと歩を進め、家に帰る。

買ってきた缶コーヒーの蓋を開け、一口すする。甘くてまろやかな味。
煙草を取り出して火を点ける。立ち登る紫色の煙。コーヒーの甘さとは
逆の、苦い味が口の中を巡る。一服してこれを飲んだらまた寝よう、
そう思いながら煙を肺に入れてゆく。こんな静かな夜はひさびさだ。
音楽はいらない。ラジオも聞きたくない。ただただ静寂に身を委ね、
甘いコーヒーと苦い煙草を楽しみつつ、想いにふける。

こんな夜に考えることはいつも同じ、過去のことだ。
今を生きるのに精一杯な自分にとって、将来を夢想するのは困難だ。
10代の頃を思い出す。20代の頃を思い出す。30代の頃も・・・。
それぞれの年代、思い出すのは苦い思い出ばかりだ。楽しかった思い出など
出てきやしない。苦い思い出が出てきては、ああだったら、ああしておけば
同じ思いの繰り返し。しかし、それはもう変更することができない。
苦い思い出に浸ったあと、切ない気分のまま部屋の照明を落とす。
まだ外は暗い。でも鳥たちが鳴き始めてきた。また朝がやってくる。

今日も昨日と変わらないんだろうな・・・、そんな思いを胸に
2本目の煙草に火を点ける。思考は過去から現在に帰ってきた。
様々な不安が頭をよぎる。毎日毎日があっという間に過ぎ去ってゆくのに
こんなことをしていていいのだろうか?いてもたってもいられなくなる。

今の自分に何ができるのか?今の自分は何をすべきなのか?
何をどう考え、どのように行動すればいいのか?思いが頭の中を
駆け巡る。身体をいたわるために、早く寝て早く起きよう。
煙草はもうじゅうぶん吸ってきた。だからもうやめよう。
散歩ですら困難ならば、ストレッチや体操でもしよう。
思うばかりで行動に移せない、愚かな自分。
やっぱり好きになれない。怠惰な自分。

あなたならだいじょうぶ。
あなたはやればできる人。
あなたのすべてが好き。
何があっても私が助ける。

そう言って、いつも味方だった人を失って約10年。
そこから立ち直れず、何もしてやれなかった後悔。
落ち込んで何も手に付かず、自分を嫌いになるばかり。

そんな、新月の夜明け・・・。

外が明るくなってきた。もう寝なきゃ。
せめて夢の中ででもあなたに逢いたい。

でもきっと出てこない。

あの人は自分を愛せない人間が嫌いだったから・・・。


#詩










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?