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「歌バカ」の禅譲と慰留 −平井堅「怪物さん feat.あいみょん | 小陳泰平

 「死生観や恋愛感を赤裸々につづるセンセーショナルな楽曲」
 「感情を包み隠さず率直に表現する歌」
 Apple Musicであいみょんの説明書きを見る度に、やはりあの曲は「世代交代」の試みだったのだと感じる。
 2020年3月に配信限定でリリースされた楽曲「怪物さん feat.あいみょん」。近年若い世代を中心に人気の高いあいみょんと、往年のバラード歌手である平井堅とのコラボは大きな話題を呼んだ。2人が出演するMVに加え、いつか(イラストレーター)が歌の世界観を表現したイラスト映像 も制作された。

 しかしこの曲は、単にリスペクトし合う歌手2人がコラボした、という以上の意味をもつ。平井堅が「歌バカ」のバトンをあいみょんへ渡そうとした、自己言及的な楽曲であるといえるだろう。

 この曲は、平井堅とあいみょんのデュエット曲である。報われない片想いを抱え、都合のいいセコンド女から抜け出したいと思いつつも、踏ん切りがつかない女性の複雑な心情を歌い上げている。

 曲は終始「私(女性)」による片想いの発露から始まる。「私をそこらの女と同じように扱ってよ」と願いつつも、「あなたにふさわしいかなんて そんなには賢くなれないわ」「私が思うカワイイじゃね きっとあなた飽きてしまう」と、相手からの評価を先読みして劣等感を抱えている。しかし、相手の本音を確かめるのは怖いから、女として見てもらえるならそれでいいと、曖昧な関係を続けている。たとえ性欲の処理に使われるセコンド女だったとしても。

私にピンクのフィルターを うまくかけて見ていてよ 
喉を鳴らし飲み込んだ水が 私の真ん中に繋がるの

私からは何も聞かない 穴の空いた顔 見たくない 
あなたが気持ちよくなるのなら よくある嘘も呑み込んでやる

知らないって 知らないって 笑っていたい 
わからないって わからないって とぼけていたい

 多分私は都合よく振り回されているだけだ、と薄々感じていることを何とかごまかそうとする。その思いは自分への呪詛となり、「いなくなれ いなくなれ あなたを好きな私 いっそ いっそ いなくなれ」「消えてしまえ 消えてしまえ あなたじゃなきゃ絶対 嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な私」と、そもそも彼を好きでなくなれば、こんなに苦しむことはないのだ、優しさにほだされてしまうダメな私なんか消えてしまえ、と歌い上げる。

大丈夫? って容易く聞く ぺらっぺらな優しさだけど 
とにかく声が聞きたくなる ダメな私 いなくなれ

ほら 私が歌った鼻歌も あなただけが 気付いてくれる 
わずかな期待止められない ダメな私

どっか向いててもそばにいて あなたのままで優しくして 
とにかく今日も会いたくなる こんな私 いなくなれ

 しかし、自分を切り刻む言葉に比べ、彼に対する心の言葉はあまりにも甘い。私、きっと愛されているよね。ダメなのは彼じゃなくて私なのだ、と結局は鋭い自責に戻る。
 しかし、自分の中でいくら考えを巡らせても何も変わらない。最後は「私がそこらの女と 何が違うか教えてよ あなたがいない私なんて 本当は考えられないの」と静かに相手へ問いかける。
 報われない想いを消し去りたいと願いつつも、相手を捨て去る踏ん切りもつかない。終始、そんな複雑な心情を歌う「エネルギー溢れるポップチューン」*2 である。

 「怪物さん feat.あいみょん」は、平井堅が「完全に彼女(引用者注:あいみょん)をイメージして書いた」*3 曲である。歌詞の主人公は「私(女性)」であり、平井堅はあいみょんに寄せた高いキーで歌声を重ねる。自らのレーベルから出す曲にも関わらず、バックコーラスに回っているかのように。恋愛にぐねぐね迷う人間の姿を歌い、同じテーマに挑む若手の歌手を、自らは声だけを添え、新しい表現の理解者として後ろから温かく見守るかのように。

 平井堅はコラボ曲発表に際し、あいみょんの印象を次のように語っている。

ソングライティング、声、は勿論のこと、ビジュアル、歌唱時のオーラ、所作、表情を見た時に、あ、全部揃ってる人見ーっけ。と興奮したことを強く覚えています。
親子ほど離れたこんなおじさんのオファーを受けてくれてありがとう。*4

 性別と年代だけが違う「歌バカ」を見つけた、後はこの若い子に託そう、と思ったのだろう。そんな心情を踏まえると、一見架空の恋愛を描いているこの歌も、平井堅があいみょんとその目に映る自分自身に言及した詞に見えてくる。
 「私をそこらの女と同じように扱ってよ」「あなたにふさわしいかなんて そんなには賢くなれないわ」と歌うあいみょんからは、平井堅へのあり余るリスペクトが醸し出されている。

 「いなくなれ いなくなれ」「消えてしまえ 消えてしまえ」「嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な私」と、3回にわたるサビで、重低音を伴いながら並べ立てられる自己嫌悪の呪詛。この部分は「セックス」「お前ら」といった言葉を使うことに全く躊躇しないあいみょんそのものだ。勢いのあるメロディに乗せ、直接的な言葉をぶつけていく、あいみょんらしい表現を巧みに取り入れている。平井堅なら、直接的な言葉だけ英訳するなどの手を使って解毒するだろう。

ほら あたしが歌った鼻歌を あなただけが気づいてくれる

私がそこらの女と 何が違うか教えてよ 
あなたがいない私なんて 本当は考えられないの

 たくさんの人が私の歌を聴いてくれるようになったけれど、同じ生業の人として、深く認めてくれているのはあなた。でも、歌が上手い女性の平井堅ファンなんてそこら中にいる。この歌でバトンタッチ、消えるように引退、なんてさせない。憧れていたあなたと、やっと同じ「歌バカ」になれたんだから、と。

 「怪物さん feat.あいみょん」の発表後、あいみょんはオリジナル新曲の制作など精力的に活動している。一方平井堅は、過去のMVやライブ映像をアーカイブ化することに余念がない。

喉を鳴らし飲み込んだ水が 私の真ん中に繋がるの
あなたが気持ちよくなるのなら よくある嘘も呑み込んでやる

 平井堅らしい、直接的な言葉ではなく詞と音で性愛の雰囲気を醸し出すこの一節は、元祖「歌バカ」の残滓を少しは染み込ませておこう、という気持ちのあらわれだろうか。
 このコラボは、あいみょんにとって誇りになるのはもちろん、平井堅にとっても刺激的な創作となっただろう。お互いにとって、新たな境地へ進む一曲となるはずだ。

(了)

*1. 2020年8月1日現在、平井堅公式Twitter(@KEN_HIRAI_staff)にて公開されている。映像は曲の前編(2020年4月28日18:09投稿)、後編(同年5月3日17:01投稿)に分かれている。
*2. 平井堅公式サイト「配信シングル『怪物さん feat.あいみょん』3月27日(金)発売決定!!」より引用
*3. 注2に同じ。
*4. 注2に同じ。 
歌詞引用元: Ken Hirai. “怪物さん feat.あいみょん“. 怪物さん feat.あいみょん. 平井堅, あいみょん. 2020. Sony Music Entertainment (Japan) Inc., 2020


※このエッセイは、PLANETS Schoolで2020年7月に開催した「レビュー添削講座」への応募作品です。

PLANETS Schoolとは、評論家・PLANETS編集長の宇野常寛がこれまで身につけてきた〈発信する〉ことについてのノウハウを共有する講座です。現在、9/10に開催する「ショートエッセイ添削講座」への応募作品の募集を8/28(金)まで行っています。ぜひ、チャレンジしてみてください!
※ご応募はPLANETS CLUB会員に限らせていただきます。


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