「夜見枯古書店心書譚」第十一話
「あたりだ」
「やっぱり……って言うか、目を見て喋ってくれません?」
阿光は、相変わらずソファに寝っ転がって本を読んでいた。
昨日出会った時と全く同じ状態であり、むしろ美夜子の自宅で見た姿の方が幻だったのではないかと思うほど、微動だにしない。
「目を見なきゃいちいち会話もできないのか?」
「目を見ずに会話する方が失礼だって教わらなかったんですか? っていうか、本を読みながら会話の内容について来れるんですか?」
「愚問だな。まったく問題ない。まずこれは会話じゃないからな、どっちかといえば邪魔されていると言った方がいい」
めらっと、自分の中の怒りボルテージが上がるのを感じる。落ち着け、自分。こんな男にいちいち怒ってたらキリがない。
「じゃあ邪魔し続けます。それでもいいんですか?」
「よくないな。まっすぐに家に帰って寝ろ」
「それじゃあ、兄を探せないじゃないですか。これって、兄のヒントだと思うんですよね」
「……お前の兄が通り魔をやって犯行を再現して自分の居場所を知らせていると? よくもまぁ身内をすぐに犯罪者扱いできるな」
「違います! 状況が一緒だって言いたかったんです!!」
確かに、さきほどの言い方ではそう聞こえたかもしれない。少し反省。
阿光の軽蔑するような横流しの目線を受け、さすがに言葉が悪かったが、言いたいことを汲んでくれてもいいだろうに、とも思う。
「知ってるんですよ。昔、あなたが兄と一緒に通り魔をどうにかした話」
「……悟志が言ったのか?」
「いえ、予想です。でも、本当のことでしょう? あなたと兄が通り魔をどうにかしたから、あの犯罪は消えたんです。犯人は、あなたが物語を食べたから、立件はできなかった、どうです?」
「ミステリーの読みすぎだな」
「合ってるってことですね」
阿光は否定するべきことは必要以上にはっきりと否定する男だ。そんな彼が否定の言葉を口にしなかった時点で、美夜子の予想は確信できた。
美夜子の手のひらの上で弄ばれてるような感覚でも出たのか、阿光は頭をがりがりと掻くと苛立たしげに上半身を持ち上げて、こちらを軽く睨みつけてきた。
「で? それが今起きている犯罪と何か関係があるのか?」
「兄のことです。昔と同じように犯罪を追いかけてるはずですから、私は通り魔を追いたいと思います」
「却下。お前は学生やってろ。それに、それは古書店の領分でもない。お前のことに関しては『心書』が関わっていたから頼まれてやった。だが、通り魔は警察の領分だ。兄貴もお前に自分と同じ危険な目にあうことは求めないだろう」
それに関しては、ぐうの音も出ないほど説得力があった。確かに、兄は自分が危険な目に合うことは許さないだろう。
兄をしっかりと理解した阿光の言い分に、一番期待していた当てが外れた美夜子は、さすがにしゅんと気落ちした。
「じゃあ、どうすれば……兄を探したいんです」
俯き、黙り込む。何か、何かないだろうか。そう考えながらも良いアイデアが浮かばないまま、十五分間そうしていたところ、深いため息を吐いた阿光と目がかち合った。
俯いていた頭の上に掌を載せられ、グイッとやや乱暴に引っ張られたのだ。
「い、いたっ。首がっ」
「まず、整理しろ。なぜ、兄が僕のもとに来いと言ったのか。そしてまず、僕は何のためになら動くのか」
「夜見枯さんは……本のためにしか、動きません」
逆に言えば、本のためであれば異様なほど行動力を発揮する男なのだ。それは、昨夜の行動力で証明済みである。たぶん、鍵開けの技術なんかも持っているだろう。
そう答えると、「わかってるじゃないか」とでも言いたそうな面倒くさそうな目線が投げられた。